5.再会
遅くなりました。
そして、田中たちと久志の話をした放課後、待ち人が来た。
(仕事が速くて助かるな)
やはり、転入とはいえ成績が学年1位と同じくらいだと、執行部は見過ごせないのか。
それとも、「尾辻」という理事長の名前と同じ名前に興味がたったとかあたりかな。
尾辻という名前はこの地域では、特別な名前だ。
この地域を統べる「尾辻」家の縁石だと思われることは、よくも悪くも目立つのだ。
そんな特別な名前をなぜ使うことにしたのか。
離婚したのが、久志が小学生3年生のときだった。
紗耶香は結婚前からの仕事を持っていたので住居を変わったりするよりは、久志を今までお世話になっていた学校や学童保育に預けてそのままの生活をすることを望んだ。
そのため、回りからの変な勘ぐりを受けないように、紗耶香も久志も仲居という姓のままでいる。
小学校の父親参観や、紗耶香が仕事で久志を迎えにいけなかったときには俺が学童保育所まで迎えに行ったりしていたから、離婚を知るものは学校や学童の先生ぐらいで、本当に少ない。
ただ今回はそれが問題となる。
転校に際して、久志が仲居という名前なのに、俺が同じ仲居と名乗るのはやばいし、何より桜花のOBである自分の高校時代を知る先生だって1人2人はいるかもしれない。
という話になり、結果、「尾辻 葉」という名前の人物に設定にしてもらった。
今の桜花の高校に尾辻の名前をもつものがいなかったのが幸いだった。
いたら「誰だお前?」ってことになっていただろう。一族意識って怖いよな。
まぁ、この学校の理事は尾辻の祖父だし、一時預りの留学生扱いなので別に戸籍がいるわけではない。
公文書偽造などという恐ろしいことはしていない。
たった1ヶ月ほど、引きこもりの知り合いの息子を試しに入学させたいという尾辻の一言で尾辻の祖父さんに俺の転入が受け入れられた。
(あ~、でも、祖父さんのことだからきっと俺に関することだって思ってるかも)
尾辻とはどちらも赤ん坊の頃からの付き合いだと言ったが、尾辻の祖父さんともそれこそ、俺の祖父さんと言っていいほど、付き合いが長い。
なんせ、駅前の空き地の真ん中にポツンと一人で寝そべっていた赤ん坊の俺に、優しい養父母を見つけてくれたのも、尾辻の祖父さんだったからだ。
尾辻は背が高いが、尾辻の祖父さんも同じくらい背が高い。
少しだだけ尾辻より横が大きく、若いときから変わらず鍛えているせいか80歳過ぎているにも関わらず、いまだ現役で理事の仕事をしている。
尾辻家は元々は、この地域の山林のほとんどを所有していた大きな地主だ。
戦後は山の麓に大きな製薬工場を作り、不動産も経営し、幼稚園部から高校まである桜花学園をも作った。
農家しかなかったこの地域を大きく開けさせたのは、祖父さんががんばってくれたからだった。
尾辻も俺も幼稚園部から桜花で過ごしたけど、祖父さんは尾辻に桜花学園の理事を継がせたいと思っている。
だから、尾辻には桜花にいる間中まるで秘書のようにいろいろとこき使っていたし、とばっちりを俺も結構受けた。
理事会の準備とか、学校運営の広報関係の手伝いとか、普通は学生はやらないよなって仕事をさせられた。
楽しかったけどね。
尾辻は学生時代は反抗もせずに祖父さんの仕事を手伝っていたのに、社会人になったとたん、元々は尾辻の分家の人が経営していた今の駅前のBARを買い取って、祖父さんの跡を継ぐのを嫌がり、未だにオファーを断り続けている。
『あのジジイがもうろくするわけないだろ。俺が断っているからいつまでも元気なんだ。結果オーライだろうが』
うん。俺もそう思うけど。
お前のせいでちょくちょく祖父さんに呼び出されて愚痴を聞いていたのは、結果オーライじゃないよね。
そんな尾辻が祖父さんに突然アポをとり、学園に1人転入させてほしいと言ったのだ。
ずっと、直で連絡を取ったことがなかったのにだ。
(尾辻はいつも俺を最優先するからな・・・全部終わったら、祖父さんとこに行かないとな)
さて留学生扱いとはいえ、クラスをどこにするのかを決めるからと試験はきっちりと受けさせられた。面倒だったが、今となっては、久志と会える好機を作ってくれた試験に感謝だ。
試験内容?
