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第二話

都がこちらに来たのは、夏休みに入って間もなく。高校三年生らしく補講に数回出席した後のことだった。

 その日も朝から夏日になりそうな日差しで、朝の通勤ラッシュの時間帯にもかかわらず、開店前の喫茶店フリューゲルの店内もムッとした湿度のある空気をはらんでいた。

 なのに。

「これは……暑いよね。」

 (みやこ)は自分の身を包む革の上着を(うら)めしそうに見下ろす。

 ここに来る時はコットンパンツにキャミソール、その上にブラウスを羽織った格好だった。けれど手渡されたのはキュロットのようなボトムに長い革のブーツ、それに革の上着。

「あら。でもサイズもぴったりだし、意外に似合ってるわよ。」と言ったのは都の保護者の小暮冴(こぐれさえ)

 自分は涼しげな麻のシャツにゆったりしたパンツ。セミロングの髪を頭の上で大きなバレッタで留めた、完全夏仕様の格好である。

「都ちゃん、いっつも小さいサイズが少ないって言ってるじゃない。」眼鏡の奥の瞳がにっこり笑う。

「言ってるけど……」都は唇を尖らせる。

 血の(つな)がりこそないが、冴は都の家族に等しい。

 もともと母の学生時代からの親友で、シングルマザーの彼女を助けるように赤ん坊の頃からずっと都の面倒を見てくれていた。そして三年前、母・朝子(あさこ)が事故で亡くなり天涯孤独になった都に「いまさら遠慮したら怒るわよ」と保護者を買って出てくれて今に至る。

 だから都が小柄なプロポーションをコンプレックスに感じてることも、日ごろそれについて愚痴(ぐち)を言っていることも、ぜーんぶ了承しているのだ。

 都だってそれを否定する気はない。

 だけど……

「基本的に、夏に着るものじゃないよね。」

「と言っても向こうは真冬だし、東京より寒さ厳しいよ。」申し訳なさそうに言うのはこの店のオーナー店主、そして都の恋人の父である早瀬加津杜(はやせかずと)

 短く刈り込んだ髪は白いものが混じるが、トレードマークの(ひげ)もきちんと手入れしていて、それにぴんと伸びた上背も含めて(おだ)やかで落ち着いた紳士的な印象がある。普段は喫茶店フリューゲルの店長としてワイシャツにベストだが、さすがに開店前の時間なのでポロシャツにチノパンの砕けた格好である。

「季節が逆って面倒なものね。」冴が肩を竦めた。

「それよりいい?ちゃんと挨拶(あいさつ)するのよ。それから無茶しない。」

「もーっ!冴さん、そればっかり。」

「だって春休みのときも後で聞いたら無茶したって言うじゃない。都ちゃん、朝子に似て突っ走るところがあるから。」

「お母さんと一緒にしないで。それにあれは仕方なかったの!」

「コギンも、ちゃんと見張っててちょうだいね。」

 うぎゅ、と小さな竜が頷く。

「コギンまで……ひどいなぁ。」

 都が言ったとき、店の裏口からジーンズ姿の早瀬竜杜(はやせりゅうと)が飛び込んできた。

 短めの黒髪に黒い瞳は、一見すれば違和感なく日本人として通用する。むしろ明るい色の髪の都のほうが「外国か東北人の血が入ってるんじゃない?」と言われるほど。けれどよく見れば、どことなく日本人離れした風貌(ふうぼう)も持ち合わせている。その印象的な漆黒色(しっこくいろ)の瞳が、都を見てそっと微笑む。

「用意できたみたいだな。」

 手にしていた上着と竹製の仕出し(かご)をその辺に置くと、軽く椅子に腰掛ける。 

 都が(かご)を覗くと、小さな白い竜がちょこんと収まっていた。

「おはよう、フェス。」

 その声に竜はふわりと舞い上がり、くわ!と鳴きながら椅子の背に止まる。

 竜杜は足首まで立ち上げのあるタクティカルブーツの中にジーンズの(すそ)をたくし込んで紐をしっかり締めた。

 そうして立ち上がると手にしていた革の長いコートを羽織る。

 西部劇に出てくるようなデザインで、(すそ)(すね)の辺りまであるが背中心に腰まで深いスリットが入っている。

 早瀬家の母屋から徒歩十秒の同じ敷地に建つこの喫茶店フリューゲルは、かつて早瀬のご先祖が建てた大正時代の家屋(かおく)をそのまま使っている。もちろん、多少の手は加えてあるが、基本的な構造は昔のまま。だから背の高い竜杜がそんな重装備でいると、ただでさえ高くない天井がいっそう窮屈(きゅうくつ)に感じる。

