8.告白①
3年ぶりの更新で申し訳ないです!
「はぁ・・・最悪だ」
園井家の玄関を出てすぐに、昨日のうちに尾辻にメールをし忘れていたことに気づき、
あわてて携帯を開いた。
そこには、尾辻からのメールが30数件と電話も20件近くあった。
本来なら心配してくれている友人に、すぐに電話して謝り倒すべきだろう。
だが、どうも体が重い。
店の扉の前で、どっかりと腰を降ろしてしまった。
「・・・動きたくない」
「何をしている?」
低い声が背中から聞こえた。
「・・・」
「葉、おまえ、」
ああ、きっと、また心配させる。
「無理するな」
肩をそっと抱き寄せられた。
尾辻はずるい。
子供じゃないと反論する気力もないことがわかって、そうするから。
顔色が悪いからと無理やり寝室に入れられて、ベッドに座らせられた。
眠くないのだとごねると、スツールを持ってきて自分はそれに座り、すっかりと話す体制を作ってくる。
「何があった?」
「いや、悪い、ちょっとまだ、無理だ。整理できてない。説明できない」
「何もかもを全部おまえだけで背負うな。俺はそんなに頼りにならないのか?」
「そうじゃない。ちがうんだ。ほんとに収拾つかない、土台、説明なんて無理だ」
「じゃあ説明はいい。あったことだけ、話せ」
「・・・うまく、話せないと思うぞ」
「時系列に単語だけでもいいさ」
そして、俺は、本当に単語のつなぎ合わせしか話せなかったと思う。
だが、尾辻は理解したらしい。しかも、俺よりも正確に。
「葉、俺はおまえに、話してない大事なことが一つだけある」
「・・・やめてくれ。もう、これ以上はいらない。お腹いっぱいだ」
必要ないと両耳をふさいだ。
その両手を取られた上に
、尾辻は無理やり視線を合わせてくる。
「おまえが見つけられた場所を知っているな」
「何をいまさら、この店だ。ココが俺が発見された公園の上にあるんだよな」
「そうだ。正確には、おまえが発見された場所は、この店のちょうど裏口のドアの前だ」
「は?」
「俺は3年前にあのドアに鏡をつけた」
「ケンカよけだって言ってたよな」
「そうだ。だが、本当は別の意味のほうが強い」
「別の意味? それ聞いてないぞ」
「鬼門だ。あそこは実際、方位的に鬼門なんだが、本当の意味での鬼門でもある」
「なんだよ、それ」
尾辻が何を言いたいのか、さっぱりわからなかった。
「あの場所は不思議なものが色々と不意に現れてはなくなるところなんだ。
塩を盛ろうが、お祓いしようが、まったく効き目もない。
5年毎とか10年毎とかじゃなくて、いつも不定期にそういった現象がある。
じーさんは戦前はそんな噂もなかったから、多分、戦時中に一度空爆を受けたときに、次元の穴でも開けられたんじゃないかって笑って言ってたが、詳しいことは何もわからない」
次元の穴だぁ?
尾辻には似合わない怪奇話に、驚きしかない。
「不思議なものって、どういうのだ」
「明らかに、今の時代のものじゃない、過去のものでもない時計。
見たこともない繊維でできた服とかもあったな。
ただし、そのまま、その場所に放っておけば、たいがいのものは数時間から数日中にはなくなっている。
だから、基本手出しは一切しない。
訳が分からないものは残ってもらっては扱いに困るからな」
「無くなっている? いや、それって、」
「ああ、おそらく、『元の場所に帰って』いるんだろう。
・・・だがずっと来るのは物ばかりだった。
最初に来たと認識されたものが今ならわかるけど多分「スマホ」だ。
この土地の管理を任せていた分家の尾坂、ほら、この店の最初のオーナーだが、そいつが、じーさんに報告するのに落ちていた物の詳細を描いているんだ。
昔はわからなかったが、今は見れば誰もがスマホだっていうだろうな。そんな記録書が沢山あるが、見てみるか?」
「いいのか?」
「尾辻家のトップシークレットだけどな。じーさんから、お前が見たいというのなら見せても良いと許可済みだ」
