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3.下準備

少しは明るくなったかな・・・。

「葉、お前、今日もすげえ弁当だな。お前の親ってほんっと、料理うまいな~」


引田翼が190㎝もあるガタイをこれでもかと机のほうに折り曲げて、今にも涎をたらしそうな口をして俺の弁当をガン見している。


引田だって毎日母親が作った弁当を持ってきているのだが、昨日から母親が知人と旅行に行っているため、今日は売店のパンを買ってきている。


「あ~、引田。食いたいなら、食って良いぞ」

ガン見に耐えられず、弁当箱を引田の前まで移動させる。


「え! うそ! マジかよっ! んじゃ、いっただき~」


嬉しそうに食べてるけど、それ母親じゃなくて、男の手作りだから、ちなみに尾辻作だ。

尾辻のBARのメニューはすべてあいつの手作りで、結構な評判だから、そりゃ、うまいけどな。


遠慮のないその勢いに苦笑しつつも、子供はこれぐらいが正直でいいよなぁと、思ってしまう。


「尾辻いいのか? お前、いつもあんまり食わないのに。こいつにやったら、お前どこで栄養取るの?」

と心配そうに言ってくれるのは、田中輝也。


街などで引田と二人揃って歩くと、たいていの人は一瞬見間過いかと2度見するらしい。


なぜなら、ひとめ見て100人中100人ともが不良であると即答するだろう、金髪をツンツンと立たせ、鋭い眼光、耳にはピアスの穴が3つも開いている180㎝超えの引田と、銀縁メガネがよく似合い、身長は170㎝で極端に細いわけではないが太い印象もないどこにでもいそうな典型的なクラスの委員長とのツーショットは、万人にとっては、目の錯覚という感想しかない、らしい。


ちなみにこの私立桜花学園高校は幼稚園から中学の付属があり、中学も高校も実力優先主義だ。

ピアスだろうが髪が真っ赤だろうが、成績優秀であれば先生方であってもPTAであっても文句はいわない。言わせない。

創立依頼からの学校の最優先事項だ。


年間の有名大学合格率は、かなり高いのだ。


引田も外見にはそぐわないが、中学の頃から1学年のなかでは常に5位以内をキープしている。

田中にいたっては毎回1位だ。ちなみに、全国模試でも田中は毎回1位らしい。

なんて、恐ろしい子だ。


この2人は、2週間前の俺の編入初日から何かと世話をやいてくれる、とても良い子らだ。


「あ~田中、できれば引田のように『葉』と呼んでほしい」

「え?」

「いや、前の学校でも、『尾辻』とは呼ばれてなかったからな、『葉』のほうがしっくりとくるんだ」


尾辻と呼ばれても自分のことを呼ばれているように思えない。

ボロが出るまえにと先回りした。


「いいよ。じゃ、葉、あんまり引田を甘やかすなよ、こいつ、昨日も葉の弁当のおかずをがんがん食ってたじゃないか」

「いいんだよ俺は。もう、身長も伸びきって、あとは、横につくだけだからな」

「ぷっ、なんだよそれ~。どっかのおっさんみたいなセリフだな」


吹いたとたんに引田が口いっぱいにしていたおかずを、田中の前にまで半分ほど飛ばしてしまった。


「引田~~っ!!」

「・・・(う~ん。なかなか、鋭いな引田)」


机の上の惨状に青筋を浮かべて説教を始めた田中。

しかし、俺は、引田の思わぬ鋭さに心の中で気を引き締めた。


―そう、俺は引田の言うとおり、元々は35歳のサラリーマンだから。




3週間前、店の裏口で尾辻に強制的に店の中に連れて行かれた。


尾辻は185㎝以上ある。体型も普段から鍛えているから、ほどよく筋肉がついていて同じ男からしたら理想的な体型だ。

対して、俺は、175㎝そこそこしかなく、鍛える気力も持っていなかったから、それなりの貧弱体型。

俺たち二人が並ぶと、女性の視線はいつも尾辻に注がれていた。

だが、あの日感じたものは差なんてものじゃなかった。

だからあいつは、逃げようとした俺を軽々と横抱きにして店に入りやがったんだ。

(あれは、今思い出しても、屈辱以外の何ものでもない・・・はぁ~)




店内裏の6畳ほどのスペースに事務所がある。

書類整理用の机と休憩用のソファーとソファーの前のローテーブルだけのスッキリとした場所で、そのソファーもちょっと前までは俺が飲みすぎて寝落ちするので、ほぼ俺専用の休憩所と化してした。


だが、入ってみてびっくりした。

(いつもより荒れてる?)


