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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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1.白菊の伝説

 ゾンビ大好きな作者がまたホラーを書き始めました。

 かつて2ちゃんねるで冒頭だけ投下していますが、続きを書きましたので。


 2月15日に「ゾンビ百人一首」が発売されるので、それの宣伝も兼ねて。前作「デッド・サンライズ」が思った以上に早く連載終了してしまったので。

 百人一首に合わせて和風です、ゆっくり読んでいってね!

 一面に、雪のように白い菊が咲き誇る。

 その花弁を撫でて、秋の涼しげな風が流れていく。

 だが、その風は、これだけの菊をもってしても浄化しきれないほど血の臭いに満ちていた。


 天には、見事な満月がかかっていた。

 その柔らかな光の中では歩くのにちょうちんがいらないほど、今宵の月は明るかった。

 しかし、その美しい光に照らし出されたのは、凄惨な血の宴だった。


 踏み荒らされ、血に汚れた菊の中に、二人の少女がいた。

 一人は背丈ほどの長い黒髪を川のように流し、漆黒の絹に大輪の白菊の刺繍をした素晴らしい着物に身を包んでいる。

 袖口からのぞく手は抜けるように白く、細かった。

 しかしその肌の白さは、月の光のせいだけではなかった。

 彼女の着物の一部は血に染まり、白い菊の一部は赤い菊に変わっていた。

 そしてその目は、耐え切れぬ衝動に見開かれ、紅い血で濁っていた。

 その少女を、もう一人の少女は座ったまま抱きしめていた。

 頭には古めかしい、金箔のすっかりはがれ落ちた冠……神に仕える者の証だ。身にまとうのは、黄ばんだ白い衣に、血でさらに紅く染め上げられた赤いはかまだ。

 彼女のやせこけて落ち窪んだ目には、深い悲しみが宿っていた。

「私もね、できることならこんな事はしたくなかったわ……ねえ白菊?」

 巫女は、白菊と呼ばれた少女の耳元でささやいた。

「でも、やらないといけなかった。

 これ以外のどんな方法であなたが民の苦しみを分かってくれるのか、私には分からなかったから。仕方なかったの」

 巫女は、腕の中で暴れる少女を押さえつけるように強く抱きしめてつぶやいた。

「でも、もう後戻りはできない。

 あなたは、これから何度でもこの苦しみを味わう事になるでしょう。あなたのような人の苦しみが分からない人間が現れるたびに、何度も……ね」

 寄りそう二人の少女の影を、まぶしいほどの満月だけがただ静かに見下ろしていた。



 その村は、今でもちょっとした菊の名産地である。

 人口三千ほどの山間の村、名を菊原村という。その名も、この村名産の菊に由来する。

 山のふもとには段々畑ならぬ段々になったビニールハウスが立ち並び、毎日トラック何台分もの菊が出荷されていく。

 もちろん、露地栽培の菊も多い。

 秋になると、その見事な菊畑を撮ろうと、多くの人がカメラを持って訪れる。

 農家の庭にも、それぞれの家で違う種類の菊が植えてあり、中には品評会に出展されるような素晴らしいものもある。

 そして河原の土手や野原にも、育てていない野性の菊が咲き乱れる。

 元から自生していた野菊もあれば、どこからか種が飛んできて生えた明らかに観賞用のものも混じっている。

 何年もかけてそれらが交配したのか、どっちつかずのものもある。

 この村はまさに、菊の楽園だった。


 この村が菊を名産とするようになったのは、江戸時代だそうだ。

 かつてこの村にいた武家の姫がたいそう菊を愛し、それが始まりになったという。

 その姫の名を白菊姫という。

 白菊姫の墓は今でもこの村にあり、白菊塚と呼ばれている。

 姫は見事な菊を育てていたため、その腕前にあやかって見事な菊が育つようにと、塚に参る人は絶えることがない。

 塚の前にはいつも、色とりどりの菊が供えてある。

 そう、色とりどりの……しかし、その中に姫の名にもなっている白い菊はなかった。

 その原因は、この村に伝わる一つの言い伝えにある。


 曰く、中秋の名月に、塚に白い菊を供えてはいけない。

 死霊が出る、と。


 夏の夕日を受けて、数人の小学生が塚の側を歩いていた。

 その手には、その辺から採ってきた白い花が握られている。

 デイジー、ノースポール、シロバナタンポポ……どれも菊の仲間ではあるが、菊ではない。

 本物の菊は、こんな暑い季節には咲かない。ビニールハウスの中を除けば、だが。

 その中の一人が、塚の前で立ち止まった。

「ねえ、ついでにお供えして行こうか?」

 少女は赤いランドセルを下ろし、そこからはみ出すほど摘んできた白いキク科の花をどさどさと取り出した。

 それを見て、男の子が顔をしかめた。

「やめとけよ、おれ前それやってめちゃくちゃ怒られたぞ!」

 すると、少女はつんとすまして言い返した。

「それは、大樹がお月見の晩にやったからじゃん。

 お化けが出るのは、お月見の晩に白い菊を供えた時だけだもん。こんな暑い真夏にお供えしたって、何も起こらないよ~。」

 少女はそう言って、白い花を丁寧にそろえて塚の前の花瓶に挿した。

 照りつける夕日の中で、その花も今はオレンジ色に見える。

 ふいに、小学生たちの後ろから歩み寄る人影があった。

 大樹と呼ばれた男の子が、そちらを振り向いてぎょっとする。

「やべえ、タエばあちゃんだ!

 おい早く逃げろって、絶対怒られるって!!」

 近寄ってきたのは、いつもこの塚の世話をしている畑山タエというおばあさんだ。

 穏やかな笑みを浮かべて、ゆっくりとした足取りで歩いてくる。

 しかし大樹は、このおばあさんが怒るとすさまじく怖いということを身をもって知っていた。大樹は数年 前のお月見の夕方、塚に白菊を供えようとしてすごい剣幕で怒られたのだ。

 その時のタエばあさんは、いつもからは想像もつかない鬼の顔をしていた。

 いつもはあんなにゆっくりなのに、すごい勢いで走って追いかけてきた。

 むしろ大樹には、その時のタエばあさんが妖怪に見えた。

 タエばあさんの目が、塚の前の白い花をとらえた。

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