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第五話

「ミヤコ!こっちこっち!」

「そんなに急げない!」長い(スカート)に悪戦苦闘しながら、都は精一杯の速さで歩く。

 やっとの思いでたどり着くと、彼女は得意満面の笑みで説明を始めた。

「ここが画廊!いろんな画家が描いた英雄とリラントの絵を集めてあるの。」

 でも、と声をひそめる。

「戦いの場面が多くて、あたしはあんまり好きじゃない。」

「そういえば。でも英雄の見せ場って戦いだもんね。」

「そうだけど……年がら年中戦ってたわけじゃないでしょ?それよりあっちの英雄の像のほうが素敵よ!」

「リィナ!待って待って!」手を引っ張られて都は慌てる。

 彼女と会ったのは今朝だった。

 滞在しているリュートの叔母シーリアの、そしてセルファの住まいでもあるアデル家の屋敷で、出かける身支度をしているさなかにダールに伴われてやってきたのだ。

 明るい癖のある茶色の髪はふんわり巻いて、それに柔らかな色の(ドレス)と襟元にあしらったレースが、まるで人形のような可愛らしさを醸し出している。

 彼女はそっと腰を落として挨拶した。

「リィナリエ・ダールです。」

 言われて都も慌てて自己紹介する。

 ダールと同じ明るい青い瞳が嬉しそうに微笑む。

「ずーっと兄さまに紹介してってお願いしてたの!あたし、あなたとお友達になれると思うの!」

「えと……」

 都が戸惑っていると、リィナは傍らの椅子にちょこんと座っているコギンに気付いた。

「この子がコギンね!」目線を銀竜(ぎんりゅう)に合わせ、にっこり笑う。

「本当に綺麗。コギンもよろしくね!」

 その一言で、都はたちまち彼女に好感を持った。

「こちらこそ、よろしくおねがいします。」

「リィナって呼んで。あたしもミヤコって呼ぶから。」

「自分の妹ながら騒がしくてすまんな。」ダールが苦笑する。

「声が大きいのは父さま譲り、って兄さま言ってるじゃない!」

「お前の場合、時と場合による。ああ、ミヤコより一つ年下だ。」

「都は昨日ガッセンディーアに来たばかりだから、いろいろ教えてやって欲しい。」

 そのリュートの言葉に従って、彼らが仕事の間、リィナが州都ガッセンディーアの案内を買って出てくれた。

 最初に連れて行ってくれたのは州の議会場。傍らに博物館のような施設があって、この街の小さい模型が展示してあった。それを見ながらリィナが街のことをあれこれ説明してくれる。

 その次に案内してくれたのが市場で、物珍しさと、彼女お勧めの店で味わったお茶とお菓子に大満足だった。なにしろリィナはどこに行っても(おく)することなく、店の人とも会話を楽しむので飽きることがない。それにこの街の流行や店に詳しく、都は感心するばかりである。ただその姿格好に反して、思いついたように走り出すのには難儀(なんぎ)したが……。

「リィナはここ(ガッセンディーア)に住んでるの?」

「今は実家よ。」

 ラグレスの家とどっこいどっこいの田舎だ、と説明する。

「でも去年までガッセンディーアの学校に通ってたの。それにガッセンディーアにも家があるから、時々買い物にくるわ。」

「家、ってそんなにいくつもあるんだ。」

「家族はもっと分かれてる。父さまは仕事で他の国に行ってて、母さまも一緒。弟はカーヘルの学校に行ってるから寮生活。で、兄さまはガッセンディーアでお仕事。あたしは実家で花嫁修業中。」

