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6-4

 ローター音を響かせヘリが遠ざかって行くのを、柘榴は血臭の中で見上げる。

 黄昏に赤く染まる山間の村は今、住民達の血で本当に赤く染まっているのだった。

 かつては数百人が住んでいた東ヶ谷村の人口は、相次ぐ若者の流出で二桁まで減り、無慈悲な虐殺鬼の手によって今(ゼロ)となっていた。

 目に映るのは閉鎖された小学校と、寂れた公園、古びた住居、放置された畑と、そこに横たわる死体の群れ。

 胸を斧で裂かれた男、銃弾で頭を吹き飛ばされた老女、両手足を切断された少年、中には首を切り取られた若い女性もあった。

 初夏の日差しを浴び、早くも腐敗臭を漂わせ始めたそれに、U・Dは鼻を手で覆い目を背けた。

 その動作を咎める事なく、柘榴は原型を留めた死体に近づくと、その首筋に丸い二つの傷痕を確認し、右手の鉄塊を振り下ろして頭と心臓を粉砕する。


「ちょっと、何やってるのっ?」


 死者への冒涜に他ならないその行為に、U・Dが堪らず止めに入るが、柘榴はそれを振り払う。


「こいつは噛まれた痕が有った。このまま放っておけば吸血鬼か屍鬼グール――吸血鬼の奴隷である動く死体(リビング・デッド)になる。人間のまま死なせてやるには、こうするしかない」


 残酷な事実と、柘榴の耐えるような表情に、U・Dは何も言えなくなってしまう。


「完全に日が落ちるまでに、出来るだけ死体の屍鬼化を予防しておく。その後、夜になれば吸血鬼が現れるだろうから、そこを誘い出して撃退する」


 黙々と死体処理をしながら告げられた作戦に、新米狩人は異議の声を上げる。


「直ぐに探した方が良いんじゃない? 後一時間は日が出ていると思うし、叩くなら今だと思うけど」

「発見出来ればそれに越した事はない。だが、一時間でここにある建物を全て探査するのは不可能だろ」


 廃家も入れれば五十棟はある。その天井裏から床下までを探りきるのは、確かに不可能だった。


「余計な事を言ったわね。ここは貴方にお任せするわ」

「まずはあの家を調べる、ついて来い」


 柘榴は一軒の真新しい二階建ての家に目を付け、その玄関を開ける。

 慎重に一つ一つ部屋を調べていくが、噛み傷の無い死体が二つあっただけで、吸血鬼が潜んでいる様子は無かった。

 柘榴はそれに満足すると、二階の押入が有る部屋を選び、U・Dを呼び出した。


「U・D、こっちに来てくれ」

「何か手掛かりでも有ったの」


 背後を見張っていた少女が、無警戒に近付いてくる。

 その腹へ、赤銅の腕が無言のまま突き刺さった。


「がっ……ざ、くろ……?」


 目を見開き、崩れ落ちる少女の体を、赤銅の鬼は優しく受け止める。

 そして押入を開けると、布団の間に隠すようにその体を押し込んだ。


「正直に言う。例え低級でも吸血鬼相手に勝てる保証は無い。だからって、お前まで死ぬ必要はないんだ」

「まだ…そんな、こと……」


 自分の身を案じ、こんな暴挙に出た事を知り、U・Dは必死に声を絞り出す。

 柘榴はそれに応えず、コートの中から金属の缶を取り出し、痺れたその手に握らせた。


焼夷手榴弾ナパーム破片手榴弾ハンド・グレネードだ、使い方は分かるな。これで屍鬼くらいなら倒せる筈だ」

「そんな、いらな…から……」

「体が動くようになったら、それを持ってこの村から逃げろ。安心しろ、俺だって負けるつもりはない」

「貴方の、安心しろ、は…あてに、ならな……」


 苦しくても毒を忘れない少女に、柘榴は苦笑を浮かべる。

 そして、彼女の頬を硬い手で優しく撫で、別れを告げた。


「前に言われた言葉をそのまま返す。ありがとう、お前に会えて良かった」


 それだけは、偽らざる本心だった。

 罪深き獣を狩り、時に罪無き人をも手にかけ、ただ血にまみれた狩人としての人生で、少女と共に過ごした数週間は、本当に心安らぐものだったのだ。

 だから失くしたくなかった。例え――


「……死なない、で……」


 少女が最後に振り絞った声には答えず、押入の戸を閉める。

 そして家の鍵を出来る限り閉めると、赤銅の鬼は一人で戦場へと足を踏み出した。





 太陽も山に隠れ、月さえ厚い雲に隠れた夜の村を、柘榴は光も点けずに歩く。

 鬼として与えられた青い瞳孔が、闇の中であっても僅かに視界を確保し、危なげない足取りで死者の村を回る事を可能としていた。

 真闇の中でさえ数百m先を見通すという吸血鬼ほどではないが、断首刀の届く範囲が見えれば、柘榴にはそれで十分である。

 鼻は血と肉の腐臭で塞がれている分、耳に入る音に集中し、周囲を策敵していく。

 住人の死に絶えた村からは、生活音が何も聞こえず、ただ虫達の鳴く声だけが虚しく響いてくる。

 そんな中、柘榴の足は畑とはまた違う、開けた場所へと辿り着いた。

 錆び付いたブランコに、スコップが置き去りにされた砂場、都会からは姿を消してしまったジャングルジム。

 どこか懐かしささえ感じる、村の小さな公園だった。

 その姿に、柘榴は遠い光景を思い出し、緊張した眉を一瞬緩める。

 だが、そこに砂利を踏む音が響いて、赤銅の狩人は直ぐに身構えた。

 闇に包まれた公園の真ん中に、細い人影が座り込んでいた事を、彼はその瞬間まで気付けずにいたのだ。

 柘榴は自分の危機感の無さに舌打ちしながらも、その人影に違和感を抱く。

 廃墟となったこの村に居る以上、目の前で動くモノは吸血鬼か屍鬼、どちらかの化け物に他ならない。

 だというのに、目の前で座り込むそれからは、殺気がまるで感じられないのだ。


(まさか、住民に生き残りが居た?)


 そう頭を過ぎった柘榴の前で、人影はゆっくりと立ち上がる。

 彼が油断なく断首刀を構え、踏み込む足に力を入れたその時、空を覆っていた厚い雲が途切れ、満月の光が公園とその人物を浮き彫りにした。



 赤いプリーツスカートと黄色のベストが、良く似合っていた。

 昔は編んでいた髪がほどけていたが、それも可愛かった。

 左薬指には銀の指輪が填められ、満月の光を受けて輝いている。

 首筋から見える肌が青く、その体が冷たく熱を失っていても。

 それでも、記憶の中とまるで変わっていない少女を、美しいと思ったのだ。



 季節は同じ初夏、満月の照らす同じ様な公園で、永遠の別れを告げたはずの少年と少女は、七年の歳月を経て互いの名を呼び合った。


「桜……」

「戒ちゃん……」


 こうして、赤銅の鬼――藤乃戒は、死せる幼馴染み――岡本桜と再会した。

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