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第五話

PV1000到達。ありがとうございます。

相変わらず山も谷もありませんが、お付き合い頂ければ幸いです。

 暑い。何故こうも暑いのか、遥か天の彼方で燃え盛る超弩級の火の玉が恨めしい。

 しかも彼奴めはまだまだ本気を出していないのが腹立たしい。

 あれも無けりゃ無いでものすんごく困るんだけど、今この瞬間は有り難みよりもしんどさの方が際だって恨めしい。


「クロベエ、ちょっと宇宙に行って太陽とか言う星をブッ壊してきて」

「おう、やってやるから心行くまで乳揉ませろ」

「却下だ、腹か二の腕で我慢しろ」


 確か今年は中南米辺りの古代文明が残した予言で「世界は滅亡する!」とか言われていたような気がしたが、今日も相変わらず平和なようだ。


「つーか、そんなに暑いかぁ?」


 机に突っ伏して伸びた俺を細長い釣り目で見下ろす野郎、黒部孝之は手を翳して窓の外を見上げる。

 言いたい事はよく分かる。俺だって去年まではこれくらいの暑さは気にならなかった。

 だがこの肥満体、それも日々の運動で代謝が活性している状態だと何もしなくても汗がじっとり滲み出る。


「こんだけデブいとな、自分の肉布団と体温でもうヤバい」

「そ、そっか」


 この窓際の席で日光に晒されている様は、さながらオーブンで炙られる豚バラのブロック肉ってトコか。肉汁と一緒に脂も流れ出てくれるならいくらでも歓迎するが、現実は水分を奪って表皮を焦がすだけと厳しい。