もちろん、知っていたさ。
でなければ、一介のサラリーマンだった俺が、高校の試験など解けるわけがない。
放課後、田中が図書委員会へ、引田が部活へと教室を出て行こうとしていたので、途中まで一緒に行こうかと支度をしていたときに頭の上から声がしたのだ。
「尾辻 葉くん?」
学生にしては落ち着きのある、穏やかな声だった。
「そうですが」
顔を上げてまずネクタイの色を見る。青ということは、2年生だ。
「突然声をかけて悪いね。生徒会長の園井紀人だ。よろしくね」
は?直接、会長が来たのか?
しかも、これは、また、ジャニ系もびっくりの美形さんだ。
おまけに、砂を吐きそうなほどの甘さを持っている。
ちょっとむかつくのは、尾辻とためが張れるほどの高身長だってところだ。
俺の周りにはなんでこうも、背が高いやつばかりなんだ。
コンプレックス刺激されまくりだな。
(ん?・・・う~ん。これは、もしや)
・・・やばい系、か?
気づかなければよかったかもしれない。
顔は微笑んでいるが、目が笑ってない。
まだ若いからか、もしくは、わざとか。
隠そうともしていない、目だけに表れる不信感。
または、・・・俺は彼にそうさせるほど相当に印象が悪いのか?
あれ? もしかして、尾辻関係か?
いやいや調べたけど、尾辻家直系も分家もいなかったぞ。
甘いマスクには似合わない、探るような鋭い目だよね。
本当に学生か、君?
「え~っと、俺の顔に何かついていますか?」
冷や汗を隠すように、苦笑する。
会長は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに甘い瞳になった。
今頃しても遅いからと突っ込みどころ満載だ。
久志のことがなければ、即刻帰るところだ。
「尾辻くん、今から、生徒会執行部に来てくれるかな?」
うそくさい微笑みに断ることは許さないと言われているようで、なかなか面白いけど、面倒な人な匂いがする。
行くよ。もちろん、行きますが。
「いいですよ。じゃあ、田中と引田、また明日な」
「あ、ああ。じゃあな」
「おう、気張れよ」
(だから、引田。何について気張れって言ってるの?)
二人に軽く手をあげて、教室を出た。
「彼らと親しいのかい?」
そう聞いてきたのは、転入してからまだ日が浅いからだろうか。
俺にとっては、2週間は「もう」じゃなくて、「すでに」なんだが。
「ええ、でも、転入してから2週間ですよ。そんなにびっくりすることですか?」
「日にちじゃない。君が声をかけた田中君と引田くんは、中学生のころから親しいものはお互いだけという話で有名だよ。その2人と仲がいいってことは十分ほかの人に驚かれる話題だと思わないかい」
初耳だ。
どうりで、ほかのクラスメイトがあまり近寄ってこないと思った。
話題作りに貢献までしちゃってたのか。
別の意味で目立ってちゃだめだろう。
「はじめて知りました」
「そう。まぁ、おいおい分かるだろうけどね」
生徒会室の場所は昔と変わっていなかった、校舎4階の一番西側の部屋だ。
隣は、資料室。その隣は、風紀委員室だ。
ちなみに、俺は現役のとき生徒会役員だったし、尾辻は風紀委員長だった。
ドキドキしながら生徒会室のドアをくぐる。
久志と会える。やっと久志の顔を間近で見られる。
「尾辻くん、執行部のみんなを紹介しよう。副会長の剣野と会計の早瀬は俺と同じ2年だ。副会計の黒岩さん、渉外の仲居と里中は1年」
園井の指先が久志にかかった瞬間、怪しまれると仕事がしにくくなるから
視線を止めたりはしなかったが、胸が高鳴るのは止められなかった。
(久志・・・背が伸びた・・・)
俺の体内時間では会えなくなって3ヶ月ぐらい。
それなのに3年という月日がたっていることを、久志の容貌が如実に語っている。
父親失格だとしても、
俺は俺なりに2週間ごとの久志の成長を見るのを楽しみにしていた。
どこの神様だよ、俺から父親っていう肩書きさえごっそりと除けてくれたのは。
この姿がこのままずっと続いたら、
俺は2度と久志の父親として彼の前に立つことができない。
知らず、握ったこぶしが怒りで震えてくる。
誰にと向けられないこの想いは治まらない。
治まらないが、今の俺にはやるべきことがある。
それを終えてから、改めて元の俺に戻る方法を考えるしかない。