階下の事務所の金庫から、尾辻はその記録書を持ってきてくれた。
それはなんてことない、普通の大学ノートだった。
ただし、ナンバー5と番号が書いてある。
「5って、そんなに多いのか?」
「不定期だから『落とし物』が多い年もあれば少ない年もある。基本的に1個1ページに記録するようにしている。写真はNGで形状は手書きだ。他に色、匂いとか重さとか、見て気付いたことは全部書くようにしている。ちなみに、今はナンバー7まである。そのナンバー5には今から38年前のものが書かれている」
「!」
俺は、急いでノートを開いて探した。
「・・・あった」
そこには、プロ並みの絵で、赤ん坊の寝姿が描いてあった。
オーバーオールはリーフ柄だ。
「俺だ・・・」
「そうだ。記録書に人間がかかれているのは、その5番目の冊子のそのページだけだ」
「だから、俺がそこから来たって思うんだな・・・」
「当時は誰もそう思ってはいなかったさ。だが、場所が場所だけに、一応ということで記録だけは書いていたそうだ」
はぁ・・・と、俺のため息が部屋の中に充満する。
「・・・俺さ、何が不思議って、昔から感じてた拒否感が、いま全くないってことだ」
「どこにいても自分がここにいるべきじゃないと言っていたな。それが、今はないってことか?」
「最初、この姿で、ここでおまえに会ったときから、なんか不思議な感じがしてたよ。
空気がさ、俺に優しいっつうか、拒否されてないってこんなに身が軽いのかって思った。
まぁ、それも今は、自然な感じだけどな」
「そうか・・・。じゃあ、今のおまえが本来の葉の姿ってことなんだな」
「それはそれで、結構つらい。
俺は、世界に拒絶されても、久志の傍で久志の父親として生きたかった」
「葉・・・」
悩んでいても日は明ける。
『久志に近づいてなんとかマンションに入ろう』作戦は今のところ、全敗だ。
臣とはいい感じなんだが、うん。
久志は肩に手を置こうとしても、するっと拒絶されてしまう。
もう、いっそ学校の授業時間にマンションに無断に入ればいいんじゃ・・・と思うところだが、いかんせん、そのマンションのカギがない。
俺が持っていたマンションのマスターキーは、3年前に行方不明になったときに店の近くで発見されていたビジネスバッグに入っていた。
そのバックは警察から久志に渡され、今、久志はマスターキーと俺が昔渡した予備のキーをもっている。
俺さえ元の姿のままなら、マンションの管理会社に行って鍵を再発行してもらったり、ドアのカギを付け替えたりすればいいのだが、それもこの姿では無理な話だ。
どうしたものかなぁ・・・
「尾辻くん、聞いてる?」
「・・・」
「尾辻君!」
「えっ、」
「やっと、こっち見た。なんか疲れてるね、慣れない仕事で疲れたの?」
しまった、今は、生徒会の渉外の仕事中だった。
毎年、どのOBの家に行ったりしているのかとか、近くの商店街への挨拶回りとかをいつからするのかを話合うのに、生徒会室の隣の資料室でということになったのだ。
心配させてしまったのは、1年で副会計の黒岩弥生さん。
彼女は生徒会の唯一の女の子だ。
長い髪をポニーテールにきっちりとまとめ、清潔感があり、さっぱりとした性格で話しやすい子だった。
本当は、ここに久志と臣もいるはずだったが、なぜかいない。
引田と同じバスケ部で渉外の里中はバスケの練習を途中で抜けてくるらしい。
「いや、大丈夫。えっと黒岩さん、他の2人は今日は来ないのかな?」
「う~ん、多分もうすぐ来るとは思うけど」
うん? 言いづらそうだね。
「黒岩さん、何か知ってる? 言いにくいならよいけど」
「・・・実はね、HRが終わったタイミングが私のBクラスと仲居くんたちのCクラスが同じだったから、教室を出たときにちょっと前を2人が歩いていたの。だけど、3階に上がるタイミングで仲居くんがCクラスの担任の先生に呼び止められて、そのまま3人で1階に行ってしまったの。紅林くんがとっても難しい顔をしていたのよね」
「難しい顔?」
なんでだ?
