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第九話

「よ!」

 肩を(つか)まれて、リュートは振り返った。

 相手の顔を見て眉根を寄せる。

「まさかと思うが、俺に用がある公安巡査……」

「あ、それオレ。」キャデムは脱いだ制帽をパタパタ振る。

 事務処理を終え、(みやこ)を迎えに行こうとしていたところだった。小走りに寄って来た事務官に来客のあることを告げられ、面会場所に来てみれば、待ち構えていたのは幼馴染。

 まったく、とリュートは息を吐き出す。

「わざわざこんなところまで何の用だ?俺は約束が……」

「ミヤコを迎えに行くんだろ?場所の変更。神舎(しんしゃ)に迎えに来てくれって。」

「神舎?聖堂(せいどう)にいたはずだぞ。それになんでお前が彼女を知ってる?」

「こないだ帰省したときに会った。銀竜(ぎんりゅう)と一緒にうちの店に来たんだ。聞いてないか?」

「そういえば言ってたか。けど話の流れが見えない。」

 キャデムは辺りををきょろきょろ見回す。

「おい、人の話聞いてるのか?キャデム?」

 キャデムはリュートの肩に腕を回すと、強引に部屋の隅に彼を引っ張っていく。

 少し低いキャデムに肩を押さえられると、自然に内緒(ないしょ)話の姿勢になる。   

「彼女には、オレが言ったって言うなよ。」

「何を?」

「ミヤコとセルン橋のとこで会ったんだよ。どうも聖堂で嫌な事があって、飛び出してきたらしい。」

「嫌なこと?」

「誰かに何か言われたんだと。それでひどく気落ちしてたから気分転換に神舎に連れてったら、なんと!司教さまと知り合いだっていうじゃないか!」

「じゃあ、都はマーギス司教と一緒にいるんだな?」

「お前も知ってるのか?」

「仕事上の付き合いだ。それより都は誰に何を言われたんだ?」

「そこまでは……」

「ユーリ・ネッサ・ケイリーよ。」

 背後から声。

 振り返ると、クラウディアが腕組みをして立っていた。

「詳しくはわからないけど、ユーリ・ネッサがミヤコになにやらご忠告したみたい。」

「ユーリ・ネッサ、って……あれか!」キャデムがポンと手を打つ。

「昔リュートが振られた。でも……なんで?」

「あたしが知るわけないでしょ。たまたまミヤコが飛び出してくのに居合わせたの。そうしたら彼女が言ったの。一族としての心構えを持って欲しいとお願いしただけよ、って。自分で言ったんだから確かでしょ。」文句の二、三も言いたそうな口ぶりだった。

「それよりミヤコ、少しは落ち着いた?」

「塔の上から景色見て、気分転換したと思う。今はマーギス司教と会ってるんで、オレが知らせに来たんだ。」

「手間かけたわね。」

「いいってこと。それにお袋の話聞いてもピンと来なかったが、オレは確信したぜ!あれ以上、リュートに合う相手はいない!」

「キャデムもそう思う?」

「聞いた話だと、ケィンもイーサも気に入ってるんだろ?」

「そりゃあ、もう。」クラウディアは大きく頷く。

「だったら絶対、離すんじゃねぇぞ!」

「言われなくてもそうする。というか……」リュートは軽く額を押さえる。

「なんで、俺抜きで話が進むんだ?」

「そりゃ、お前がまだるっこしいからだろ。」

 クラウディアの後ろから聞き覚えのある声。

 あのな、とリュートは顔を上げた。

「お前まで首突っ込む気か?」

 まさか、とダールは(てのひら)を立てる。

「ただの通りすがりだ。気にするな……っと、やっぱりキャデムか。」

「オーディ、久しぶりだな!」

「公安の制服が見えたんでひょっとして、と思ったんだ。」

 ダールは挨拶代わりにキャデムが突き出した(こぶし)に、自分の拳を当てる。

 リュートは天井を(あお)ぐ。

「俺の周りはいつからお節介が増えたんだ?」

 んー、とクラウディアが思案する。

「お節介、っていうよりミヤコが心配なのよね。」

「大体ラグレス、お前彼女に花とか贈ってねぇだろ。ミヤコを(つな)ぎとめる努力してるのか?」

「お前に言われたくない。」

(おこた)ってたら愛想着かされるぞ。」

「互いの意思確認はしてる。」

「それに契約の儀の時期も決めてねぇだろ。」

「それは……これから決める。」

「ミヤコの意見待ってたら、あっという間に老けちまうぞ。時には強引なくらいだっていい……っと強引な結果がこれだったな。」

「そうなのか?」

「安心しろ。お前が考えてるような意味じゃない。」

 目を丸くするキャデムに、リュートはため息混じりに言う。

「むしろ成り行きというべきかしらね。でも今となっては、リュートとフェスの相手ができるのはミヤコしか考えられないもの。」

「俺とフェスでひとくくりか。」

「そりゃそうだろ。それにクラウディアの言うとおり、あんな風に銀竜と一緒にいられる子はそういないぜ。」

 ダールの言葉にキャデムも「うんうん」と頷く。

「だから、なんでキャデムまで同意するんだ?」

「オレだって銀竜には思い入れがある。」

「キャデムも子供の頃からフェスと一緒に遊んでるものね。」

「そのおかげで、こっち(ガッセンディーア)に来て自分が普通じゃないって思い知ったからな。他の連中は銀竜なんざ見たことも触ったこともないから、銀竜がらみで出動要請があってもマトモに対処できない。それに、ダチが竜隊にいるってだけで驚かれる。」

