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第十七話

「そうですか。また自分の国にお戻りに。」

 はい、と(みやこ)は頷く。

「でもまた休暇にはガッセンディーアに来ると思います。そうしたら、ここに……神舎(しんしゃ)に来てもいいですか?」

「あなたの婚約者が良いというなら。」マーギス司教は微笑んだ。

 二人が向かい合っているのはガッセンディーアの神舎(しんしゃ)の応接室。リュートが聖堂(せいどう)で用を終えるまでの間、都は挨拶をしたいからとマーギスを訪ねたのである。

 マーギスも、昼の礼拝を終えたところだと言って都とコギンを快く迎えてくれた。

「リュートも……ラグレスのお義母(かあ)さまも、司教さまと話ができるのは名誉なことだって言ってます。それにここからの眺め気持ちよくて……」

 さきほどマーギスと一緒に上った、塔の上からの風景を思い出す。

「なるほど、カイエ巡査はこうやって布教してるわけですね。」

「あ、えと宗教的に、じゃなくて。」

「冗談ですよ。」マーギスは頷く。

「私とて、英雄たちには敬意を表しています。聖堂をないがしろにするつもりはありません。それに私も、ここからの眺めはガッセンディーアで一番だと思っているんです。特に祭のときは。」

「次のお祭りは無理かもしれないけど……いつか空の行進も見に来ます。」

「でもその時は、もっと特等席が待っているのではありませんか?」

 へ?と首をかしげる。

「祭りで空を飛んだ竜の背に乗せてもらうのが、一族の女性の憧れだと聞いたことがあります。

「えーと……」

「夫か恋人が参加していれば、その特権が与えられるということですよ。」

「そうなんだ。」都は目をぱちくりさせる。

「でも、普段から乗せてもらってるから、神舎から見物するほうが魅力的です。」

「そういうことなら、喜んでお席を用意しておきましょう。」

「あ、でも……司教様にお願いすることじゃありませんよね。」

 戸惑う都にマーギスはいいえ、と首を振った。

「こうやって若い女性に頼りにされるのはありがたいことです。それにあなたとはこの先も会うだろうと思っていたので、約束ができるのは嬉しいこと。」

「占いかなにか、ですか?」

「どちらかといえば運、でしょう。一度目の出会いは事故のようなもの。二度目の出会いは偶然。三度目に出会ったら必然。」

「マーギスさまと会うのは今日で三度目です。」

「ええ、だから必然。この先もあなたと会うだろうと確信したんです。」

「それ、有名な人の言葉かなんかですか?」

「いいえ。私が昔、ある人に言われた言葉です。」

「ある人?」

「南の教区にいた頃、たまたまある場所で出会い、その後まったく別の場所で再会したときにそう言われたんです。」もう十年以上前の話です、と付け加える。

「なんだか変わってますね。」

「今思い出しても不思議な人でした。」

「その人との三度目は……」

「残念ながら。その言葉を言われたとき、三度目の必然があったらお互い名乗る約束をしたんですが……私も北の、このガッセンディーアに移ってしまったのでそれきり。だから彼の名前も知りません。」マーギスはそっと息をつく。

 その様子に、都は小さく首を傾け、

「でもまだ三度目を待ってる?」

「え?」

「あ、えと……すみません。なんとなくそんな気がして……」

「そうかもしれません。」呟くようにマーギスは言った。

「忘れたつもりでいましたが、こうやって話してみれば昨日のことのように鮮明に覚えています。もしかしたら、私は三度目を諦めていないのかもしれませんね。」

「三度目、あるといいですね。」

「もしあったら、ミヤコさんにご報告しますよ。それと忘れるところでした。これをあなたに差し上げようと思って。セルファ坊ちゃんにお願いするつもりだったので、ちょうど良かった。」

 マーギスは紙包みを都に渡した。開くと中から出てきたのは一冊の本。

 さっそくコギンが舞い降りて、横から興味津々で覗き込む。

 しっかりした装丁を開くと、白黒の美しい挿絵がいたるところに挿入されているのが目に留まる。どうやら英雄の話を集めた本らしい。

「このまえ文字の勉強をされていると伺ったので、教科書によいのではないかと。ただ古いものなので、お気に触ったらすみません。」

「それは気にしません。でもこれマーギス様の本ですよね。いただいていいんですか?」

 ええ、とマーギスは頷いた。

「本当は姪に渡すつもりだったのですが、会えないままもう十年以上が過ぎてしまいました。今しばらく南に戻る予定もありませんし、何より今会えたとしても、姪が素直に英雄物語を読むとは思えません。きっと恋愛小説がいい、といわれるのがせいぜいでしょう。」

 確かに文字の大きさといい文章量といい、子供向けに書かれたものらしい。この程度なら、勉強中の都でも読めそうな気がする。

「じゃあ……教科書代わりに使わせてもらいます。」

 ありがとうございます、と頭を下げる。

「私の生まれた南の伝承が多いので、このあたりの話と食い違うことがあるかもしれません。」

「その時はリュートに聞きます。それに彼のお父さまもこういう話詳しいみたいだから、説明してくれると思います。」

「ぜひ、楽しんでください。」


 こつん、と背後で足音が止まる。

 ユーリ・ネッサ・ケイリーは書棚に伸ばしかけた手を一瞬止めた。

 背表紙を目で追いかけ、別の本を引き出す。

 背中合わせにそれとなく感じる相手の気配。

「偶然かしら。それともわざわざ?」本を開きながら彼女は独り言のように話す。

「ガイアナ議長に用があって来た。そうしたら君がここにいいると教えてくれた。」 

 背後から応える声。 

「それで?」

「彼女……都に手厳しいことを言ったそうだな。」

「一族としての心構えを教えて差し上げただけよ。」こともなげにユーリ・ネッサは言った。

「彼女は君と違う。」

「だからといって、何も知らない顔をされるのは(しゃく)に障るの。」

「彼女は知ろうとしているところだ。昨日の今日で結果は出ない。」

「でも人は結果を見るものよ。」

「それは君の経験か?」

「どうかしら。それよりあの子のどこがそんなに気に入ったの?銀竜が懐いてるから?それとも可愛らしいから?」

 微かに漏れるため息。

「一言では……説明しづらいな。」

「私、気が短いの。」

「知ってる。」

「そうだったわね。」パタンと本を閉じる。

「ただこれだけは言っておく。彼女は俺にとって大切な人だ。」

「だから余計なことを言うな?」

「できればお手柔らかに頼む。」

「難しい注文ね。」本を書架に戻す。

「でも……」と彼女は振り返った。

 自分より背の高い相手を見上げ、漆黒色の瞳を真っ直ぐ見据える。

「あなたがいうなら考えておく。」

「そうしてもらえると助かる。」

 その言葉に、ユーリ・ネッサはくすりと笑みを漏らした。

「その言い方、昔と同じ。」

「人間……そう変わるもんじゃない。それと、議長が帰るまえに立ち寄ってほしいそうだ。」

 彼女は目を見開く。

「そういうことは先に言うものよ。」

 呆れつつ、くるりと(きびす)を返す。

 けれど一瞬立ち止まり、肩越しに振り返った。

「髪、長いほうが似合ってたのに。」

「それは……どうも。」

「それと、まだ言っていなかったわね。婚約おめでとう。」

 答える代わりにリュートは軽く手を挙げる。

 それを見届けると、彼女は歩き出した。

いつもより遅い時間の更新になりました。

そして次回の更新も四日後です。

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