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なにもなかったように過ぎていく

作者: 守徳

「ボクらと同じ卒業生であった高橋憲一くんが卒業を前にして自殺してしまいました」

 高校の卒業式で斉藤一は式典の途中で、つかつかと演壇に出て行ってマイクの前に立って、そう切り出してしまった。

 事前に計画を立てていたわけでもないし、またなぜ自分がそんな行動をとったのかも斉藤自身もわからなかった。

「ボクは自殺の原因がいじめであることを知っていたのに、恐ろしくて言い出せなかったのが悔しくて、あいつに悪いことをしたなあと思っています。高橋が死んでボクらは卒業していきます。何もなかったかのように。でも許せない。ボクも学校を卒業して行きますが、校長先生も辞任してもらいたいと思います。そのことを拍手で承認してほしいのです」

 虚をつかれた卒業生、在校生そして教員、校長、父兄までなぜだか誰も阻止することもできず、促されるように拍手してしまった。

 司会進行の教員も「それでは次に卒業証書の授与を行います」と述べると何もなかったように式を進行させてしまった。

 校長が式典のあと斉藤を呼び出していた。

「先生も高橋君のことは気にしていたが、彼もあとすこしだったのに残念だった」

「先生もご存知だったのでしょう」

「まあ、薄々は知っていたけれど確証はなかったし……」

「担任の先生も同級生もみんな知っていました。ボクも知っていたのになにも言い出せなかった」

「斉藤、お前だけがわるいんじゃないさ」

 校長はそれだけ言うと叱責するわけでもなく離れていった。

 来賓として参加した教育委員会の幹部は校長に尋ねている。

「今日、あの生徒が発言していたことは本当なんですかね。校長から自殺の報告はあったけれど、いじめについては何の報告もなかったと思うが」

「高橋という生徒はポリエチレンの袋をかぶって自殺しました。担任とも話し合いましたが確証を得ることができなかったので報告しておりません」

「もし隠したということになると問題になるよ」

「隠すも何も誰の証言もなかったし、ご両親からの訴えもありませんから、どうしようもありませんでした」

「まあ、いずれにしてもあの生徒も卒業してしまっているのだし、もう責任の範囲外だけれどマスコミが嗅ぎ付けたらやっかいだよ。ところで、なぜあの生徒の発言を止めなかったのかな」

「我々は『君が代』斉唱の時の教員の唇の動きに注目していたので、斉唱が終わってホッとしているところを突かれたのです」

「虚をつかれたようなものだったね。でも拍手で承認と言ったって、別にキミの人事を決めるような場ではないし、校長先生、気にしなくいいけど、一応教育委員会には伝えておくよ」


 何ヶ月が過ぎ斉藤一が大学生として生活を始めたころ、校長と担任が転任していったとの噂を聞いた。事件そのものは問題化されることもなかった。深山幽谷の苔生す岩のようになにも変わることは無かった。

 ほぼ一年が過ぎたころ高橋の一周忌に呼ばれて、気がすすまなかったが、すこしだけならと顔をだした。

その時、線香をあげていて、高橋が「僕のことを話してくれてありがとう」といっている声を聞いたように思った。ぞっとした斉藤一はすぐにその場を立って帰宅したが、落ち着かなかった。本当は誰がいじめたのかはよく知らなかった。見て見ぬ振りをした全員だったのかもしれない。

 何年かして斉藤一が暴発した。ガソリンをかぶって焼身自殺をとげたのだ。何ともいえぬ憤怒が渦巻いていた。

 高橋の後を追ったという噂も立ったが、それもすぐに消えた。


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