2.宿題と好奇心
現代での主人公は、小学生たちです。
小学生の夏の必須事項といえば、大量に出る宿題ですよね。
それをきっかけに、咲夜たちは白菊伝説を調べ始めますが……。
大樹は、一瞬死を覚悟した。
しかし、聞こえてきたのはいつものタエばあさんの優しい声だった。
「あんれまあ……可愛い花だこと。いっぱい摘んできたねえ~」
大樹が恐る恐る目を開けると、タエばあさんはほがらかな笑みを浮かべていた。そして、白菊塚の前で手を合わせてぺこりとおじぎをした。
「白菊姫様は、名前のとおり白菊が大好きなお方だったのよ。
きっと、喜んでくださる」
全くいつも通りのタエばあさんを、大樹はあっけにとられて見ていた。
自分の時はあんなに怒ったのに、というか何で自分の時に限って……。
(何だこのばあさん、さすがにそろそろボケてきたのか?
おれが去年やった時はあんなに怒ったのに、こいつにはおとがめなしかよ! これって差別ってやつじゃねえの?)
心の中でぐちぐちと止めどなく文句を言う大樹に、少女は自慢げに言った。
「ほら、大丈夫じゃない。
だいたいお化けとか呪いとかそういうのには、条件がそろわないとダメなのよ。
今日は夏休み前だからお月見には2ヶ月近くあるし、そもそも今日の月って満月ですらないし……三日月よ、そこに見えるでしょ?」
夕焼けの赤に染まり始めた空には、白く貧弱な三日月が浮かんでいた。
大樹は何も言い返せずに、ぼりぼりと頭をかいた。
「はー……本当に敵わねえよ、咲夜には」
その声に気づいたのか、タエばあさんがゆっくりと振り返って大樹の方を向いた。
大樹は数年前の恐怖が蘇って思わず身を固くしたが、タエばあさんは相変わらずニコニコと微笑んでいる。
大樹は一瞬馬鹿にされたような気がして、タエばあさんに突っかかった。
「なあ、ばあちゃん。
どうしてお月見の晩はだめなんだよ?
そもそも、お姫様は白菊が好きだったんだろ? だったらお月見みたいないい夜にお供えしてあげた方が、もっと喜ぶんじゃねえのか?」
それを聞いたとたん、タエばあさんの目つきが変わった。これはまずいことを聞いたかもしれないと、大樹は思わず口を押さえた。
しかし、タエばあさんは怒鳴らなかった。タエばあさんの口から漏れたのは、どこか悲しげな吐息だった。
「そうだねえ……本当はそうしてあげられたら一番いいんだけどねえ。
でも、だめなんだよう」
しーんと黙った小学生たちに、タエばあさんはうつ向いてこぼした。
「お月見の夜は確かにきれいだよ、でもねえ……その日は白菊姫様が殺された日なんだよ。それも、白菊姫様の大好きな白い菊の中でね。
だからお月見の晩に白菊をお供えすると、お姫様はそれを思い出してひどく悲しむんよ。
そして、死霊になって墓からさまよい出てしまう。
だから、お月見の晩にだけは白菊を供えちゃいかんのよ」
その様子があまりに悲しそうだったので、大樹たちは何も言えなかった。
白菊姫の名は、村の人間なら誰でも知っている。
だが、それがどんな人物でどんな生涯を送ったかを知る者は少ない。
菊を愛し、この村が菊を名産とする始まりになったという事は多くの者が知っている。逆に言えば、多くの人が知っているのはそれくらいだ。
大樹や咲夜たちにとっても、白菊姫が殺されたという話は初耳だった。
そして、それが死霊と関係していることも……。
これまで、お月見の晩に白菊を供えてはいけない理由はよく分からなかった。
大人たちに聞いても、おじいちゃんおばあちゃんが怒るからとか、昔から言われているからとかあいまいな返事しか聞いたことがなかった。
その話に興味を引かれたのか、咲夜の目がキラリと光った。
「ねえ、おばあさん。
その伝説、私たちに詳しく聞かせてくれませんか?」
咲夜は、自らタエばあさんの前に出てお願いした。
タエばあさんは少し考えていたが、咲夜がしつこく頼むのに負けてうなずいた。
「分かったよ、またひまのある日にうちにおいで。
話すと、長くなるからねえ……」
気がつけば、夕焼けの赤はすっかり薄くなり、空には星がまたたき始めていた。
翌日、学校で夏休みの宿題一覧が配られた。
勉強が嫌いな大樹にとっては、見るだけでじんましんが出そうな量だ。
夏休みの日誌だけでは飽き足らず、自由研究に読書感想文に毎日の日記に、どうしてこんなに子供の休みをつぶそうとするのだろう。
げんなりしている大樹の前に、咲夜が現れた。
「ねえ大樹、一緒に自由研究をやらない?」
開口一番、咲夜は言った。
「昨日の話、覚えてるわよね?
村に伝わる白菊姫伝説を詳しく調べるっていうのは、自由研究としてなかなかの題材だと思うのよ。
自由研究ってのは何人かでやってもいいんだし、どうせなら楽に済ませちゃいましょ!お菓子とすいかを食べながら、話をメモするだけでいいのよ!」
大樹は咲夜の考えに、心底感心した。
大樹が咲夜に敵わないのは、頭の良さよりこの要領のよさにある。
いや、咲夜の成績の良さも、この要領のよさに起因している部分が多い。
咲夜は一つ一つのパーツを組み合わせて、最小の労力でこなせるようにするのが大好きだ。ずるいと言われることもあるが、これは立派な才能だと思う。
咲夜は宿題一覧を指差して、目をキラキラさせながらささやいた。
「自由研究はこれでお終い、もし調べてる途中に白菊伝説に関する本とか出てきたら、読書感想文も済むわね。日記も、今日はこんな事を調べましたって書けば終わり。
それでもって、それを夏休み前の半日しか授業がない日にやるの!
そうしたら、夏休み中に丸一日遊べる日が増えるのよ!!」
「そ、そこまでやるのかよ……!」
間違いない、咲夜の要領のよさは天下一品だ。
かくして、大樹は咲夜に言われるまま、白菊姫伝説の研究に付き合うことになった。
咲夜は大樹ともう一人、クラスの中ではあまり目立たない浩太という男子を連れてきた。このメンバーで、村の大人たちも知らない秘密を解き明かすのだと意気込んでいる。
思えば、これがこの秋に村を襲う惨劇の、本当の始まりだった。