「仲居くんにはある噂があるのよ、尾辻くん聞いたことある?」
「いや、悪い噂?」
「ううん。悪いっていうか、もしかしたら、2学期いっぱいでこの学校を辞めるんじゃないかって話なんだけど」
(ええっ、これって授業料未納の関係だよな。なんで、こんな個人情報が出回るんだ)
「びっくりでしょう?」
「でも、ただの噂なんだろう?」
「私は直接聞いたわけじゃないけど、同じクラスの子がね、9月の始業式のときにあの2人が学校の正門前で言い合いになっていたのを聞いたのよ。いつも冷静な仲居くんが激高していたって、びっくりしてたわ。
そのときに仲居くんが『どうせ、2学期までしか来れないんだから!』って叫んで、学校に入る前に帰ってしまったらしいの」
「(久志が?)・・・ええと、黒岩さんはその件で、仲居が職員室へ行ったって思ってるってこと?」
「うん、なんとなく。紅林くんの様子から」
「紅林の?」
「そう。あのね、紅林くんは生徒会の特別枠なのは知っているでしょう?」
「ああ、はじめてここに挨拶に来た時にきいたね」
「補佐は会長権限で何名でも立てられるの。
でもいつもだったら、立候補とか推薦とかなの。
だけど園井会長は1学期が終わる直前に紅林くんをいきなり連れてきて補佐にしたの。
来年の学際は創立70周年記念だからいつもより規模が大きくなるし、渉外に活躍してもらわないと立ち行かない、だから増やすってことだったけど、本当のところは仲居くんが1学期の中盤からちょっと不安定な感じだったからだと思うのよね。
紅林くんは仲居くんの幼馴染だから」
「不安定って、どんな風に?」
「う~んと、6月頃だったと思うけど。結構頻繁に家に帰ったり、先生に呼び出される頻度が多くなったりかな・・・。だから、生徒会の仕事もあまりできなかったし」
6月くらいなら、ちょうど授業料が払えなくなったあたりだ。
家に帰ったりというのはむしろ紗耶香と連絡が取りにくくなったからじゃないのか?
今は、職員室にいるのか?
行ってみるか。
「ちょっと心配だから俺、様子を見てくる」
「え? 尾辻くん?」
資料室を勢いよく出たら、廊下の向こうに久志と臣がいた。
「葉、どうしんだ?」
「あ、いや、お前らが遅いから、迎えにいこうかと」
「悪い。提出物の件で担任に絞られてた」
「そうか・・・。そりゃ、災難だったな」
ウソだな。
臣は努めてなんでもないことのように言っているが、久志の眉間に皺が寄っている。
小さいころからの癖だ。
言いたくないことや、都合が悪いことがあると眉間に皺を寄せて、かわいい顔をゆがませるんだ。
「よし、ついでだ。紅林、飲み物買いに行くぞ。付き合え」
「ああ?」
「いいだろう? 黒岩さんだって俺と一緒にずっと待ってたんだぞ。
何か冷たい飲み物でもおごってやろうって気にならないか?」
「ちっ、わかったよ。久志、おまえ先に資料室入ってろ。お前はコーラでいいな」
「・・・わかった」
自動販売機は、中庭の食堂の中にしかない。
今は、放課後で食堂の中には2~3人ほどしかいなかった。
「座れよ、臣」
久志の前では絶対『臣』とは呼ばないが、2人だけのときは極力呼ぶようにしている。
まぁ、上から目線で話をするときが、ほとんどだけどな。
「は~。やっぱりただ飲み物を買いに来たんじゃなかったんだな」
「あたりまえだ。本当は、担任に何を言われたんだ?」
「・・・葉、おまえ、どこまで知ってる?」
「多分、ほぼほぼ」
「やっぱり尾辻家とおまえ繋がりがあるのか?」
「いや、全くないな」
「嘘つけ! 久志の事情を知ってるのは、俺と久志の親と尾辻本家の次男だけだ。お前が知ってるなら、お前は尾辻本家か分家のやつなんだろう?」
「よく、いろんな事情を知ってるんだな、お前は」
「俺だって、あいつを守るのに、馬鹿じゃいられないんだよ」
「お前が馬鹿なわけないだろう。いつだって仲居を助けてきたんだから」
感謝しかないよ。俺には。
久志をずっと守ってくれて。
「・・・俺じゃだめだ」
「どうした?」
唐突に、臣が辛そうな顔で話す。
「久志には、俺じゃだめなんだよ。
くそっ! なんでお前『葉』なんて名前なんだよ。せっかく久志が落ち着いたと思ったのに、お前が来たから、また父親のこと思い出す頻度が増えたじゃないか」
「・・・」
「あっ、悪い・・・」
「いや、仲居の父親の名前は、俺と一緒だったな」
「だから、一般のやつにしては情報持ち過ぎなんだよ。どこからだよ」
「臣、よく聞け。俺は本当に尾辻家の本家でも分家でもない。
