お星様にお願いして願いが叶うなら、
ムーン掲載している悪役令嬢転生モノの短編バージョン。
今の所、主人公が不憫で救いが見えません。
あらかじめご了承ください。
「なんで、なんでなんでぇ⁉︎」
悲鳴のような絶叫が蒼天の空に響き渡った。
至近距離から発せられた甲高い推定ヒロインの声に、耳をふさぐことも許されず、泣きたくなる。
そんなの、私が聞きたい。
「何で、紹介してくれてもいいでしょ⁈何でダメなの⁉︎あ、わかった!パラが足りない?じゃあ、ユラニュス様かヴェニュス様は?ダメ⁇じゃあ、じゃあ、テール君!ねぇ、テール君ならいいでしょ?」
彼女の言葉に、私だけでなく、御茶会の席にいる全員が唖然としていた。
彼女が何を言っているのか、さっぱり意味が分からない。
「どうされました⁉︎」
「何かございましたか⁉︎」
ガシャガシャと喧しい金属音を立てて、近衛達が駆け付けてきた。
彼らの慌てた様子を見て、無理もないと逆に冷静になれた。
「…いいえ。何でもないわ」
私の言葉に、近衛達は訝る視線を隠しもしないで周囲を見回し、件のご令嬢に目を向けた。
まぁ、そうだよね。
あれだけ大きな声を出すなんて、貴族の令嬢にとって一大事でしかないはずだから。
まして、王太子妃の御茶会の席であんな声が上がれば何事かと飛んでこないほうが問題である。
視線だけで、「摘み出しますか?」と問う近衛衛士や侍女達の案を保留にして、まだ何事かブツブツ呟いているご令嬢に向き合う。
「…どうして、私の紹介をご希望なさるのですか?」
まずは、ここから。
ゲームでは女性のデビュタント前に内々で開かれる王太子妃の御茶会で積極的に話しかけ気に入られれば、優先して攻略キャラに紹介され、更に王太子妃のサポートまで受けられる。
だが、ちょっと考えて欲しい。
歴然とした身分差のあるこの世界で、爵位や年齢、社交界での地位など、様々な事情によって刻一刻と変わる序列を弁えない行為ーー例えば、紹介も無いのに目下の者が目上の方に話しかけるなどーーを行えば、社交界から爪弾きされてしまう。
デビュタントを控えたご令嬢達が、極度の緊張によりやらかしてしまい、いきなり社交界の悪しき洗礼を受けて潰れてしまわないようにと開かれたのが、この御茶会の主旨だ。
それなのに、ドレスの質や立ち居振る舞いから明らかに上級貴族のご令嬢に気安く話しかけるなんて、立場を弁え無い行いがトップの座にいる王太子妃の気にいる行為であるはずが無い。
だからこそ、私は弁えない行為を止めさせるべく声をかけたのに、返ってきた彼女の反応は嬉々として王太子妃に王太子を紹介しろという戯言だった。
そんな気狂いじみた要求を当たり前の様に断れば、冒頭の様な奇声を発する彼女。
理解出来ない。
「どうして?だって、王太子妃サマは彼らとお知り合いなのでしょう?だったら、ちょっと紹介するくらい良いじゃない」
この言葉を聞いて、私は思った。
ヤベェ、こいつ電波だ。
とてもじゃないが、王太子妃に訊く口ではない。
むしろ何で紹介して貰えると思った。
押し留めた近衛衛士や侍女達だけでなく、参加しているご令嬢方の顔がヤバイ。
「この✖️✖️✖️、どうすり潰してヤろうか?」っていう顔してる。
繊細な方は気絶して運ばれていってしまわれた。
かわいそうに。
私は、電波と判明してしまった令嬢との会話を早々に諦めた。
件のご令嬢に微笑みかける。
「…そう言えば、お名前もお伺いして居りませんでしたわね」
「あ!そうだね!あたしはコメット。コメット・メテオリットよ」
…うん。
普通の貴族のような挨拶は期待してなかったが、予想の斜め上を行くね。
流石、電波だ。
「メテオリット男爵家のコメットさんですね。私は、クレール・デュ・リュヌ・エトワールですわ」
わざわざフルネーム答えてやった。
万が一にも私が王太子妃だって知らないかも知れないからね。
名乗ったからには、知らなかったは通用しないぞ?
だが、彼のご令嬢は強かった。
「え?エトワール?グラン・シャリオじゃなくて?」
ヤベェ。電波のSAN値ががとどまるところを知らない。
何なんだろう、この娘。
もしかして、今日はヘイト稼ぎに来たのかな?
