ログホラ二次
《大災害》
大人気MMORPG「エルダーテイル」
その大型アップデート「ノウアスフィアの開墾」が発表され、全世界の「冒険者」は浮き足立っていた。レベルキャップの解放、新ダンジョン、新モンスター、新アイテム。前回のアップデートから実に3年が経過し、新規参加者はもちろんのこと、長く離れていたプレイヤーでさえ解禁日を待ち侘びていた。
…彼女も、その一人。
この大型アップデートに備え、さらに経験値や金貨を稼ぎたい。だが実生活を疎かにしては本末転倒だ。サークルを時間通り切り上げ帰宅し、家事手伝いを卒なくこなす。やることをしっかりやり、親から文句を言われない体制をつくる。この「エルダーテイル」を始めてから決めたルールに従って準備をこなし、IDとパスワードを入力。
「今日も、頑張るか!」
ヘッドホンを耳に当てた。
「おう、弟子一号!アレ、見たか?」
「篝火ですってば、師匠! …もちろん見ましたよ、『ノウアスフィアの開墾』」
彼女は篝火。エルフの吟遊詩人、女性。サブ職業は配達屋。白髪赤目で女性PCとしては細く高い。彼女は「エルダーテイル」を始めて3年ほどの、そこそこの冒険者だ。
「ハッ!だろうな!今から血が騒ぐぜ…」
師匠と呼ばれた彼はスサノヲ。狼牙族の吟遊詩人である。茶髪を鉢巻でまとめ、凶暴なつり目で篝火と向かい合っている。
ここはアキバの町の一角。システムの限界に挑み、崖の窪みに建てたコテージで2人は顔を合わせていた。スサノヲが建てたこのコテージからはアキバの町が一望できる反面、崖から滑り落ちることがあるため中々人は訪れてこない。長いハシゴを昇り降りするのは骨が折れるが、静かな場所となっているため住人には好評だ。
「また師匠はそうやって、ひとりでダンジョン潜っちゃうんでしょ?心配するこっちの身にもなれってもんですよ…」
「ハハハッ!悔しかったら着いて来れるようになれってんだ!」
小馬鹿にするように鼻で笑うスサノヲのはそれで?と話を切り出す。
「何か面白い情報、入ってるのか?」
そう問われた篝火は黙って首を振っている。アップデートの日時が発表されただけで、調べる前にログインしている彼女は何も情報を集めていなかった。
「そういう師匠は新情報あるんです?」
「アホが。それを集めるのが弟子の仕事だろうが」
ぺしん、と軽く篝火の頭をはたく。
「あいた…。横暴だっての全く…。年下のくせに…」
そうボソボソと悪態をついた。篝火は調理スペースへ移動し、メニューから選択し作成した黒薔薇茶を2つテーブルに置いた。
スサノヲはリアルでは高校生であるらしい。互いに直接の面識はないが、彼がそう明かしたのだから間違いないだろう。同じ様に篝火も少しだけ明かしている。この2人には年齢での上下関係などなかったが、こうした情報を共有するのも信頼の証なのかもしれない。この3年にもなる師弟関係が相棒に変化するほどには。
ポツポツと今後の予定を話していたところ、不意に玄関のベルが鳴らされた。
「おはようございます、皆様方。ご機嫌麗しゅう…」
そう言って、金髪の少女がドアを開けて入ってきた。篝火の肩までしかない背の高さで碧眼。フリルの多いドレスの端を摘みあげ、優雅に彼女はお辞儀をした。まるで貴族の令嬢のような気品さを見せる彼女は「夕顔」。篝火、スサノヲの同居人である彼女は挨拶を終えると同時にフローリングに身体を投げ出した。
「あぁ…。私は一体いつ迄こんな口調を続けなくてはなりませんの…」
「おうお疲れ、弟子2号。自業自得だろうが」
「お帰り、夕顔。言ったでしょ?続かないって」
そうした遠慮の無い声に夕顔は勢い良く顔をあげた。
「いちいち辛辣ですわね、あなた方は!ワタクシは完璧なレディに、なるんですnゴッフォゴッフ‼︎」
勢い良く話すぎて咳き込んでしまった夕顔に、篝火は形だけでも黒薔薇茶を渡した。ヘッドセットの向こうからは傍らに置いてある飲み物を飲んでいる音がわずかに聞こえる。