「今んトコ、何キロ減ったんだ?」

「9キロくらい」

「一ヶ月4キロと半分か、思ったよりペースが遅いな」


 そう呟いた黒部の声は、ちょっと意外そうだった。


 木々も野草も鮮烈な緑でそこら中を埋め尽くし、力強い生命の息吹を迸らせる初夏の昼下がり。

 夏服解禁で大分マシになったと思いたいが、ブラウスと下着の予備は相変わらず欠かせない。

 ダイエット開始から概ね二ヶ月程度が経過したが、朝の涼しい時間に自転車を一時間半走らせ、戻ったら柔軟体操とトレーニングメニューはそれほど大きく変わっていなかった。


「親と相談しながらやっててさ。ハードにやって一気に減らすよりも、じっくり減らしていこうって方針なんだ」

「ほ~」


 身体を起こし、色素の薄い癖毛を適当に伸ばした男を見上げる。

 黒部とは中学入学の頃から身長を巡って争ってきたけれど、こんな形で追い抜くことになったのは不本意だ。

 しかしコイツはあまり気にしていないのか、その事に関しては全く触れないでいる。それが有難くもあり、寂しくもあり。


「じゃあ今のペースは計画通りって事なのか」

「そうみたい。ずっと継続してやっていく事が一番大事だから、焦るなっていつも言われてる」


 でも話題は相変わらず体力系なのは黒部らしい、とちょっと安心している。


「なるほどな~。でもそうなると、今年の夏はちょっと間に合わねーか」

「夏? なんかあるのか?」

「いや、夏と言えば水着だろうよ」

「は?」


 水着? あぁ、海とかプールって言いたいのか。

 どっちも少しばかり遠出しなけりゃならんが、毎年両方行っているような気がするな。


「普段はじっと見れなくても、そこらじゅう水着ってオープンな場所なら見放題だからな」


 ある意味、青少年としては至極正常な感性なのだろうが、それを言葉にするとすげぇダメな気がする。


「そしてそれは逆も然りって事だ」


 しかしコヤツ、少々斜め上を走っていたようだ。


「日々鍛えた肉体美って奴を、これでもかと衆目に刻み込むにゃうってつけの機会だ! そうは思わんか、ええ!?」

「知らんがな」


 いきなりテンションを上げる暑苦しいアホウの額にデコピンを入れ、そういえば海もプールも率先して計画していたのはコイツだったと今更ながらに思い出した。


「ここから順調にいって夏休みに入るまでに大体4キロくらい絞れたとしても、まだ80を切れないから樽なのは変わらん」


 仮に70台に入ったとしても大きく変わるわけではないが。


「むぅ、残念」


 口元をへの字にした黒部は言葉通り、心底残念そうに唸った。

 この脳筋が何故に一応進学校とされるうちの高校に入学できたのか、不可思議である。


 それはそれとして、泳ぎに行くこと自体は好きなので割と楽しみだ。

 去年はさくらと中学からの友人である黒部、鷲尾に加え、高校に入って知り合った原田を加えた五人で海やら何やらと夏休みを楽しんだ。

 しかし今年はどうなる事やら。少なくとも去年のように考えなしにバカ騒ぎは出来ないだろーなぁ。


「それはそうと、鷲尾はどーしたんだ?」


 かつては俺と黒部と共に棒グラフだの階段だのと変な渾名が付けられる程度にセットで数えられていた巨漢の姿は、昼休みのこの教室には見られない。


「ああ、あいつなら神崎と原田に拉致られてどっか行ったな」


 言われてみればあの二人の姿も無い。

 つまりこの騒々しい色黒馬鹿と二人で飯を食わねばならんという事か。


「おい、なんだその微妙にイヤそうな面は」

「なんでもない」


 どうやら顔に出てしまったらしい、反省。

 机の横に置いた鞄に手を伸ばし、そこから弁当包みを取り出す。

 二段重ねのそれは身体に比すと小さく見えてしまうが、実際にはそれほど少ないとは感じない。

 包みを解いて蓋を開くと、野菜炒めや魚の切り身、卵焼き等の色とりどりの料理が小分けにされて詰められ、下の段は若菜とごまのふりかけが掛けられたご飯が現れた。

 最近はトレーニングに慣れてきたおかげか朝の時間に余裕が出来たため、お母さんに習って自分で弁当を詰めるようになった。

 殆どは少し残した昨夜のおかずを用いたり手間の掛かるものは冷凍食品で済ませるので、朝作るのは卵焼きくらいだが。


「おおぅ、今日も旨そうな弁当だ」


 広げられたそれらを前に呟いた黒部も、勝手に移動させた机に自ら持参した弁当を広げる。


「お前のは見事に茶色ばっかりだな」


 ご飯の上に敷き詰められたおかかは良いとしよう。しかし仕切りの向こう側には濃淡の差はあれど全部茶色だ。

 鶏の唐揚げは基本だろう。これくらいなら俺の弁当にも半切りのが一個入っている。しかしそれが3つも詰められた横に現れる濃い茶色のソースとんかつ3枚はやりすぎだろう。

 さらに続くのはコロッケの集団。一目見てそれが何か分からないが俵型の小振りなのが4個に円形の少し大降りなものが2個。これでかなりのスペースを食っている筈だが、残った部位を適当にカットされたウインナーが埋めている。

 以前はそれほど関心も興味も無かったが、自分で作るようになるとこの凄まじさがよく分かる。それら味の濃い過ぎるラインナップを隣のご飯だけで間に合わせられるのか疑問でならない。