王太子妃だと正式に名乗った上で、これ。
スゲェ、心臓強ェ。
ちなみに、私の実家はシャリオ公爵家だ。貴族最高位の。
男爵は継承できる貴族位の最下位。下位には継承出来ない騎士爵と準男爵しかない。
そして、グランは侯爵以上の貴族が王家に個人としての功績を認められて初めて名乗ることができる名誉な称号だ。
今現在その名乗りを許された貴族はいない。
つまり、何が言いたいかというと、私は王家に嫁いでいない時点でさえ、コメット嬢なんて足元にも及ばない地位にあるということだ。
だがまぁ、これで終わったな、メテオリット男爵。
いい意味でも悪い意味でも目立つ所のない男爵家だったが、こんな電波を社交界に出そうとしたなんて凄い勇気だ。
脳内会議が踊って仕方ない。
うっかり軽くお知り合いになりたくなったらどうしてくれる。
ちらっと視線を移すと、心得た侍女達が令嬢をさり気なく囲い込んだ。
気付いた他のご令嬢方も侍女や近衛衛士の邪魔をしないように控えてくれる。
いやあ、若い娘でもきちんと教育を受けてる娘は察しが良くて助かるね。
「…コメットさん、貴女のお話を聞きたいという殿方がいらっしゃいますので、よろしければ奥でゆっくりされてはいかがでしょう?」
「え?」
「こちらへどうぞ」
途惑う様子のコメット嬢に、近衛衛士でもイケメンが先を促す。
わかってるね!君たち。
コメット嬢はイケメン近衛衛士のエスコートに頬を上気させた。
「で、でも…」
そのくせ渋るのはあれか?
粘ればもっとスペックの高いのが来るんじゃないかと思ってるのか?
仕方ない。
私は声を低めて、内証話でもするかのようにコメット嬢に囁く。
「…実を言えば、この中庭は城内からよく見えるのですが、この城の奥に住まわれる方が、是非貴女とお話したいとおっしゃって…」
これだけ注目を集めた中での内証話に何の意味がないのは明白だが、コメット嬢は気づかない。
私の言葉を自分の都合のいいように解釈し、目を輝かせた。
多分、王太子やその周囲くらいの立場の方からのお誘いだと彼女は思っているだろう。
私も嘘はついてない。
先ほどちらっと見えた渡り廊下から騎士団長が合図していた。
地位的には彼女が狙う方々より今のところ上のはずだし。
近衛衛士団長とか、内務部副相とか…おっさんとおじいちゃんだけど。
お話の内容は保障出来かねるけど。
***
意気揚々とガーデンパーティーを摘み出されたコメット嬢の背中を見送り、ガーデンパーティーはその後恙無く終了した。
いやぁ、キャラ濃かったな。
私は後宮に充てがわれた自室で、溜息を吐いた。
十中八九転生ヒロインだが、頭悪すぎ。
ああ。あの後、メテオリット男爵からは正式に懇切丁寧な謝罪文が送られてきた。
男爵は普通の貴族だったようで、責任を取って自分達の首や爵位返上も辞さない覚悟だとか。
爵位返上はともかく、首はもらっても困るので(怖いし)、是非生きて国のために尽くしてくださいと返信しておいた。
正式な処分の通達は後日改めて成されるだろうが、爵位返上は免れないだろうし。
その内何処かの誰かが潰すだろう。
わざわざ私が出張る必要ないな。
あ、電波改めヒロイン嬢(笑)は素敵なおじさま達とのお話で見事スパイ容疑をかけられたよ☆やったね。
ちょっと突いただけで、乙女ゲームの内容ゲロッたんだって。
んで、「個人情報(しかも周囲に知られてない)に詳しいなんてあやしい!」から始まり、魅了の加護持ちだという事が判明。
ハニトラか‼︎と。
ヒロインおわたよ\(^o^)/
さて、こうして語ってる私はと言えば、…わかるでしょう。
悪役令嬢転生してしまった元喪女ですが何か。
原作始まったと思ったら終わってしまった。
私何もしてないのに。
原作崩壊させてやるぜ!とか、バッドエンド回避しようと頑張ってたら逆ハー築いてたとか、そんなんじゃない。
私の役所的にあぼんもプギャーも、死亡フラグもなかったし、概ねココまで波乱なく原作設定通りだった。
イレギュラーは、ヒロインが電波だっただけだ。
電波は愚かにも、ファンブックで明かされた絶対王妃になれる“星の加護”を得る方法までゲロッたらしい。
数日以内に死亡フラグしかない。
拷問のすえ、獄中死だろうか。
それを憐れと思えない私は多分、もう壊れてる。
見上げれば、満天の星空が窓の外に広がる世界。
流れた星に、もはや惰性になりつつもやめられない願いをつぶやく。
「帰りたい帰りたい帰りたい」
目を開けた時には、もう流れた星がどこだったかさえわからなくなっていた。
どデカイ死亡フラグを立てた電波嬢は、あの懐かしい世界に帰れるのだろうか?
クレール・シャリオとして生まれ落ちて13年。
最初はこの世界に馴染もうと努力した。
具体的には、この世界の基盤となる両親に愛されようと。
でも、無理だった。
両親は愛を知らない人たちだった。
だったら、と矛先を向けた兄は、私が王太子妃になるのが確定していたから、表面的な愛を与えてくれた。
本当には愛してくれないとわかっていたが、もうその頃にはそれでいいから愛されたかった。
兄の友人である宰相の息子はそれで良いのかと問うて来たが、愛し愛される(前世的には)普通の家族の彼に言われても、羨ましさと妬ましさしか湧き上がらなかった。
三年前政略結婚した王太子はまだ月に数える程しか会ったことがない。
使用人は節度を持ったと言えば聞こえは良いが、壁を作ってこちら側に入って来ない。
誰でもいいから愛されたかった。
それができないなら、元の世界に帰して欲しかった。
それも無理なら……………。
願いはまだ叶わない。
連載中のはいつになったらココまでいけるかなあ?