「それは……遊び相手の少ない田舎のなせる業だな。」

「おかげで未だに思い出したように連絡がくる。」

「仕方ないだろ!お前の実家以外、銀竜を保護してくれるとこなんて見当もつかない。」

 うん?とダールが首をかしげる。

「保護って何だ?」

「公安が保護した銀竜を、リュートに預かってもらってるんだ。」

「保護するほどの銀竜なんてガッセンディーアにいるのか?」

「どっかで捕まえて連れてきたのが逃げ出した、ってのがほとんど。」

「捕まえるって何のために?」

「珍しい生き物を欲しがる奴もいるだろう。」

「そんないい加減な。」ダールは呆れる。

「いい加減な奴が多いんだよ。挙句(あげく)に銀竜を狭いところに閉じ込めて……それで逃げ出した銀竜は、たいてい(おび)えちまって手に負えない。逃げられたほうも引っかかれて怪我するのが大半だから、そりゃあもう腹を立てる。けど正直、そいつに同情するより銀竜が気の毒になることが多い。それにオレは、リュートの親父さんからいろんなこと教わってるクチだ。銀竜は所有するもんじゃない、共にいるべき存在だって説明できるが、結局、理解する奴は少ない。ただ自分が引っかかれて怪我して、所有することは無理だと(あきら)める。そうなったら……」

「こっちに連絡が来る。」と、リュート。

「だから温室の銀竜が時々増えるのね。」クラウディアが納得する。

「体力が落ちてるのがほとんどだから、しばらく休ませて山に(かえ)してる。」

「そういう芸当、オレにはできないからな。」

「保護するのだって、じゅうぶん偉いと思うわ。」

「んなこたねぇよ。公安が絡むのはほんの一部だ。全部に立ち会って、それでリュートに託せるわけじゃない。」

 一瞬曇ったキャデムの表情に、リュートも気付いた。

「何かあったのか?」

「少し前にちょっと、な。」

「ラグレスの家に連絡は来てない、な。」

「そりゃ生きてる銀竜だったら即刻お前に連絡するさ。けど、あのときは……」

「言いにくいことか?」

「いんや。別に緘口令(かんこうれい)が敷かれてる事件でもねぇし……他の連中にゃそれほど衝撃はなかっただろうから……」

 そう言ってキャデムは少し前の出来事を話し始めた。

 それは、連合国内で禁止されている薬物の取引現場を押さえる仕事だった。さる筋から入手した情報を元に公安が包囲を固め、キャデムはもその応援として現場に行ったのだと言う。

 だが結果として現場は押さえられなかった。

 動きのないことに(しび)れを切らして踏み込んでみると、そこにあったのはすでにこと切れた密輸の首謀者。どうやら直前になって仲間割れがあったらしく、首謀者を裏切った男はそのときすでに連合国を出奔(しゅっぽん)した後だった。

「よその国が絡むとなれば、オレたち州都の公安の扱う事件じゃなくなっちまう。」

 そもそもキャデムは応援として呼ばれただけなので、その後の進捗状況はわからない、と言う。

「ただ、その現場に他の窃盗事件で盗まれたものと一緒に、銀竜の死体があったんだ。」

「銀竜は人の目が届くところでは死なないはずだ。」

「ああ。竜と同じ、死に際が近くなると人目につかないところでひっそりと一生を終える。お前の親父さんがよく話してくれた。」

「つまり誰かが殺した……ということか?」

「恐らく。しかも二匹とも……その……瞳をくり抜かれてた。」

 ダールとクラウディアも顔を見合わせる。

 確かに銀竜に思い入れがなければ聞き流しそうだが、それでもかなり奇異な状況である。

「その死体、どうしたんだ?」唸るようにダールが尋ねる。

「念のため医者が検分して、その後はオレが引き取って神舎の墓地に埋めた。っと、ちゃんと許可はもらったぜ!」

「誰かの銀竜じゃなかったの?」と、クラウディア。

「オレもそう思って調べたが、盗難届けも不明届けも出てなかった。」

「今までも、そういう事件あったの?」

 キャデムは首を左右に振る。

「最近じゃ銀竜絡みの話はまっすぐオレに来るから……でもそんなのは聞いてない。先輩にも聞いたが、少なくともここ十年にそんな現場はなかったと言ってる。あれば休憩時間の話題になるはずだとさ。」

「なんだか穏やかじゃないわね。」クラウディアは両腕で自分の身体を抱えた。

「まー、上の連中はその逃げた男が扱いに困って殺したんだろう、と言ってるが……」

「お前はそう思ってないのか?」

「現場見ちまってるからな。」肩を竦める。

「銀竜をあんな風にするって……何の意味があるんだろうって。さすがに時間が経っても……」そこまで言ってキャデムは「あっ!」と声を上げた。

「やっべ!リュート、時間!」

 言われてリュートは懐中時計を引っ張り出す。 

「確かにこれ以上遅くなるほうが問題だ!フェス!」リュートは銀竜を呼びながら部屋の入り口に向かった。

「オレも仕事に戻る!」慌ててキャデムが追いかける。

「んじゃ、オーディもクラウディアもまたな!リュート!待てよ!」

 飛び出していくキャデムの後姿に、クラウディアが目を丸くする。

「騒々しいんだか元気なんだか……」

「相変わらず、ってところか。」

 そうね、とクラウディアは微笑んだ。

この年の瀬にアクセスいただき、ありがとうございます。

ちょうど今回のストーリーも3分の1のところでございます。

引き続き、来年もよろしくお願いいたします。

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