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第二十一話

「んで、結局大掃除、手伝ってたのか。」

「もー、大変だったよ。まだ終わってないけど、時間切れでギブアップ。」

 お盆明けの平日。

 部活のため、久しぶりに制服姿で登校した(みやこ)は、廊下を歩きながらため息をついた。

「すっげーわかる!」

 横に並んだ波多野大地(はたのだいち)が、うんうんと頷く。

 同じクラスで同じ写真部。都とは保育園時代からの幼馴染でもあるが、親しくなったのは高校で同じ部に入ってから。波多野の家が早瀬(はやせ)家と同じ商店街の酒屋ということもあり、フリューゲル経由のときは帰りが一緒になることもままある。

 柔道部と兼部しているだけあって最近では肩幅もがっしり、背も伸びていかにもスポーツマンといった風情だが、メインはあくまで写真部で、しかも好んで撮影する被写体は猫。最近は写真部が借りている掲示板……通称フォトギャラリーに「今月の猫」コーナーを勝手に作り、ひそかに猫好きのファンを増やしているらしい。そんな気質もあってか、男子が苦手な都でも心安く話しができるのである。

「うちも、建て替えるとき大変だったぜ。倉庫から得体の知れないもんが出てくるって、お袋が悲鳴上げてた。」

「やっぱそうなんだ。母屋(おもや)は現在進行形だけど、お店の二階はけっこう片付いたよ。古い家具も修理に出したし。」

「修理?」

「そういうの修理する工房があるんだって。アンティークのカップと一緒にお店に置いたらいいんじゃないか、って冴さんが提案したの。」

 ふうん、と波多野はスポーツ刈に近いすっきりした頭をなでる。

「他になんかなかった?(びん)とか。」

「そういえば……リュートが他のものと一緒にダンボールに詰めてたかも。」

「まだ店にあるんだよな。」

「だって壜だよ?」都は眉を寄せる。

「古いんだろ?」

「多分。」

「だから。」

「だって壜なんて波多野くんちにいっぱいあるし……」

「だから。」

「意味不明。」

「あのなー、古いガラス瓶って骨董でも取引されてるんだぜ。」

「波多野くん、集めてるの?」

「店のディスプレイ用……っていっても将来的な話だけどさ。」

「よくわかんないけど……酒屋ならありなのかな。じゃあ早瀬さんに言っとく?」

「んにゃ。オレ帰りにフリューゲル寄るわ。」

 そんな話をしながら二人は開けっ放しの写真部の部室に入る。

 とたんに出迎える黄色い声。

「都センパイ、久しぶりですぅ!」駆け寄ってきたのは一年生の三池裕美(みいけゆみ)だった。

「波多野センパイと一緒だったんですか?」

「クラスのアルバム委員の打ち合わせ。写真部もれなく参加させられっからさ。」

「三年生になったら三池さんもきっとやるから。」

「っていうか、そういう話聞くと先輩たちが引退近いの実感しちゃうな。」

「まだ卒業まで時間あるけどね。」

「でも受験ですよね?文化祭終わったら部活来ませんよね?」

「えーと……」どう応えようかと思案する。

 と、

「こぉら一年!都さん困らすんじゃないよ。」

 背後から飛んできた声に、都は振り返る。

 部室にいた他の一年生が「杏子先輩、おはようございまーす。」と声をかける。

「二年生……いないのか。」軽く手を振りながら、林杏子(はやしきょうこ)は部室をぐるりと見回す。

「二年生、暗室作業してるみたいだよ。」都は目の前のホワイトボードを指差した。

 そこには今日の日付と二年生部員の名前、それに「別荘にいます」という文字が書かれている。

「ちゃんと換気してるかな?この暑い中。」杏子はポニーテイルにまとめた長い髪をかき上げ、(てのひら)で首筋をぱたぱた(あお)いだ。

 都と同じ三年生の副部長。女子ながら撮り鉄で、そのざっくばらんな性格とすらりとした長身が下級生女子に人気らしい。

 ふと、都は彼女が手にしているクラフト紙の大きな封筒に目を止めた。

「杏子さん。それ、もしかして……」

 おう、と杏子は封筒を持ち上げる。

「先生んとこに届いてた。」

「え?マジ?」波多野も腰を浮かす。

「なんですかぁ?」三池が不審そうな表情をする。

 直後。

「うわっ!」と廊下で声が響いた。

 とっ、とっ、と言いながらショートボブの頭を振り乱して飛び込んできたのは、写真部三年生の箕原亜衣(みのはらあい)。都とどっこいの小柄な身体を、作業用の会議机の上にぐいっと乗り出す。