「西部劇かサバゲーでもしにいくみたいね。」

「サバイバルは得意なんだ。」

「竜杜のはリアルな意味のサバイバルだけど。」早瀬が補足する。

「つくづく洒落(しゃれ)になんない男ね。」冴が(あき)れたような息をもらす。

「悪かったな。」

「それより荷物は下に置いておいたよ。」

「助かる。」

「竜杜くん、お母様によろしく伝えてね。」

「ああ。」

「楽しんでらっしゃい。」

「下まで行かないの?」

 冴がその場で手を振ったので、都は首を傾ける。

「やぁよ。湿気が多いんだもの。」

「元防空壕の物置だからねぇ。」早瀬も苦笑する。

 その場で二人の保護者に見送られ、都は竜杜と二匹の小さな竜と共に店の地下に向かった。

 従業員控え室の奥にある扉を押し開け、コンクリートむき出しの階段を降りる。行き着いた先はコンクリート打ち放しの天井の低い空間で、壁際にはラベルを貼ったプラスティックのコンテナと神棚が押し込まれている。そして床には、前日のうちに用意した二人の荷物が置かれていた。

 竜杜が大きな背嚢(はいのう)を肩に担ぎ、都は自分のデイパックを背負う。

 そうして準備が整うと、二人は古びた扉の前に立った。

 都は深呼吸する。

 一度、銀竜がいないときにこの場所を覗いたことがある。扉の向こうはひんやりした暗い倉庫で、ビールの空きケースがいくつか置いてあるだけだった。

 けれど今は、道標(みちしるべ)となる銀竜(ぎんりゅう)とそれを(つかさど)る人がいる。

 つまり、扉の向こうは異世界へ通じる「門」として機能しているはず。

 竜杜が振り返って手を差し出した。

 言葉はないが意図(いと)を理解して都はその手に捕まる。

 互いの指の間に指を滑らせ、離れないようにしっかり繋ぐ。

「気分、悪くないか?」

「大丈夫。」

 そうか、と頷くと空いている腕を目の高さに持ち上げる。

 それを合図にフェスがスッと彼の腕に舞い降りる。その金色の瞳に自らの目線を真っ直ぐ合わせ、彼は言った。

「白き翼の盟友に連なるもの、案内を頼む。」

 慌てて都もコギンを呼ぶと、竜杜の口上(こうじょう)を真似た。

 コギンは「くわ!」と短く鳴いて都の肩に止まる。

 竜杜が肩越しに小さく頷きかけ、扉を開く。

 その先は、闇だった。

 音も、時間の感覚もわからない。

 目印は白くぼうっと浮かび上がる銀竜のみ。小さな生き物の示す道を前に進む。

 長くもあり、短くも感じる時間。

 ふと、本当にこのままで進んでいいのだろうか?と不安に駆られる。

 無意識に手に力を込めていたらしい。応えるように、大きくて暖かい手が都の指を握り返す。

 やがて目の前に針先ほどの白い点が見えてきた。それはだんだん大きくなり、その頃には清冽な空気が頬に触れる。

 外が近い!と思ったら外に出た。

 とたんに強い風に(あお)られる。

「うわわっ!」思わず声を上げる都を、リュートが抱き寄せた。

「大丈夫か?」

「風、強い。」言いながら都は、たった今自分が出てきた山腹の洞窟を振り返る。

 うぎゃあ!とコギンが鳴く。

 重なるように男の声。

「お帰りなさい。リュート、それにミヤコ。」

「セルファさん!」

 少し離れたところに男が立っていた。

 と、言っても深い岩山の中腹にある、断崖絶壁(だんがいぜっぺき)に囲まれた岩の張り出した部分である。畳三枚ほどの狭い場所なので、おのずと互いの距離は近くなる。

 男はマントのような上着にすっぽり身を包んでいて、束ねているだろう明るい茶色の髪は耳当てのついた帽子にたくし込んでいた。

「コギンはちゃんと道標(みちしるべ)になってくれましたか?」

「あ、はい。多分。」

「迎えはいらないと言ったはずだ。」リュートが眉をひそめる。

「伯母上のお願いには逆らえません。」

 見上げると、頭上を旋回(せんかい)する二匹の灰色の竜の姿が見える。

「それに、先に知らせたほうが安心でしょう。」彼は(ふところ)に手を入れると小さな木片のようなものを差し出した。

「許可証……早かったな。」

「許可証?」

「ええ、滞在許可証です。これでミヤコはいつでもこの国にいることができます。」再び懐にしまいながらセルファ・アデルは言った。

「え?前回は?」

「あれは急ぎだったので一度きりの渡航証を使いました。」

「っていうか、そういうもの必要だったんだ……さむっ!」

「大丈夫ですか?ひとまず家に行きましょう。」

