〜元通り〜
どうやら明日から2年生になるらしい。
あの日、適当に言い放った言葉を間に受けたクラスの子からメールが来てそれを知った。
メールが来ることは正直嬉しいが、学校に行くとなると話は別である。
母親もそれを聞いているのか、「明日行くの?」と嬉しさを隠せていない声で話し掛けてくるのにもイラッとした。
でも心機一転、行ってみるのもいいんじゃないかと思い、行くことにした。
次の日、久しぶりに母親に起こされた。
行くことにしたとは言え、張り切っていたり、行くのが楽しみな訳ではない。むしろ嫌な気分だ。
久しぶりに自転車に跨った。
久しぶりにペダルを漕いだ。すごく重たかった。100mくらい進んだ時点で既に疲れて息を切らしていた。数ヶ月外に出ないとこんなにも衰えるものなのかと感じた。もちろん外出しないことで太ったというのもあるが。
ちょいちょい休みながら、ゆっくりと、時間を掛けて学校に行った。数学の先生が僕に気付き、とりあえず1年の時の教室に入るように言われた。
教室に入ると2人、仲良くもなければ話したこともない、お互い名前だけ知っている女の子2人が先にいた。
僕はそのまま自分の席に顔を埋め、ひたすらに時間が過ぎるのを待った。教室にクラスメイトが入ってくるのが分かる。恐らく僕の話をしているのが聞こえる。寝ている?話し掛けていいのか?そんなことを言ってるんだと思う。
何人か話し掛けてきた子もいたが、顔を上げるのが怖くて寝てる振りをした。それしか出来なかった。こちらが何も話さなければ自然と立ち去ってくれる。だがこれは失敗だ。
時間が経って、ホームルームの時間になった。顔を上げられない、上げるのが怖い。上げたら皆、少なくとも僕の周囲は気づく。どうしていいか分からずにいると、先生が起こしてくれた。
正直ありがたかった。
始業式が終わり、新しいクラスと担任が発表され、皆がワイワイ言う中、僕はさっさと自分のクラスと出席番号だけ確認し、教室に向かった。
そしてさっきと同じように机に顔を置いた。
心機一転、と思ったが、何も出来ない。やはり学校に来るべきでは無かったのかな。考えれば考える程嫌になる。
続々と入ってくる新しいクラスメイト。
同じ野球部だった奴が話し掛けてきたが、小さく返事をしただけ。
さっきのことを学習し、新しい担任が入ってきたと同時に顔を上げ、話を聞くような振りをした。
新しい担任はおばちゃんとは言い難いが、30半ばくらいの女性で、どちらかと言えば、元気の良い、熱血教師だ。
今の僕にはウザくて仕方のない、
たまらなく嫌な人だった。
担任は大きい短冊のような紙を配り、自分の1年のモットーを書くように言ってきた。
何も書く事はないが、白紙で出すのは気が引けた。何を書こうか。
家にいる時、何かの雑誌の付録かは分からないが、現在メジャーリーガーの上原浩史(当時は読売ジャイアンツ)の自伝のようなマンガを読んだのを思い出し、上原が巨人に入団する時に「雑草魂で頑張ります」と言っていたのを思い出し、それをモットーに書くことにした。特に上原には思い入れも無かったが。
次の日から早速授業が始まり、理解出来る訳もないが、何となく聞く。たまに話し掛けてくれる子はいるが、皆どこかぎこちない。
早くも息苦しさを感じ始めた。
そんな生活がしばらく続いた。
一週間、2年生になって一週間が経った。
学校に行くのはまだ慣れない。
学校に自転車を停め、学校の中に入ろうとしたら、声を掛けてきた人物がいた。
先輩だ。
僕が学校に行かなくなった原因。
普段は気さくな、おちゃらけた先輩だが、感情の起伏が激しく、目をつけられていた僕は彼の感情の捌け口となっていたのだ。
久しぶりやな
そう言われ、野球部特有のウッスというような口から空気が抜けたような言葉にもならないものしか出なかった。
野球部辞めたんか?と聞かれた。
学校には行き始めたが部活には行ってなかった。入部届けはあっても退部届けは無く、幽霊部員扱いになっていたと思う。
だから僕も顧問も他の部員も実質辞めたものだと思っていた。
何となく先輩の圧に押されて何も言えずにいると、何で先輩に挨拶せんの?と続けてきた。
部活にも行ってない、何なら辞めたつもりでいたのに挨拶をする理由が無かった。ましてや避けたい人だ。
しばらく沈黙が続いた。
お前みたいなもんが学校来とんなよ!!
先輩は一喝して学校の中に入っていった。
僕はその瞬間、何か全てのことがどうでもよくなった。先輩の一言が傷ついた訳ではない、その時による一時の感情でもない。
前々から感じていた面白くない生活が続いていることにジェンガが上に乗せられた瞬間の衝撃でグラグラしていたものが一気に崩れたようだった。
僕は学校の中に入らず、もう一度自転車に跨り家に帰った。
そしてもう学校に行かないことに決めた。
その日の夜、母親に連絡がいったのか、
今日学校行ったの?と聞いてきたが答えなかった。
次の日、いつものように起こしにきたが、
答えなかった。
また元通りか。