「言われてみれば、そうだな」


 俺のと見比べてそんな事を呟くが、「漢らしかろう」など無駄に良い笑顔で言い放って掻き込み始めた。

 その姿は確かに漢らしいかもしれないが、見てたらちょっと胸焼けしそう。

 野菜がほぼ無いのに、なんであんなに食えるのか。

 そしてあれで何故横に太らないのかも理解出来ない。栄養バランスとか全く考えていないじゃないか。


「なんだよ、じっとこっちばっかり見て全然食ってねーじゃんか」

「クロベエさぁ」

「あん?」

「それって自分で作ってんの?」


 指差した先は当然弁当だ。


「おう。うちの親は夜勤ばっかだからな」


 そういえば黒部の家にはあまり遊びに行った事がない。その理由は確か、親が寝てるからだったな。


「それがどうかしたのか?」

「あまりにも野菜が無さ過ぎると思ってさ」

「あー、あんまり考えて作ってねーからなぁ」


 答える間も箸を止めないこの男、喋る間に口からカケラが飛び散らないのはいかなる技か。やりおる。


「冷食でカップに入ったのを売ってるだろ。あれ入れれば?」

「あるなぁ。でもあれって量の割に高くね?」

「高い」


 それは俺もお母さんと話して導かれた共通見解だ。

 味付けも好みのものが少ないので、夜の残り物というか弁当用に予め少し多めに作っておくことで野菜類を確保する事にしている。

 そのために夕飯の準備も手伝わされることになったが……。


「スペースも食うし少ねえし、入れる理由が無い。却下だ」

「……今の、なんかムカつく」

「フヒヒ」


 癇に障る笑声を漏らしつつ、黒部は更に飯を掻き込む。


「そうだ、良い事を思いついた。お前、俺のために弁当を作れ」

「断る」

「おまっ、即答とか酷くね!?」

「変な期待を持たせるよか良心的だろ」


 喚く阿呆はスルーしつつ、そろそろ弁当に箸をつけよう。

 以前は黒部の事を悪く言える義理ではないくらいに掻き込んで食らっていたのだが、どうやらその食い方は美容によろしくないらしく今はゆっくり食べるよう心掛けている。

 “さくら”が目の前の男のようにがっつく姿はちょっと避けたいと思ったのもある。

 そのおかげかどうかは知らないが、それほど量を食べなくても満腹感を得られるようになった気がする。

 “さくら”らしくない、といえば俺の口調もいい加減に何とかしなきゃいけないんだよなぁ。


「なぁ、クロベエ」

「ん?」

「俺の口調ってさ、やっぱ変か?」

「変っつーか、男のまんまじゃね?」

「だからさ、それってやっぱり変なのかって事」

「あ?」


 弁当箱を下ろした黒部は眉根を寄せた。


「言ってる意味がイマイチ分かんね」

「あー、つまりさぁ“さくら”として変じゃないか? って聞いてんの」


 そう尋ねるとようやく合点がいったのか、「ああ」と声を漏らす。


「変に決まってんじゃねーか」

「即答かよ」


 さっきの意趣返しか、逡巡も全く無く帰ってきた答えに苦笑が浮かぶ。

 それに対し黒部は水筒を傾けて中身の茶を大きく開いた口に直接注ぎ込んでいた。それを飲み込むと、さも当然といわんばかりに口を開く。


「当たり前の事を聞くからだろ」

「当たり前か?」

「おう。お前が比べてんのは“元”の薬王寺だろ?」


 その通り、と頷いて返すと黒部は呆れ顔で溜息を吐いた。


「お前、思ったよりアホだったんだなぁ」

「はぁ?」


 いきなりな言葉に眉根が寄り、声が気色ばんでしまった。


「だってよー、似せるつもりも素振りもねえクセしてそんな事を気にするとか、その時点で可笑しいだろ」

「う゛」


 そう言われると返す言葉が無い。


「で、今更そんな事を気にし始めたのは何か理由でもあんの?」

「いや、まぁ……あるって言えばあるけどさ」


 どう言えばいいか、と少しばかり頭を整理させながら水筒代わりのペットボトルを咥えて茶を一口含み、ゆっくりと飲み込んでいく。


「女らしく、とか今まで考えてなかったんだけどさ、なんか浮いてるなって思ってさ」


 ふーん、と黒部は軽い調子に応じて再び弁当に箸を伸ばすが、さっきみたいにがっつかず目はこちらへ向いたままだ。


「今は何も言わないけど、親もあんまりよく思ってないと思うんだよな。何だかんだ、一人娘だし」


 最初の頃とは比較にならないくらいに打ち解けたけれど、まだまだ壁のようなものを感じることがある。

 それはいつ無くなるのか、どうすれば無くせるのか。

 俺自身が“さくら”に近付ければ、それを無くす事が出来るのか?


「俺は薬王寺の親じゃねえから、そこんトコは分かんねーけどさ」


 そこで言葉を切った黒部は口の中のものを飲み込み、一頻り間をおいて再び口を開く。


「浮いてるかどうか、って聞かれたらやっぱ浮いてるな。でもそれは口調とか仕草がまんま男だからってだけじゃねえ」


 黒部の言葉に首を傾げた。


「ぶっちゃけて言えばさ、薬王寺は元から浮いてたろ」


 言われてみれば、心当たりが無いわけではない。

 それは女子としては大柄な体格だったり、正反対に小柄な俺とよく一緒に行動していたり、のんびり屋の上にマイペースだったり。

 別の言い方をすれば、どうしても目立つって事だ。


「だからお前が今更どうしたって、それで浮いてるのが無くなるワケじゃねえ。まぁ男丸出しで変な目立ち方してるのは否定出来ねーけどな」

「結局目立ってんじゃねーか」


 なんか回りまわっただけで結局最初に戻ってきただけのような気がする……いや、微妙に違うのか?


「だからさ。今更お前が“元”の薬王寺の真似を始めたって無駄だし、そもそも無理だろ」

「……まーな」


 はっきり言われるとぐうの音も出ないが、確かに無理だ。


「だったらやれる範囲でやれる事をやるしかねーんじゃねーの? それにさ」

「それに?」

「神崎なんか相変わらずマイペースに突き進んでるじゃねーか」


 言われてみればその通りで、柔らかで何処かふわふわとした緩い雰囲気は相変わらず。口調も何も“さくら”のまま。

 ややウェーブ掛かった長めの髪をブラシとドライヤーでセットし、以前のツンツン逆立てていた短髪は見る影も無い。

 なのに全く違和感を覚えないのはどういう事か。


「あいつなんて、お前の代わりをやろうとか全く考えて無さそーだろ」

「出来るとも思えねえけどな」

「だろ? だったらお前も同じってこった」


 黒部の言葉は理解出来る。理解出来るが、納得する事とはまた別だ。

 それが顔に出ていたのか、黒部はククッと可笑しそうに笑う。


「ンだよ?」

「いやー、お前アタマ固てーよってさぁ」


 ギロ、と結構強い感じで睨みつけてやっても、黒部は相変わらず笑ってやがる。

 やっぱりさくらの顔じゃ、迫力も何も無いんだろうな……。


「今の自分が変だって思うなら、変えたらいいんじゃねーの?」

「簡単に言うな」

「だからもっと単純に考えろって。お前も俺と同じで馬鹿なんだからさ」

「ちょっと待て、何で俺とクロベエが同列なワケ?」


 非常に心外な暴言に思わず椅子から立ち上がる。

 それを黒部は不思議そうな顔で見上げていた。


「え? 何? 自覚無かったの?」

「よし分かった。お前とは一度きっちり決着をつけなきゃいけねーみたいだな」


 なにやら勘違いしている馬鹿野郎に現実を教え込むべく舌鋒鋭く口撃を叩き込む。

 それは学食に併設された売店で昼食のパンやらおにぎりを買って帰ってきた三人が戻ってくるまで続く。

 そこにあるのはいつもと変わらない騒々しい一幕だけど、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。

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