なにせ、時間がない。
それにしても、(俺時間の)3ヶ月前に見た中学1年の久志の顔は、
まだ小学生のように初々しくてかわいらしかったけれど、
今の久志は目が、何というか、きつい。
何も期待していない、何も楽しいことなどないといった目だ。
俺はこの目を知っている。
こんなところ、俺に似なくてもよかったのに・・・。
俺がいなかった3年の間、いったいお前は何を考えて、どう俺のことを処理したんだ。
尾辻が言う、「昔の久志じゃない」って意味、俺は、信じたくない。
そうだとしても、もう、絶対、苦労はさせないから。
心に深く、誓う。
「あと1人渉外がいるが、今日は欠席だ。明日出てきたら、改めて紹介するよ。
名前は紅林だ。彼は特別枠でこちらから臨時にお願いしている役員なんだ。
君とおなじ1年だよ。で、君も渉外だ。今は来年の5月にある文化祭の準備に入っているから、渉外が1番がんばる時期なんだ。
尾辻くんは、渉外が何をするかわかるかい?」
「文化祭のときの寄付金、及びスポンサー集めですか?」
「そう、よく知っているね」
(そりゃそうだ。俺、現役のときもやったし・・・・・・、二度もやるとは思わなかったけど)
「尾辻、よろしくな」
渉外で同じ1年の里中が俺に向かって、にこやかに挨拶しにきた。
もしかして、引田が言っていたバスケの里中って、この子じゃないだろうか。
身長が190㎝ぐらいあるし、筋肉すごいし。
「よろしく。もしかして、引田と同じバスケ部?」
「そうそう。あいつから聞いてた?」
「今日、聞いたばかりだった」
「はは。そっか。まぁ、まだそんなに忙しくないからゆっくり慣れたらいいよ」
同じくよろしくといって挨拶を返してくれたのは、副会長の剣野と会計の早瀬と、副会計の黒岩さん。
久志は、俺が視界にも入っていないかのように、完璧無視だ。
それでも何とか印象付けたくて、
再度「よろしく」と久志にだけ向けて言った途端、俺の顔を一瞬にらみつけた後、
一言もなしに扉の向こうに消えてしまった。
(う~ん。前途多難・・・・・か)
尾辻が言っていた、「俺の知っている久志じゃない」という言葉と田中たちが言っていた「氷の君」が頭の中でミックスされる。
確かに俺が知っている久志は、誰にでも明るい笑顔で接することができる子だった。
あんな冷たい目をする久志を、俺は知らない。
あれ、そういえばさっき園井が言っていた「紅林」っていう名前に聞き覚えがあるな?
「あ、もしかして、幼馴染の?」
独り言を言っているつもりでいたのだが、俺のすぐ後ろから園井のおもしろそうな声がした。
「氷の君にちょっかいをかけて無事にいられたものはいないんだけどね。
半年前、彼らが入学してからの有名な話だよ。
尾辻くん、紅林 臣には気を付けるんだよ」
「ああ、臣・・・・・・か。思い出した・・・・」
(何度か久志といっしょに遊んでやったな。ずっと、そばに居てくれているのか)
「そうですか。わかりました」
ちょっと、うれしくなった。
思わず笑みが出てしまったのだが、園井が俺のその顔を見て、
少しだけ驚いた顔をした。
失礼な。俺の笑顔は見るに耐えないほどなのか。
まぁ、どうでもいいか、会長とは特に親しくする予定もない。
明日、臣に会おう。
そして、できれば、久志の最近の動向を手にいれたい。
「本当に、わかってる?」
いつの間にか、園井が俺の近くにいた。
近くて、本当に近いから、びっくりだ。
30㎝定規ほどもない、たぶん。これは家族間ぐらいのパーソナルスペースだ。
まぁ、あまりいい気はしない。
「わかっていますが?」
「そう?」
なんで、わかっていると言っているのに、さらに近くに来るかな・・・・・・。
俺は、元々から、他人とのパーソナルスペースはひどく広いほうなんだ。
久志以外でこの距離は尾辻ぐらいだ。
「会長。近いです」
「・・・今日は、もう、帰っていいよ。明日、放課後にまたおいで」
「わかりました」
まさか、惚れられた?(いや、ないし…)
いやいやいや、そんなわけない。あれは、あの目は、何かを疑っている目だった。
いったい、俺の何に疑問を持っているのか。
ああ、やりにくいなぁ・・・。
昔書いたものって、どうしてこうも穴だらけな設定なんでしょう。
校正じゃなくて、ほぼほぼ新しいものに変わっているような・・・。