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第七話

「なんで?なんでわたしがあんな風に言われなきゃならないの?わたしだっていい加減な気持ちでいるわけじゃない!リュートが飛べないでいることだって知ってる!わざわざ言われなくたって、ちゃんとわかってる!」吐き出すように呟きながら、都はひたすら早足で前に進む。

 彼女を見つけて追いかけてきたコギンが、「どうしたの?」というように彼女の顔を覗きながらパタパタ並んで飛ぶ。けれど都はそれすら気付かず……否、きゅうきゅうと鳴くコギンに、

「ちょっと黙ってて!」と言い放った。

 その命令に従ってコギンはすうっと空高く舞い上がる。

「大体なんなの?いきなり声かけてきて……あの人……」

 思い出すと同時に歩みが遅くなる。

 ユーリ・ネッサ・ケイリーと名乗っていた。リュートと同じくらいの歳だろうか。それに、

「綺麗な人だった……」

 呟いて、その場に立ち止まる。

 (かたわ)らに欄干(らんかん)があることに気付いて、ほとんど無意識に手をかけた。

 目を向けると、欄干の下には穏やかな流れの川面(かわも)

 不意に目の前が(にじ)んで慌てる。

 ぐすっと鼻をすすると、溢れそうになるものを(てのひら)で拭った。

 わかってる。

 自分が未熟なことも、この世界では異質であることも。それに彼女がかつてリュートに思いを寄せていたことも。

 言葉で言われたわけではない。けれど彼女の口ぶりから、眼差しから都は気付いてしまった。

 それがずっと昔なのか、つい最近までなのか……。

 もちろんリュートは年上だし、そういう相手がいただろうと頭のどこかで考えていた。けれどああやって実際向かい合ったとき、自分が何も言えなかったのが情けなかった。

 もともと都は誰かと言い合ったり、自分の意見を強く通すことが苦手だ。保護者の(さえ)には「プレゼンテーションなんて訓練よ」と言われるが、自分の言いたいことを言葉で表現するのは難しい。もし仮にあの場で何か言ったとしても、彼女と対等に立てる自信はない。

「だからって……」何も知らないくせに!と唇を噛む。

 リュートが傍にいたらフォローしてくれたかもしれない、と考える一方、自分が彼のお荷物と認めることになるのでは、と思い至る。

 都は慌てて首を振った。

 それでは、よけい自分が(みじ)めになるだけだ。

「しっかりしろ!わたし!」

 自分はリュート・ラグレスの契約相手なのだと言い聞かせる。

 それに春から夏にかけて、学校の授業と平行してこの世界の文字の勉強も自分なりにがんばってきた。傍から見ればまだまだ(つたな)くとも、自分の中では大きく前進したつもりだ。

 そのことはラグレス家の面々、エミリアやケィン、それにセルファも認めてくれている。

 それに夏休みを利用してこちらに来たことも含めて、自分ができる精一杯のことはしているではないか。

「何もしてないわけじゃない。」 

 うん、と小さく頷く。

 そして深呼吸。

 そうやって冷たく乾いた空気を胸いっぱいに吸い込むと、気持ちがぴりりと引き締まる。

 顔を上げ、空を見上げた。

 そこにあるのは冬の冷たい風をはらんだ、遠く広い空。

「寒いけど……きれい……」

 呟いて、ハッと我に返る。

 慌ててきょろきょろ辺りを見回す。

「えと……ここ、どこ?」

 見覚えのない場所だった。

 かろうじて認識したのは橋の上に立っているという事実。けれど怒りに任せて歩いていたので、いったいどこをどう通ってきたの覚えがない。

「ええと、地図……」腕に引っかかっている華奢(きゃしゃ)な手提げを見て、しまった!と頭を抱える。

 朝からリュートと一緒だったこと、彼の叔母シーリアに「街の女性は、そんなものを持ち歩いたり広げたりしないものよ」と諭され持ってこなかったことを思い出す。

「やっぱりダメダメだぁ……」呟いたとき。

「君、どっから来たの?」

 へ?と振り返る。

 目の前にいたのは若い男二人。反射的に身構える都に、馴れ馴れしい笑顔を向ける。

「この国の人じゃないよね?」

「さっきから見てると道に迷ったっぽいけど、おれら案内しよっか?」

「え、えと……」

「言葉、わかんないとか?」

「そ、それはわかります。でもその……」

「行きたいとこ、どこでも案内するよ。」

「そういうんじゃなくて……」言いながら、都はあれ?と首をかしげる。

 以前同じような状況に(おちい)ったことがある気がする。あのときは、たまたま通りがかった早瀬の旧知(きゅうち)が助け舟を出してくれたんだっけ……と、取りとめのないことを思い出す。

