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第十八話

「それ“カルルの贈り物”ですね。」

 背後からの声に、(みやこ)は手を止めて振り返った。

「アタシも、カルルから花の種もらったことあります。」言いながらケィンは都の隣にしゃがんで、土の入った植木鉢を覗き込む。カルルがすかさずその肩によじ登った。

「この家のもんは皆、一度はもらってるからな。」温室に土を運んできた庭師のビッドが呟くように言う。

 彼は都が種をまいた箇所に軽く土をかけると、節くれだった手でそっと平らに均してくれた。最後に都が水をかけると、満足そうに頷く。

「これでいいですか?」

「ああ。しばらく温室(ここ)に置いておくが、あんまり早く育っても困るし……もしかしたら、嬢ちゃんの部屋のほうがいいかもしれない。」

「それはお任せします。次に来るまで部屋は使わないし……わたし植物育てるの得意じゃないから。」

 小さくビッドは頷き、

「残った種も一緒に部屋に置いておくか?」

「残ったって……いったいカルル、どれだけ集めてきたの?」ケィンが肩にしがみついている銀竜(ぎんりゅう)を振り返る。

「なんか……気がついたらいっぱいあって……」

 最初にカルルに種をもらったのは、ネフェルが来たときだった。それから毎日のように、カルルは花や草の種を見つけてはせっせと集めていたらしい。そして都の知らないうちにコギンがそれを受け取り、都が使っている部屋の隅に溜めていたのである。

「まぁまぁ。カルルったら、よほどミヤコさまのことが好きなんですねぇ。」

 イーサにそう言われて、都は初めて二匹の銀竜が集めた両掌いっぱいの種に気付いた。

「これってそういう意味なの?」

「ええ。カルルが心を許した相手しかお目にかかれませんもの。だから“カルルの贈り物”ってこの家では呼ばれてるんです。でも……さすがにこのままにはしておけませんねぇ。」

 そういって自ら庭師の兄に相談してくれたのだ。

 今日になってイーサに言われて温室に行ってみると、ちょうどビッドが鉢を引っ張り出しているところだった。

 妹のイーサと違って口数が少なく接点も少ないせいか、この家に着いたばかりの頃はこの老齢の庭師に声をかけるのもおっかなびっくりだった。けれど半月も滞在すれば、それが彼にとって普通なのだわかってくる。それに言葉は少ないが、植物を育てる仕事に関してはプロフェショナルなのだということも。

 今も都が気に入った鉢を選ぶと、彼は手際よく底石を敷いて土を入れ、あっという間に種を蒔く準備を整えてくれた。しかも三鉢。

 それでもまだ種は残っている。

「確かにこれ、畑にでも蒔く量ですね。」布袋を覗き込んだケィンも目を丸くする。

「よほど嬢ちゃんが気に入ったらしい。」

「気に入られたのはわたしじゃなくて、コギンだと思うけど……」

「気に入らなかったら、そもそも集めんよ。あとで保管用の箱を探しておこう。」

「ありがとうございます。」都はぺこんと頭を下げる。

「春になったら外に蒔けばいい。」そう言って、庭師はそそくさと外の仕事場に戻っていく。

 その場に残された都は、銀竜と戯れる料理人を振り返った。

「ケィン……なにか用だったんだよね?」

「エミリアさまが、お菓子多めに持っていってもらえるか聞いてほしいって。古いお友達に渡してほしいそうです。」

「お義母さまの古いお友達って……笙子(しょうこ)先生のことかな?帰ったら旦那さんに会うから渡すのは大丈夫。」それに荷物を担ぐのはたぶんリュートだろう、と心のうちで呟く。

「じゃあ遠慮なく、荷物に入れておきますね。」ケィンはそう言って、しみじみ呟く。

「なんか……あっという間でしたね。」

「でも前に来たときよりのんびりできたかな。帰ったら宿題が待ってる。」

「学生の宿命ですね。」

「それにきっと、暑いんだろうなぁ。」

「向こう、夏、なんですよね。」

「日本の夏は特に暑いから……」

「リュートさまもカズトさまもあんまり言わないけど、世界が違うってやっぱり大変なんですね。」

「ケィンは……門番のこと、知ってるんだよね。」

「そりゃあ、ここで働かせていただいてますから。」

 その言葉に都は首を傾ける。

「変だとか、不思議だって思わないの?」

「だって国が違えば言葉も風習も違うの、当たり前ですよね?」

「そう、だけど……」

 納得しかねる都の様子に、ケィンはうーんと思案する。そして言った。

「子供の頃はわかってませんでしたよ。でもカズトさまが向こうのご実家に戻られるとき、アタシを呼んで説明してくれたんです。それにイーサもビッドもおばあちゃんも、エミリアさまとカズトさまがご結婚されたときのことを全部知ってるから、後からそういう話を聞いて、大変だったんだなぁって。」

「でも、それだけなんだ。」

 逆にケィンが首をかしげる。

「だってカズトさまも普通に隊のお仕事してらしたし、リュートさまだってそうじゃないですか。アタシにとって家族より近くて尊敬できる方たちだし、世界が違うって言われても、けっきょく国が違うくらいの感じしかないんですよね。」