「ラボからプリント届いてるって?」

「ナイスタイミング!」と、波多野。

「これから開けるとこ。」 

 その様子に三池が痺れを切らす。

「センパイ、ラボってなんですかぁ?」

「良い質問だね、三池ちゃん。」亜衣が三池を振り返る。

「世の中にはプリント専門にやってる工房があるんだよ。」

「同時プリントじゃなくて?」

「どっちか、つーとプロが使う店。もちろん普通の人もオッケーだから、一度試してみるのいかがなものかと、自腹で出してみたのよ。」

 杏子が封筒から台紙を引っ張り出す。

 普段は大きくてもハガキ大なのだが、今回それより一回り大きいサイズを指定していた。その迫力に「おお!」と声が上がる。

「色調、なんか全然違う。」

「陰影もきっちり。マジで同じネガか?」

「なんか、かっけー!」その場にいた一年生も覗き込む。

「これ、文化祭に出すんですか?」

「それはこれから相談して決める。」と杏子。

「都先輩は?このうさぎさん、かわいい!」

 三池に言われて都は「ありがとう」と素直に言う。

「でも文化祭に出すのは別、かな。」

「えー!」

「遅れた!」三池のブーイングに、部長の新川真(しんかわまこと)の声が重なった。

「もう開けちゃったよん。」と亜衣。

「だと思ってた。」新川は眼鏡を外すとタオルで汗を拭う。

「進路相談で先生のとこ寄ってたんだよ。あ、三池さん。内山が手伝ってほしいって。別荘に来てくれってさ。」

 別荘とは、暗室の別名である。設備などの関係で部室から遠く離れた最上階の隅っこにあるので、いつの頃からかそう呼ばれている。

「別荘ってことは暗室作業ですよね?」やた!と三池は万歳する。

「暑いから、ちゃんと休みながらやれよ!」

「はーい。じゃあちょっと行ってきます!」そう言うと、あっという間に飛び出していく。

「暗室?」都は首をかしげる。

「木島さん、夏休み前半、来てなかったもんな。」写真を見ていた新川が顔を上げる。

「古いカメラ手に入れたとたん、フィルム使いまくってるんだよね。」

「そういえば、親戚からもらうって言ってたっけ。デジカメと勘違い、とか?」

「てわけじゃなさそうだけど、すげー勢いで撮ってる。」

「それでもう、暗室作業、か。すごいね。」

 その後しばし写真の公評会となり、それが落ち着くと部室の端っこを占領して三年生五人が顔を付き合わせる。

「写真部って人材派遣が副業だっけか?」文化祭の撮影依頼を読み上げながら、波多野がため息をつく。

「文句は写真部と演劇部に言ってくれ。」

「頼られるだけマシだよ。実績作っておけば部費だって出してもらえるし。」と副部長の杏子。

「とりあえず演劇部は春に撮影した流れがあるから、木島さんと箕原さん、よろしく。一応ヘルプ入れるけど……」

「一年生……かな。」

「その理由は?」

 まさか聞き返されると思わず、都はえっ?と顔を上げる。

「べ、別にスルーしてくれていいんだけど……」

「だって考えあっての意見でしょ?」ペンの後ろでこめかみを突きながら新川が言う。

「みやちゃんが意見って、珍しいし。」亜衣も頷く。

「意見……っていうんじゃないけど……三年生が引退したあとのこと考えると、やっぱ今のうちかなぁって。」

「ノウハウを教えとくのが、ってこと?」

「確かに~。今の一年、ビギナーさん多いもんなぁ。」亜衣も同意する。

 備品の一眼レフカメラを初めて手にした一年生女子が、まるでコンパクトカメラのように両手で左右から構えて大慌てしたと、亜衣は苦笑しながら打ち明ける。

「レンズ支えてー、って叫んじゃうよね。」

「うん。簡単に撮れるカメラもいいけど、写真部に入ったんだから、機材、使えるようになってほしいなって思う。」

「推薦は?」

「わたしの意見は別に……」

「木島は写真キャリアがある分、人を見る目あんだろ。」

「そ、そんなことない!」波多野に言われて慌てて手を振る。

 自分が何かを決定できるほど優れているとは思わない。それに昔より前向きになったとはいえ、こうして意見を言うのは相変わらず苦手だ。

「みやちゃんの謙遜(けんそん)は、今に始まったことじゃないけど。」

「けどよ、もう三年なんだぜ。堂々としてりゃいいのに。」

「それはそうかもしれないけど……」そこまで言って、ふと思いつく。

「三池さん……ならがんばってくれそうかな?」

「勢いはあるな。技法は後からついてくるタイプ?」新川が杏子を振り返る。

「んー、理屈じゃなくて身体で覚えてく感じ。興味あることは全部首突っ込んでるね。」

「んじゃ、三池さん追加、と。」

「で、でも……」

「異論がなければ決定。」

「ないない。」亜衣が手を振る。

 波多野と杏子も頷いた。

「私らもできるだけフォローするから。」

 結局、都の意見がそのまま通る。その後、ほかの作業の割り振り、文化祭の展示について話し合って打ち合わせは終わった。

「ひとまず最後の文化祭だ。悔いのないよう楽しもう。」

 おう!と亜衣が(こぶし)を突き上げる。

「それが終わったら受験まっしぐらだもんね。杏ちゃん、専門狙いだっけ。」

「映像やりたいから。」

「前から言ってたもんね。部長は理系だよね。」

「兄貴にならって工学狙い。」

「波多野くん、経営志望だっけ?」都は首を傾ける。

「うん、店継ぐつもりだかんね。」

「てっきり醸造(じょうぞう)にでもいくのかと思ってた。」と言ったのは杏子。

「あほ。オレが酒作ってどーすんだよ。オレはそういう一生懸命作られた酒を売りたいの。親父にくっついて、蔵元とか見に行ったりしてるし。」

 そんなことをしていたのかと、都は内心驚く。

「都さんは写真続けるの?」

 杏子に聞かれて都は口ごもる。

「えと……まだ悩み中。というかその前に文化祭用の写真のテーマも決まってないし。」

「めずらし。テーマから入るんだ。」亜衣が目を丸くする。

「でも都さんのことだから、吹っ切れたら勢いで撮れるだよね。きっと。」

「そーそー。みやちゃんって危なっかしそうだけど、ちゃーんと着地するもんね。」

 はーっと都はため息を吐き出す。

「それ、()められてるのか、けなされてるのかわかんないよ。」

次回も四日後に更新です。

ちなみに「活動報告」のほうは合間にも書き込んでます。もしお時間あれば覗いてやってください。

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