「花嫁修業?」

「という名目で、いろいろ勉強中。ミヤコもまだ学生なんでしょ?」

「うん。上の学校に行くかどうか、って考えてるところだけど……」

「いっそのことガッセンディーアの学校に来たら?」

「えっ?」

「だってリュートも辺境に行ったり来たり大変そうだから。あ、でもカズトおじさまも向こうにいるから、仕方ないのよね。」

 残念、と言う彼女の表情は本当に残念そうだった。けれど次の瞬間、ぱっと顔を上げ嬉しそうに正面を指差す。

「あ、ほら見えてきた!」

 それは都がリィナに、行きたい、とリクエストした場所。

 最初リィナは「面白くないわよ」と言ったのだが、都が行ったことがないのを知ると、がぜん張り切って案内してくれた。

「あれが聖堂(せいどう)。」

 それは不思議な建物だった。

 恐らく空から見れば大きな円形なのだろう。曲面で構成された壁にぽっかり入り口が開いていて、入った先は天井の高いホールのような空間になっていた。内側から見ると壁は二層目まで片廊下の建物になっており、柱と階段がむき出しになっているのを見ることができる。その外周から始まって、中心の広場を囲むように並ぶ太い柱までが支えている屋根は、(ゆる)やかな()を描き、さらに天井を高く見せている。しかも白く柔らかな光を発している天井屋根のおかげで内部は明るく、床に彫られた行き先表示までハッキリ読み取ることができるのだ。

 その巨大な円形の壁で囲まれた形は、都が以前カーヘルで見た遺跡を思い起こさせる。もっともあちらは創造神の神舎(しんしゃ)まで増築されていて、見ようによっては現代芸術のようなアバンギャルドな形だった。けれど原型は竜の遺跡だと言っていたから、円形は竜と一族にとって伝統的な形なのかもしれない。

「普通の人も入れるんだ。」

 明らかに観光と思しき人もいて、都は驚く。

「書庫は名前を書いたりしなくちゃいけないけど、画廊とリラントの間は誰でも入れるわ。」

「ここって、地下にお墓があるんだよね?」

「ガラヴァルの墓所ね。評議会でも上位の人しか入れない場所。奥に評議会の会議場もあるけど、こっちも関係者しか入れないわ。」

 聞きながら、都は国会議事堂か都庁のようだと考える。

 と、屋根が途切れた先、円の中心部の広場に竜がゆっくり舞い降りてきた。

「中庭に屋根がないの……そのためだったんだ……」

「竜隊の建物もそうよ。中庭に竜の降りてくる場所があるの。だって街中でそんなことしたら、みんなびっくりしちゃうでしょ。」

「そう……なんだ。」

 言いながら、昨日クラウディアが竜を着地させたのも、アデル商会の建物と屋敷の間にある中庭だったこと思い出す。

「ガッセンディーアが一族の本拠地と言っても、やっぱり馬車に比べたら珍しいもの。銀竜もそう。」

「でもリィナ、慣れてる。」

「だってリュートの銀竜見てるもの。ねぇ、コギンはフェスより甘えんぼさん?」リィナが頭上でホバリングしているコギンを指差す。

「これでも良くなったほう。幼獣のときはもっと甘えてたから。」

「ミヤコが好きなのね。」

 ふと、都は通りがかった人が自分を見ていくことに気がつく。

「ね、リィナ、もしかしてわたし……目立ってる?」

「そぉ?でも田舎に比べたらガッセンディーアは異国の人も多いし、銀竜が珍しいだけじゃない。」

 言われて都もコギンを見上げる。

「気にすることないわ。それと噂も。」

「噂?」

「リュートが婚約したことは一部に知れてるから、興味本位で声かけてくる人もいるだろう、って。」

「え、そうなの?」

「そうじゃないかって兄さまが言ってた。でもそうなったら、あたしがあしらってあげる。」にっこりとリィナが微笑む。

「さてと。“リラントの間”に行きましょう!」


 はぁ、と都は感心とも、ため息ともつかない声を漏らす。

「もっと小さいかと思ってたけど……」

「だって聖竜(せいりゅう)リラントの瞳よ。あたしから見たらこれだって小さいと思う。」

 二人が並んでいるのは柵と鎖で仕切られた展示台の前。柵の向こうの台座の上には握りこぶしを一回り大きくした、つややかな透明感のある緑の宝石が、うやうやしく置かれている。