新聞は、2週間前に、俺が普段のお詫びのかわりにと全部ヒモで結んで裏口に出したはず。

なのに、ソファーの横に1ヶ月以上と思われる量が乱暴に重なっていた。


ソファー前のローテーブルの上に「吸い殻がある灰皿」があるのも不思議な光景だった。

なぜなら、俺がたばこのにおいが苦手なために、尾辻は事務所では一切たばこを吸わないからだ。

専ら店内か、2階の自宅のキッチンの換気扇の下か、ベランダだ。

事務所内の灰皿はもはや飾り同様だったはず。


今は、灰皿の上は山となるほどの吸い殻がある。

(この部屋の臭いから、空気洗浄機も掃除してないんだろうな・・・)

たばこ臭さに自然と眉間に皺がよる。


「どうして、店の裏にいた?」

どさっとソファーに座るなり、尾辻がたばこの火を灰皿の吸い殻の上で消す。


(俺だと気づかないのか・・・・。やっぱり俺は変なのか? 目の錯覚じゃない?)


「・・・・・・。」

「だんまりか。・・・・・・。とにかく、家はどこだ、この近くなのか」

「・・・・・」

「おい、いつまで、黙ったままでいるつもりだ」


(だめだ。俺だとわからない尾辻に何も言えるわけがない)


「・・・迷惑をかけて、すまない。すぐに出て行くから」


尾辻の態度に、俺の今の姿がやはり違うのだと覚悟した。

そうなら、尚更すぐにここから出ないと、抑えている恐怖が暴走しそうだった。


社会人になって13年が過ぎた。

そこそこ度胸やはったりが利くようになったと思っていたが、これはだめだ。


突然二十歳前のガキに若返った自分を、どうしたらいいのか全くわからない。

もてあますなんてもんじゃない。

恐くて、怖くて、抑えたくても抑えきれない体の震えを、尾辻にばれないように最小限にするので必死だ。

・・・今まで経験したことのない「恐怖」だ。


「そんな思いつめた顔のガキを、店からすんなり出すと思うか」

「・・・(ガキじゃねえ)」


尾辻の上から目線の言葉に、気だけはささくれ立つ。

気付けよ! 俺だってなんでわかんないんだよ!


そんな無茶な欲求を出したくなる。


だって、こいつは俺とは赤ん坊の頃からの付き合いだ。

俺のこのくらいのときの姿だって知ってるのに、と。


・・・あほじゃないか、俺。


俺だって、こいつが、今、急に若返って目の前にきたら、きっとわからない。

久志にだって、きっとわかってもらえない・・・。

つまり、今、この世界で、俺を知る人間は1人だっていないという事実。

最悪だ。

前より悪い・・・。


一時も早くここから出たいと強く思った。

くずおれてしまいそうだ。


尾辻から視線をはずし、もはや、鉛となった重い足をドアに向ける。


「おい、こら、待てって」

尾辻の手が伸びてきた。


その手から逃れるようと身体を思いっきりひねった。

触れてほしくなかった。

あまりの理不尽さに、尾辻を殴ってしまいそうになるからだ。


だが、タッパの差は俺が思ってよりも大きかったらしく、シャツの袖をつかまれて、反動で胸元がはだけてしまった。


「!!」

その瞬間、尾辻の顔がひどく驚いたものに変わった。


いったい、どうしたんだろうか。

こんなに、動揺している尾辻を見るのは、久しぶりかもしれない。


「まさか、・・・葉・・・か?」


え? 俺だと、わかった? なぜだ?

問いかける尾辻の視線が俺の鎖骨の辺りでじっと止まっていることに気づく。


(あっ、傷!)

右の鎖骨に手をやった。


右鎖骨には、高3の時のバスケの校内対抗試合でできた傷痕がある。

相手チームの副将ともみ合いになり得点版に頭から突っ込んだ際に、運悪く複雑鎖骨骨折をしたときのものだ。

その傷痕は、偶然にも、クリスマスツリーの天辺にあるあの星の形に似ている。

そのせいか、一度見たら絶対忘れないなと、よく友人たちにからかわれていた。


さらには、

「ナンパなんかして、身元も知らない女を食うなよ。絶対、その痕からお前の身元が割れて、責任取れって学校まで押しかけられるぞ」と怖いことも言われたのだ。


「お前、3年も失踪したと思ったら、なんでそんな姿なんだ?」

「ち、ちがう」

「何が違うんだ」

「だから、ちがうって・・・え・・・3年? 3年!」


動揺しまくって、声がだだ漏れだってことに気づきもしなかった。


最悪に機嫌の悪い顔をした尾辻が、溜め息を1つついたあと、

「葉、今は、何年だ?」

と聞いてきた。


「・・・2013年9月15日」

久志の誕生日から一月後だったから、覚えている。


いくら、ぼろぼろに疲れていたとしても、今日が何日かを忘れたりしない。


「たしかに、9月15日だな」

(ほら、みろ)