 セルファが差し出した耳当て付の帽子と風除けの眼鏡をかけると、目の前に下りてきた竜の背に乗せもらう。

 何度見てもその大きさと異質な容貌に感心するが、怖いと思うことはない。それは初めてこちらに来たときも同じで、けれど早瀬に言わせるとそれは珍しいことらしい。

 リュートの腕が都を抱きしめるように背後から支える。

 セルファの()るもう一匹の竜には、都と同じように二匹の銀竜……コギンとフェスがしがみついていた。

 山を抜けると寒さは和らいだが、眼下に広がるその風景が前回来たときとすっかり変わっていることに、都は驚いた。あのときはまだ草地だった地表が、すっかり冬木立になっている。やがて見えてきた覚えのある石造りの建物も、うっすら雪に覆われて違う場所のように感じる。

 竜が着地すると同時に、家の中から人が飛び出してきた。

 真っ先に駆けつけたのは都より五つ年上の赤毛の料理人。

「お帰りなさい!リュートさま、ミヤコさま!」

「ご無事で何よりでした。」老齢の使用人イーサも、笑顔で出迎える。

 イーサの兄である庭師のビッドは、セルファを手伝って荷物を降ろすとそのまま家の中に運んでくれた。

 最後に出迎えたのは、リュートと同じ漆黒色の瞳を持つ婦人。

 早瀬竜杜ことリュート・ハヤセ・ラグレスの母にして早瀬加津杜の妻、エミリア・ラグレスである。

「セルファ、ありがとう。」

「いえ。」

「お帰りなさい。リュート、ミヤコ。それにフェスとコギンも。」

「ただいま戻りました。」

「またお世話になります。」ぴょこんと頭を下げる都にエミリアは優しい笑みを向ける。

「堅苦しい挨拶は不要よ。それより、寒かったでしょう。」

「すぐに暖かいもの、ご用意しますね!」と料理人のケィン。

「うんと熱いのでも大丈夫かも。」

「やっぱり寒く感じますか?」

「だって向こう、夏だもん。」

「世界が違うって不便なんですねぇ。じゃあ体の芯からあったまるもの、ご用意しますね!」待っててください、と言って彼女は厨房(ちゅうぼう)に向かう。

「ケィン、やけに張り切ってるな。」

「ケィンだけじゃありませんよ。エミリアさまも。」イーサが意味ありげに微笑む。

 あ、とリュートが気付く。

「あれか!」

「ええ。ミヤコさまのお部屋を用意したんです。」

「わたしの部屋?」

「昔、シーリアさまがお使いになっていた部屋をミヤコさま用に模様替えしたんです。」

 そういえば、そんなことをリュートから聞いたような気がする。

 都が旅装を解くのを待って、イーサは彼女を二階へ案内した。

 そこは以前来たとき「半分物置」と聞いた部屋。そして扉を開けると……

「わぁ……」

 壁は黄色がかった白で腰までが淡いグリーン。そして二色の境目にはぐるりと細かい(つた)の模様が描かれている。天蓋(てんがい)のついた寝台にかけてある布も花や植物をあしらった柄で、まるで自然の中にいるような雰囲気を(かも)し出しているのだ。

 窓際には小さな書き物用の机があり、ペン皿とペンが添えてあった。寝台の傍らには鏡台もあり、その上に見覚えのあるビニールポーチが……。

「これ……」

 前回来たとき、荷物が多くて置いていったグルーミングセットだった。

「お部屋が整ったのでこちらに置いておきました。これからは気兼(きが)ねなく何でも置いておけますよ。」

「ありがとう。実はちょっと期待して筆記具は余分に持ってきたの。」

 部屋の中を飛び回っていたコギンが、寝台の足元に置かれた(かご)にすっぽり入り込んだ。

「自分の寝床だとわかるんですねぇ。」イーサが嬉しそうに言う。

「そうなの?」

「ええ。シーリアさまが持ってきてくださったんです。箪笥(たんす)の中身もですよ。」

「箪笥?」

 はい、と言って、イーサは壁際の背の高い家具の両開きの扉を開いた。

 と、目に飛び込んできたのは服、服、服。

 その量に都は唖然(あぜん)とする。

「前回いらしたときの寸法で、シーリアさまがご注文なさったんですよ。」

「って……こんなに?」

 それに、とエレガントな服を引っ張りため息をつく。

「こういうの、あんまり着ないし……」

「きっとお似合いになりますよ。シーリアさまは昔からおしゃれが上手でしたもの。」

 イーサの笑顔に、都は曖昧(あいまい)に頷いた。

次回も四日後に投稿します。

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