 この部屋にあるのはそれだけ。

 広い部屋の真ん中に、緑の石が一つ展示されているだけなのだ。

 都は傍らにある説明書きに目を移した。まだ自在に文字を書くのは難しいが、読むのは勘を総動員すればかろうじてできる。

 それによると、これは“黒き竜”を封じるために聖竜リラントが英雄ガラヴァル兄弟に自らの目をくり抜き、渡した“リラントの瞳”を模したものらしい。彼らはこの石を使って黒き竜の魂を封印し、再びその邪悪な魂が身体に戻らぬようその身体を八つに切り裂いて世界中に埋めた。それにより、世界に再び平安が訪れ、云々かんぬん。

「本物じゃないんだ。」都はガッカリする。

「そりゃあそうよ。本物は封印された邪悪な魂が宿ってるのよ。地下深くの小ガラヴァルの墓所で守られてるわ。」

 邪悪な魂、という言葉に都は一年前を思い出す。

 あれは震えるほど怖かったが、これは何も感じない。

 模型だからだろうか?それとも、今は何も起きていないからだろうか?

 それにあのときリュートは予兆があったと言ったが、それは誰かに聞いたことなのか。それとも本物を見ているのだろうか。

 展示台に沿ってぐるりと石の周りを一周した都は、あることに気付いた。

「どうして綺麗な形じゃないんだろ?」

 ラグビーボールのような滑らかな石の肌が、一箇所だけえぐれている。

「えーっとね、黒き竜を封じたときに、力に圧倒されて欠けたんだって。」リィナが説明を読み上げる。

「それもちゃんと写してるんだ。欠けても封じるのは支障なかったのかな。ん?」

 それまで大人しく都の肩に止まっていたコギンが「きゅ」と鳴いた。

「どうしたの?」

 都が言うと同時にふわりと舞い上がり、部屋の外に飛んでいく。

「コギン?ちょ!どこ行くの?」

 慌てて都は走り出す。

「ミヤコ?」気付いたリィナも追いかける。

 コギンはホールを横切り、竜の離着陸する中庭の脇をすり抜ける。

「そっち、だめ!」リィナが叫んだ。

 けれどコギンは中庭の向こう、建物の奥へと向かう。

「コギン!戻って!」

「止まって!ミヤコ!」

 腕を掴まれて、都はわぁっ!と声を上げる。

「この先は入っちゃいけないって。」リィナは傍らに書かれた注意書きを指で示す。

「で、でもコギンが……」

 と、

「何をしている?」

 背後からの声に、都はビクリと肩を竦める。

 おそるおそる振り返ると、軍の制服を着た男が立っていた。きちんと撫で付けた髪に白い手袋をはめたいでたちは、(いや)(おう)でも威圧感を感じる。

「ここは立ち入り禁止だ。」言ってから相手は、おや?という表情(かお)をする。

「お前、オーディの妹じゃないか!」

「なんだ。ラダン。」

「年上になんだ、はないだろう。ここから先は立ち入り禁止だ。」

「わかってるわよ。」リィナは唇を尖らせた。

「でも銀竜がそっちに行っちゃったんだもの。」

「銀竜?」そういって首をめぐらせる。

 果たして、少し離れたところでぐるぐる旋回している小さな竜の姿がある。

「君の銀竜か?」

「す、すみません。急に勝手に行っちゃって。」

「もう一度呼んでみろ。」冷静にラダンは都に指図する。

 都は頷くと、めったに使わない厳しい口調で言った。

「コギン!命令!戻ってきなさい!」

 その瞬間、コギンはぴたりと動きを止めた。

 まるで酔っ払っているように、ふらふらと低空飛行に移行する。

 ラダンが手を伸ばしたがそれをすり抜け、どうにか体制を立て直して都の腕に飛び込む。

 リィナがほーっと息を吐き出す。

 ラダンも肩をすくめる。

「リィナ・ダール。その銀竜がお前の知り合いなら、ちゃんと言い聞かせておけ。」

