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1.再始動

初回だけちょっぴり暗め

離婚して四年が経った。


その間、妻であった沙耶香との連絡は携帯のメールのみで、息子の久志とは2週間ごとに会う生活を送っていた。

その沙耶香から、突然、会社の近くで食事を一緒にと誘いがあったのは6月15日。

嫌な予感がした。


そして、嫌な予感ほど、よく、当たる・・・・・・。


「今までのように2週間毎に久志に会うなって、まさか、今後一切会えないってことなのか?」

思わず、コーヒーカップを置く手が震えた。

「ちがうの、葉。あの子が彼といることに慣れるまでよ。一生ってわけじゃないわ。お願い、協力して。私たち、彼と幸せになりたいの・・・・・お願い」


 本能のようなものだろうか? 

今、沙耶香の願いを承諾すれば、俺と、この世ではたった一人だけ血がつながっている久志に会うことが、もう二度とない。

そんな気がしてならなかった。


そんなのは、絶対に嫌だ。


・・・それでも、俺の中にある二人に対する負い目が、NOとは言わせてくれなかった。


「・・・・・・わかった。再婚、うまくいくといいな」

「葉、ありがとう」


はにかんだような笑みは、久しく見ていなかった本来の沙耶香がもつ美しい姿だった。

彼女がやっと幸せになる。

そのことは、本当に、うれしい。


そして、少しだけ肩の荷が下りて、ほっとしたのも事実だった。

重荷を下ろした代償は、久志との親子の関わり。


寂しいなんて、俺に言う資格はない。 




久志に会えなくなって、1ヶ月が過ぎた。


会社では、普段と変わらないように仕事をすることができても、家に帰れば、俺のすべてを飲み込もうとする「孤独」という恐怖と戦わなくてはならなかった。


眠れない日が続いた。


いっそ徐々に蓄積されていくストレスにすべて浸って正気さえも手放すことができたら、どんなにか楽だろうとさえ思うときがある。


それでも、日々を生きなければならない。


沙耶香と久志を不安定な立場に追いやったのは他ならない俺だった。

好きだから結婚した。

そして、久志が産まれた。

自分の全てをかけて久志を守りたいと思った。

でも、俺には彼女たちを幸せにすることができなかった。

沙耶香からの離婚の話だったが、その話をさせたのは俺だった。


原因のすべては、俺にある。


「どうして」と何度考えても、物心がついたときから『自分は本当は違うところにいる』のではないかと思わないことがなかった。


いるべき場所に、いないという日常的な不安感。


なぜこう思うのかさえわかっていなかったが、いつも、何をしていても、確実に生活しているこの空間に、きっぱりと拒絶されている気がしてならなかった。


それは、俺が自分の出生を全く知らないことと関係があるのかもしれないし、あるいは、全く関係などないのかもしれない。


ただ、はっきりいえることは―


同じ時間を過ごした優しい人たちが常に側にいてくれたのに、自分が場違いな場所にいるという感覚から1度たりとも逃れることはできなかったという事実。


地に足が着いていない、この感覚を誰にも言えない恐怖。

言葉にすれば、それは、更に自分を苦しめてくるような気がして、結局、俺によくしてくれた養父母にも、親友にも、誰にも助けを口に出すことはできなかった。


紗耶香はそんな俺に根気よく添い続けてくれた。

恐怖で深夜に飛び起きることがあっても、

不安で夜中に寝ることができずにいたときも、

ただ黙って、寄り添ってくれていた。


でも、俺はそんな紗耶香にも結局本当のことは言えなかった。


言えばよかったのだろうか?


そうすれば、俺は、久志との日々を失わずに済んだのだろうか・・・・・。



久志と会えなくなって2ヶ月に入った。


今日は、8月15日、久志の13歳の誕生日だ。

沙耶香の携帯に祝いのメールを送ったが、ついに返信が来ることはなかった。


毎年8月12日~15日は俺の勤める会社は盆休みになるので、去年は丸々3日間、久志は俺のマンションに泊まっていったっけ。


(会いたいな・・・・・。あの、太陽のような笑顔でお父さんと呼ばれたい、それから、思いっきり頭をなでてやりたい・・・・・・)




久志と会えなくなって、3ヶ月が過ぎた。


退社後、どこかで飲んでから帰ろうかと思ったが、そういう気分にもなれなかった。


地下鉄で5駅ある帰路を歩いて帰ろうと思ったのは、地下に降りるのさえ面倒だったからだった。


しかし、ほとんど運動などしていなかった上に、ここ数ヶ月続いた寝不足を完全に嘗めていた。


4駅を過ぎると親友の尾辻の店の近くだ。

その辺りから、足が鉛の靴を履いているように重かった。


「・・・・・はぁ、はぁ、っくそ・・・・・・」


シャツの下には汗が滝のように流れていた。

残暑で昼間は殺人的な暑さだが、夕方は涼しい風が心地よくなった。

とはいえ、余計な体力を使うようなことをすれば、汗もがんがんに出ようというものだ。


あと1Kmも歩けばマンションに着くのだからまっすぐに帰ればよいのだが、ここまできても、まだ、家に帰る気にはなれなかった。


結果、尾辻の店に足が向いた。

最近は俺の体調を気遣う尾辻の心配げな顔を見るのが嫌で、ついつい足が遠のいていた。


「そろそろ行かないと、あいつの怒りの沸点が低くなる・・・・・・頃なはず・・・・・・」


正直、躊躇してはいるが、完全に怒った尾辻は扱いづらい。


3日は無理やり泊まらされ、規則正しい生活とやらを強制的にやらされる。 

夜は9時前にはベッドに追いやられ、朝5時にたたき起こされ、朝飯も作らされる。


半年前の苦い思い出に、足が思わず止まってしまった。


「はぁ、・・・・・・まぁ、もう、どうとでもなれ、かな・・・・・。」

覚悟を決めて、重さが4倍ほどになった足を再度動かした。


 しかし・・・・・・。


「え? ーーーっ!!」

目測では後3歩で尾辻の店の中だろうというその瞬間、身体が、奈落の底に飲まれるように、落ちていた・・・・・。


次回はきっと明るい、たぶん。

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