これだけは確かだ。でも、俺は仲居を助けることができる」
「言ってる意味が分からない」
「深くは知る必要はない。だけど、お前の協力次第では、今日、仲居が呼び出された原因を取り払うことができる」
「え? それって?」
「臣、お前の協力なしでは無理だが、どうする?」
「・・・やる。
久志がこの学校にいられることができるんなら、俺は何でもする」
「いい子だ」
「で、なんで協力が、今日の遊園地なんだよ?」
仏頂面の臣と深く帽子をかぶり表情が見えない久志と俺が今いるのは、遊園地のゲート前だったりする。
今日は、10月4週目の日曜日。
まさに秋晴れ。
山を切り開いて作られた遊園地は、紅葉が見ごろで360°美しいパノラマが味わえる。
ここは、久志と紗耶香と3人で2度ほど来たことがある場所だ。
「うん? 俺が来たかったから」
「葉! おまえね、今日になったら教えるって、」
「葉~~待ったか? 悪い、引田が寝坊しやがって」
そう。本来は、3人だけのつもりが、そうはいかなかった。
田中と引田に遊園地行きの情報がばれてしまったのだ。
「だから、反省してるって、ずっと言ってるだろ~」
「うっさい。一日中反省してろよ」
はっきりと言えば、臣が昨日の食堂で今日の遊園地行きの予定時間をうっかりと確認してしまったからなんだが。
「・・・葉・・・」
じとめで俺を見ても、だめだから。
「文句はいわない。誰かさんが漏らした一言のせいだしね」
「・・・でも、俺は生徒会のメンバーには言ってない」
「う~ん。俺も、こればっかりは、わからないな~。どこだろうね、情報源」
まぁ、消去法で引田から話を聞いただろう里中しかないかな、うん。
目の錯覚かと最初は思ったが、3人で遊園地のチケット売り場前に来たら、すでに生徒会の他のメンバー全員が揃っていた。
「遅かったね3人とも。おはよう、今日はよい天気だね」
「・・・園井会長、どういうことでしょう?」
「まぁ、細かいことは気にしない。君の歓迎会だね」
「それ、事前に言うでしょ、普通…。それにしても、よくまぁ、全員集まりましたね」
「ちょうど君の歓迎会をいつ開こうかと話していたところだったからね、よかったよ」
(よくはない・・・。面倒になっただけだな・・・)
「おい、葉。久志を無理やり連れてきたんだぞ。これ以上ここにいたら帰るって言いそうだ。早く動こうぜ」
「了解。会長、入りましょう」
「ああ、みんな行こうか」
3人のはずが、ぞろぞろと10人の大人数になってしまった。
「尾辻君ごめんね。昨日の夜いきなり、会長からメールがきて。
私は、遊園地好きだからOKしたんだけど、田中君と引田君がいるってことは、完全にプライベートで来たんでしょう?」
「ははっ、ある意味すごいね。昨夜のメールで今日全員集まるなんて」
「園井会長って、どちらかというと、いつもいきなりなの。
だけど、仕事も楽しいことも外れることはほとんどないから、みんな乗ってしまうのよね。
会長の吸引力がすごいんじゃないかな」
「へぇ、そこまで慕われてるんだ」
「うん。なんか、安心する? っていうのかな。
会長についていけば、なんか面白いことがあるかもって思う」
「黒岩さんは会長を信頼してるんだね」
「私だけじゃないよ。会長の幼馴染の剣野さんと早瀬さんは園井会長を絶対的に信頼してるもの」
「幼馴染か、そっか」
(・・・そんな人たちと一緒だから、あの人は強いのかもな)
「葉!」
「紅林が呼んでるから行ってくるよ。今日は、楽しもうね、黒岩さん」
「うん。今日は、尾辻くんもね」
「ああ、うんと楽しむよ」
「葉、どうする? 大人数で一緒に行動するのか?」
「まさか、最初にお化け屋敷に入って、それから、撒くしかないかな」
「えっ? お化け屋敷?」
「おまえ、まさか。(まだ)怖いのか?」
「そ、そんなわけないだろ!」
「(怖いんだな)仕方ないな。ここのは、乗り物に乗って回るお化け屋敷だから自分で歩くのよりは安全だしすぐ終わるから。お前を真ん中にしてやるから」
「だから、俺は怖くないって!」
「あ~、はいはい。でも、お前は中央ね。仲居はそれほど怖くないだろ?」
(この遊園地に来るたびに、進んでお化け屋敷に入ってたからな)
「・・・ぜんぜん、怖くない」
怖いわけないだろうという声がかわいいじゃないか。
でも、久志は知っているかな。ここのお化け屋敷は去年リニューアルして、怖さ3倍になってるんだけどね。
「そっか。了解。じゃあ、入ろう」