「あたしに銀竜の言葉がわかるわけないでしょ!」

「いいから早く向こうへ行け。」

「見なかったことにしておいてね。」小さく手を振りその場を離れる。

「リィナの知り合いで助かった。」

「知り合いっていうか……兄さまとリュートの同期。でも……」とリィナは声をひそめる。

「リュートのこと嫌ってるの。」

「え?」

「でもそんなこと言ってるの彼ぐらいよ。リュートって後輩にも人気あるし。きっと、それが気に入らないんだと思う。でも大丈夫。そもそもミヤコがリュートの婚約者って知らないと思うから。」

「ええと、それはいいことなのかな?」

 人の多い場所に戻ると、リィナが「あっ!」と嬉しそうな声を上げた。

 見ると詰襟の制服の上に外套(がいとう)(まと)った二人連れが、こちらに向かって歩いてくる。

 リュートも背が高いがダールが群を抜いているので、そうやって二人並んで歩いていると目立つのだ。

「お仕事終わったの?」リィナが兄にまとわりつく。

「こいつに中断された。」と、リュート。

「いいじゃねぇか。それよりお前ら、今どこから出てきたんだ?」

「コギンが奥に飛んで行こうとして、警備のラダンに怒られたの。」とリィナ。

「ラダン……そういやここの警備だったか。」リュートが呟く。

「今やここの準責任者だ。」

「昇進したのか?」

「頭が引退したから順繰りにな。公示……読んでるわけねぇか。」

「それより、コギンはどうしてそんなところに行ったんだ?」リュートは都腕の中で大人しくしている銀竜を覗きこんだ。

 都は首を振る。

「わからないけど……突然飛んで行っちゃって。」

「ぐるぐる飛んでたわ。」

 二人の言葉にリュートとダールは顔を見合わせる。

「奥には行かなかったんだな。」ダールが念押しする。

「言ったでしょ!ラダンに止められた、って!」

「それが奴の仕事だ。ひとまず、何ごともなくてよかった。」

「コギンも自由に飛ぶのが楽しいのはわかるが、あまり都を困らせるな。」

 うにゅ、とコギンが頷く。

「そういえばフェスは。今朝一緒だったわよね?」リィナがリュートの背後や頭上をきょろきょろ見回す。

「外で待ってる。ダールの予定だと、この後はお勧めの店で食事らしい。」

「もしかして、あそこ?」

「ああ。」

「嬉しい!」リィナが満面の笑みで振り返る。

「ミヤコも絶対気に入ると思う!そうとわかったら早く行きましょ!」


 彼女は書類を机の上に滑らせた。

「主人から、署名が欲しいとのことです。」

「先日話していた件ですな。」眼鏡をかけた老齢の書記官が書類を見ながらフムフムと呟く。

「明日の昼までに用意しておきましょう。こちらからお渡しするのはこれです。確認していただけますか?」

 頷いて、彼女は書類を受け取る。

 綺麗に手入れした爪先で紙をめくる。

「そういえば先ほど入り口で、リュート・ラグレスとオーディエ・ダールとすれ違いましたよ。」思い出したように書記官が言った。

「確か二人ともお父上の生徒でしたな。」

「ええ。オーディエの妹さんなら見かけたわ。銀竜を連れた異国の少女と一緒だったけれど……」

「そういえばラグレス家から婚約の届けと一緒に、滞在証の交付申請もされていましたね。」

「婚約の話は聞いていますが……」深い緑の瞳が、相手を見上げる。

「異国の方というのは初耳ですわ。」

「なんでも父君と同じお国の方とか。」

 そう、と頷くと彼女は再び書類に目を落とした。

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