 と、

「うわぁあ!」

 突如、片方の男が叫び声を上げた。

「ぎ、銀竜(ぎんりゅう)?」

 もう一人も目を丸くする。

 見るとコギンが都を背後に(かば)うように、二人の男の前でパタパタ浮遊している。どうやら彼女が困っているのを見て、急降下してきたらしい。

「こいつ生きてんのか?」

「だぁ!来るな!寄るな!」

「って、お前、銀竜が怖いのかよ?」

 自分の背後に隠れた仲間に、もう一人の男も呆れる。

「だって生きてるんだぜ!それに竜顔してんじゃねぇか!」

 竜顔、という言葉に思わず都はぷっと吹き出す。

「コギン。」と、自ら名付けた名前を呼ぶ。

「怖がってるから、その先近づいちゃだめだよ。」

「ついでに、傷心(しょうしん)の女の子にやたら声かけるのも、だ!」

 不意に背後から聞こえた声に、都はえっ?と振り返る。

 それは二人の男も同じで、けれど相手の姿を認めるとほーっと肩の力を抜いた。

「なんだ巡査か。」

「脅かすなよ。」

「なんだ、とはいい度胸だな。」濃い色の制服を着た男は呆れたように二人の若者を見下ろす。

「おまえら 配達の途中なんじゃないのか?二人揃って女の子にちょっかい出してサボってたって、親方に報告していいんだな?」

「待った待った!」

「それはねぇだろ!」

「そうだよ!おれら困ってた人を助けようとしただけだし……」

「んで、挙句に銀竜にびびってるのか。」情けねぇな、と苦笑する。

「あとはオレが引き受けるから、お前ら仕事に戻れ。」

 ちぇーっと舌打ちしながら二人はその場を離れる。

「まぁったく銀竜ごときに悲鳴上げるなんざ、今時の若いもんは……」

 言いながら制帽を脱いだその横顔に、都は目を丸くする。

「それにあんたもだ。ここは田舎と違って危ないんだ。ボーっとしてると目ぇつけられるぞ。って、人の話聞いてるのか?」

「あ、はい。えと……キャデム、さん……ですよね?」

 恐る恐る口にした名前に、相手がにっこり笑った。

 それは紛れもなく村の雑貨屋で会ったリュートの幼馴染。

「ケィンに名前、聞いたのか。」

「それにクラウディアさんも昔遊んだ仲だって。」

「そいつは正しい。」

「でもその格好……」

 ああ、とキャデムは自分の姿を見下ろす。

「こいつはオレの仕事着だ。ガッセンディーアの秩序を守る公安巡査。」どうだ?と胸を張る。

 黒っぽい濃紺の制服の詰襟には灰色の線が何本か入っていて胸には仰々しい紋章のような印が縫い付けられている。腰には革の小物入れと細い剣。他にも装備があるようだが都が判別できるのはそれくらいで、全体の風体は博物館で見た、昔の警察官のようでもある。それに以前、州の公安隊は日本の警察に相当する、と早瀬が言っていたのを思い出す。

「だからクラウディアさんが街で時々会うって言ったのか。」

「まぁ厄介ごとや催しによっちゃ、軍と連携を取ることもあるしな。しかしお前も災難だったな。」キャデムはパタパタ浮遊しているコギンに話しかける

「大体、なんであんた一人なんだ?リュートは婚約者放り出してどこいった?」

「リュートは仕事で、あとで会うことになってて……」

「だったらセルファかクラウディアが付き添えばいいだけだろう。」

「そういう予定じゃなかったから。それに迎えに来てくれるのは聖堂(せいどう)のはずだったんだけど……その……」

「聖堂って……こっから先、もう旧市街だぞ。いわゆる迷子ってやつか。」

「すみません。」

「念のため聞くが、リュートと喧嘩したんじゃないよな?」

「ちがいます!」慌てて首を振る。

 その様子にキャデムは「ふうん」と呟いて(あご)をなでる。

「喧嘩じゃない。けど面白くないことがあった、って顔に書いてある。」

「それは……」都は目を伏せる。

「ま、それはオレが聞き出すことじゃねぇな。」キャデムは言うと、懐から銀色の懐中時計を引っ張り出す。

「ここにいるのもなんだし……リュートと会うのは何時ごろ?」

「夕方、一番最初の鐘が鳴る頃に迎えに来るって。」

 もちろんこちらの世界での時刻はあるのだが、都が時計を持っていないのでわかりやすい目安を言ったのだろう。

「てーことは十分間に合うな。」時間を確認したキャデムは頷くと、にっこり笑って言った。

「気分転換。とっときの場所、案内してやるよ。」

「でもお仕事……」

「道に迷った異国の人を案内するのも巡査のお仕事なわけ。えーっと、ミヤコだっけ?」

「ミヤコ・キジマです。こっちはコギン。」

 コギンが同意するように「きゅ」と鳴く。

「言っとくけどケィンみたいに“さま”なんてつけねぇぞ。」

「あ、はい。わたしもそのほうが楽でいいです。」

 歩き出したキャデムの後を慌てて追いかける。

 橋を渡りきった旧市街の、生活感あふれる狭い道をくねくね曲がると、突然開ける石畳の広場。

 ぽっかりと開けた空を見上げると、目に飛び込んできたのは尖がった屋根を持つ四角い塔。

「おっきぃ……」

 聖堂も大きかったが、高さという点ではこちらのほうが勝っている。

 でも、と都は首をかしげる。ここではないが似たような雰囲気の場所を知っている気がする。

「これ、もしかして神舎(しんしゃ)ですか?ルァ神の。」

「ってもう来ちまってたか?」

 都は首を振る。

「ガッセンディーアの神舎は初めてです。でも、似てる……」

「ま、高さを競ってるのはどこの神舎も同じだからな。ガッセンディーアでは一番高い建物だよ。っと、中に入るが宗教的な問題は?」

「大丈夫です。」

「そうか。ついでに体力に自信あり?」

「えーと……それは普通。」

「ま大丈夫か。」キャデムは呟くと、大きな木製の扉を押し開け中に入った。

 そこは天井の高いホールのような空間で、その奥にあるもう一つの扉が恐らく礼拝堂なのだろう。

 キャデムは「ちょっと待ってろ」と言うとその中に消える。果たして言葉通り、さほど経たないうちに戻ってきた。

「二番めに偉い人に許可もらってきた。行こう。」

 どこへ?と都が聞く暇も与えず、キャデムはさらに奥へと進んだ。

※都ちゃんが以前同じ状況に陥ったのは、二作目の「銀の翼 金の瞳」でございます。参考までに(^^

次回も四日後に更新します。

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