「ハッ!似非貴族が調子に乗るなって話だアホ。RPも良いがそこでバテてどーするんだよ」
「似非ではありませんわよ!?ワタクシの家は代々家業を継ぎ、父の代で15代目になる…」
「いやだから田舎の米農家だろ?確かにデカイが貴族か…?」
「だから!違い!ますの!」
夕顔は激しく床を叩きスサノヲに反論している。夕顔はどこか大きな土地をもつ、裕福な家の子だと聞いている。お嬢様とは程遠いが、声から推測する年齢よりは常識やマナーはしっかりしている。
「まぁまぁ…。普段通りでも十分レディじゃない。そんなに背伸びする必要もないんじゃない?」
「それじゃいけませんわ!じゃないと姫様はワタクシに振り向いてくれませんもの!」
篝火の慰めに、さらに床を叩く強さがあがった。終いには三角座りになって顔を伏せてしまっている。
「良い加減現実見ろっての、弟子2号よ。《剣戦姫》は召喚モンスターで、コミュニケーションは出来ませんって言ってるだろ?」
「いいえそんなことありませんわだってあの時優しくほほえみかけてくれてあなたとともに戦おうって何それ告白ですの?一生添い遂げる?合体したいもう何でもありです、バッチこい!ですわ!」
夕顔ら何かブツブツ呟いていたかと思えば急に立ち上がり、点高く拳を振り上げ今にも蕩けそうな表情を浮かべている。その場にいた2人は「またか」と呆れ顔で窓の外を眺めていることしかできなかった。
夕顔はハーフアルヴの召喚術士である。精霊ウンディーネを得意とした、高レベルのエレメンタラーであり、剣戦姫を使いこなす戦い方をする。他にもセイレーンやバンシーといった女性型の召喚獣を多く使役し、今となってはあちこちのパーティーから声がかけられる凄腕のアタッカーである。
「あぁ、姫様姫様…♥︎早くお会いしたいですわ…♥︎」
しかし《ソードプリンセス》に執心する性格のため、呼ばれる人を選んでしまう。変わり者としてプレイヤーの間で有名になるのは、それも理由であった。
「全く…騒々しい…。キンキン五月蝿くて作業できないじゃないか…」
ノソノソと細身の男性が部屋に上がってきた。ヒューマンの付与術師で黒髪黒目の日本人顔の宿木も、ここの同居人である。
「おう弟子3号。2号がご立腹でうるせーんだこれが」
「あなたの!せい!でしょうが!」
「2人ともうるさいわ!どっちが原因とかどうでも良いんですよ!かがりさん、何とかしてくださいよ…」
「……。うん?」
「…何ですか今の間は。とにかく、今作業中なのでお静かにお願いします」
そう言い残して、宿木は部屋を後にした。彼はエルダーテイルの攻略wikiの、主にダンジョンに関する調査を行っている。出現エネミーはもちろん、罠の数や種類、アイテムやイベントポイントなどを事細かにレビューし、更新を行うプレイヤーだと言う。彼とも面識はないが、街から離れた立地、物静かな雰囲気を気に入り、ここの部屋を貸している。
「アイツもピリピリしてんなー。アップデートの情報集めか?」
「かもですね。また落ち着いたら彼にも聞いてみますか」
「もう少しばかりあの方も愛想良くすれば宜しいのに…。ところでかがり、デイリーの時間はよろしくて?」
そう夕顔から声をかけられ、慌てて篝火はゲーム内時計を確認した。
「あ!あと10分で始まっちゃう!じゃあまた後でね!」
そう言い残して篝火は、配達のデイリークエストを受注するため走っていった。
「さて2号よ、今日はオレ様のサポート役にしてやろう。喜べ!」
「だから90レベルを2人では無理ですわーー!!」
そんな絶叫を聞きつつ……。
初期メンバーの簡単な紹介回
大災害前の日常
口調の確認
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