「ケィンの家族って……お祖母(ばあ)さん以外?」

「父と弟が南にいます。」もうずっと会ってませんけど、と付け加える。

「実の母はこの国での生活が合わなくて、弟が生まれてすぐ自分の国に帰ってしまって、今どうしてるか知りません。そのあと父が再婚して、弟は義理の母にすぐ馴染んだけど、アタシは全然。今思うとアタシは生みの母に似てたから、義理の母も扱いに困ったんだと思います。見かねた祖母がエミリアさまに相談して呼び寄せてくれたんです。六歳くらいかな?その頃のアタシ、もー暗くってどうしようもなかったんですよ。」ぱたぱた手を振って苦笑する。

「母親に捨てられて、今度は父親に捨てられた。自分なんかいないほうがいいって思い込んじゃって。それであるとき庭の隅で泣いてたらそのまま寝ちゃって、目が覚めたらそばにカルルがいたんです。」

 ね、と頷いてケィンは肩に止まっているカルルの頭をなでる。

「ただそばにくっついてるだけ。でも、なんかそれが嬉しくて、それまで怖かった銀竜も平気になって。その頃からかなー。この家の人たちが肌の色も目の色も気にしないのに気がついたの。」

「ケィン、気にしてたの?」

「そりゃー、子供ですもん。でもカズトさまはあの通りだし、アデルの旦那さまはお仕事で色々な国の方とお付き合いがあるし、オーディエさまもおさまが他の国の方だし……そんな風に周りがわかってきたら、自分なんて大したことないって思ったんです。」

「なんか、今のケィンから想像つかない。」

「ですよね。」ケィンは笑う。

「アバディーアの料理学校に行ったのも大きかったですね。」

「アバディーアって海のほう……だっけ?」

「州都のヘゼラは北で一番大きい港があるんです。世界中の荷物や人が通るところだから、食材も料理の方法もいろいろあって……それに同級生の出身もいろいろ。」

「そっちで働こうとは思わなかったの?」

「最初からこの家に戻ってくるつもりでしたから。あ、でもそれ、無理にそうしろって言われたわけじゃないですよ。リュートさまに辞令が出たときも、自分ひとりの食事ならどうにかできるから、アタシの好きなようにしなさいってエミリアさまに言われたんです。こう見えて、誘ってくださるお屋敷やお店、結構あるんです。アデルの旦那さまも、うちに来ないかって言ってくださったし。」

「それでも行かなかった?」

「今は、祖母と一緒にいたいっていうのがあります。州都みたいなところでは、おばあちゃんも気が休まらないと思うし、ここだとエミリアさまや周りの人たちも融通を利かせてくださるから。何よりおばあちゃんが守ってきた台所を引き継ぐなんて名誉な仕事、他には絶対ありません。」

「引き継ぐ?」

「はい。だからおばあちゃんには、いつもこう言ってるんです。おばあちゃんが作ってきた料理、アタシが全部覚えるまで元気でいてね、って。覚書だけじゃわからないもの、沢山あるんですよ。」

 それにアデル家の手伝いに行くと、女主人であるシーリア・ラグレス・アデルに、昔、実家で出されていた料理をリクエストされるのだと言う。

「旦那さまもシーリアさまとご結婚前からこの家によくいらしてたから、手抜きができないんです。」

 けれどそうやって供した料理を「懐かしい!」といって平らげてくれる姿は、料理人にとって最高の()め言葉だと、嬉しそうに言う。

「それもあるから、ここにいるのがアタシにとって一番いいんです。アデル商会もここにいてできるお仕事くださるし、最近はセルファさまもカズトさまのところに行ってくださるから便利ですよ。」

 ケィンの言葉に都は苦笑する。

「確かにしょうゆとか味噌とか……こっちじゃ売ってないもんねぇ。」

 一度、台所の食品庫を見せてもらって、そこに並んだメイド・イン・ジャパンの調味料にびっくりしたのだ。

「発酵、っていうんですよね。そういう風味のもの、南の海沿いにはあるんですけど、手に入りにくくって。アデル商会も時々しか仕入れないんです。だからってわけじゃいけどアタシ、この家が好きなんです。銀竜が気持ちよく暮らしてるこの家が。」

「家が、好き?」

「変ですか?」

 ううん、と都はかぶりを振る。

「わたしも同じ。向こうの……早瀬さんの家。この家みたいに古くて、あったかいっていうか、落ち着くっていうか……すごく懐かしい感じがするの。」

「銀竜が関わるところって、そういう気があるんでしょうかねぇ。ん?」

 ケィンに甘えるようにカルルが顔をこすりつける。

「鉢植え作ったら、おなかすいたの?」

 くわ!と鳴きながらコギンもケィンの肩に止まる。

「コギンは見てただけでしょ。」

 我慢(がまん)しなさい!と都はたしなめる。

「食べ盛りですもんね。でーも、今日はおやつなし。その分早く夕食にするから、もうちょっと待っててね。」

 きゅう、と二匹の銀竜が残念そうな声を揃える。

「なんか急がせてごめんね。」

「いいえー。夕食いらないって言われたら、お弁当にして持っていっていただくつもりでしたから。」

「それはそれで、ちょっと魅力的だったかも。」

 そう言う都に、ケィンは「本当ですか!」と目を輝かせる。

「じゃあじゃあ!お夜食も、ご用意しますね!」


 その日の夜。

 料理人特製の夜食を受け取った都は、再びリュートと共にそれぞれの銀竜を従え、門をくぐって帰路についた。

次回の更新、四日後・・・のつもりですがもしかしたら3日後かタイマーセット的な設定に頼ることになりそうです。

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