「ただし、2013年じゃない。2016年だ」

「じ、冗談を」

「そこの新聞、見てみろ」


その指が、机上の無造作においてある、恐らく夕刊であろうそれを示す。

震える五本の指を必死でなだめて、新聞をすくい上げ、一番上の日付を見た。


「そ、そんな・・・・・・」

日付は2016年9月15日だった。

「・・・・・夢?」


尾辻は、胸ポケットのシガレットケースからタバコを一本取り出した。


俺は、その一連の動作をスローモーションのように見ていた。

いつもなら、俺の前で吸うなと言うところだ。


今は、俺も吸いたい気分だ・・・。


「夢だ」と、たった一言を、いま、言って欲しかった。


「葉、ぜんぶ話せ」

願いは叶えられなかった。


ひどく喉が渇いていた。

かすれる声で話そうとする俺をソファーに座らせ、尾辻が日本茶を入れてくれた。

俺の好きな、そして養父母が好きだった茶葉だった。

俺が買い置きして、いつも事務所内にストックしていた茶葉だった。


「美味いな・・・」

3年間。

俺がいなくなった後も、ずっと買い続けてくれたんだろう。

心が少しずつ落ち着いていった。


それから、尾辻の店に行くまでの経過をできる限り詳しく話した。

二人して、1つ1つ、なんでもなさそうな事象を検証する。

おそらく、店の前で落ちたような感覚。

それが一番の原因だ。

だが、それが何で、どうしてこんなことになったのか、全くわからなかった。


会社は、失踪ということで首になっていた。

大学を卒業してから入った中小企業だったが、人事の仕事は好きだった。

離婚して家族にあてていた時間がなくなって、寂しさから尚更仕事に没頭した。

皮肉なことにそれで最年少で課長にまで昇進したし、俺についてきてくれる部下もかわいがっていた。

だから、失踪で首なんてことになっている現実に受けたショックは半端なことではなかった。


だが、それ以上に、ひどい現実があった。


突然消えた俺のせいで、久志が大変なことになっていたのだ。


沙耶香の再婚相手の事業が失敗して、現在、沙耶香とその相手は金策に走り回っているそうだ。

そして、そんな状態で久志の私学の高校の授業料が払えるわけもなく、10月中に6月から滞納している授業料が払えなければ、11月早々には退学勧告が出されるというのだ。


尾辻は援助の申し出をしてくれたそうだが、沙耶香は頑として首を縦に振らなかったらしい。

昔から、尾辻と紗耶香は仲が悪く、俺を間にはさんでは煩かった。

だが、それとこれとは別物じゃないか。

久志を第一に優先できなかったのか・・。


幸い、俺の口座には久志を大学まで楽に進学させてやれる金額の預金がある。


問題はその預金をするときに、最新のセキュリティだといって友人に進められた登録方法を面白半分に使ってしまっていたことだ。

それは、金を引き出すのに、カードや通帳を入れて暗号を入力する今までの方式ではない。


まず、カードを専用の機械に入れ、次に俺の人差し指の静脈をその機械に読み取らせ、そして暗証番号を入力しないと金をおろせないのだ。


人の静脈は、1人1人違うらしい。

しかも、静脈は指紋のように紙などに触れることもできないので、偽造ができない。


つまり俺の静脈でしか引き出せない預金は、久志には全く役立ってくれなかった。

なんという不甲斐ない親だろうか。


「俺、今からマンションに戻ってカードを取ってくる」

それから、明日の朝イチで銀行に行って、おろせばいい。


「無理だ」

「まっ、まさか、マンションは処分されているのか」

「沙耶香はそうしたがっていたが、お前、あのマンションの名義を久志にしていただろう」

「俺に何かあったときのために、離婚してすぐに久志の名義に変えた」

「それを盾にな、お前がいつ帰ってきてもいいように、久志が母親の懇願をきっぱりとはねつけて、今、1人でそこに住んでいる」


久志が、俺のために・・・。

純粋に嬉しい。

俺のこと、待ってくれていることが嬉しい。


「そ、そうか。じゃあ、やっぱり、今から」

「だから、お前、その姿で自分が父親だと言うつもりか? 信じると思うか? それに、」

「何だよ。ちゃんと、言えよ」


変なところで、区切られると心臓に悪い。

久志に何かあったんじゃないかって。


「今の久志は、お前が知っている、あの、かわいかった久志じゃない」

「え・・・?」


さらに今日中にもう1本予定。

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