1話:入学式
4月8日、高校入学式――。
待ちに待った高校生活。
中学時代の知り合いが誰もいない学校を選んだんだ。
過去の自分を忘れて、新しい自分になるために。
…もうあんな事、起こってほしくないから。
私は鏡で自分が暗い顔をしている事に気が付いた。
いけない!もっと明るくならなきゃ――!
慣れないブレザーを何度も触る。
変じゃないよね…?
私が3年間通う羽柴高校は、一昨年から共学制度を取った。
レベルも普通で、私の成績でも難なく入れる高校だった。
それに、制服が何より可愛い。
赤のチェックスカートに、紺色のブレザー。
セーターは白で、リボンはスカートに合わせて赤色だった。
でも制服に関して厳しくなくて、リボンやセーターは自由だった。
最初はやっぱり指定の制服を着るべきだよね。
そう思って私は購入した制服をそのまま着て来た。
鞄も自由だったけど、普通のスクールバックにした。
中学の時は黒のセーラー服だったから、地味だったなー。
ふと中学時代を思い出す。
思い出したくない事が頭をよぎった。
ダメダメ、忘れなきゃ!
気付くと降りなければいけない駅に着いていた。
私は鞄を肩から提げると、駅のホームへ降りた。
この駅を利用するのは大方この高校しかない。
だからホームは羽柴高校の制服の人達ばかりだった。
これなら迷わずに学校に行き着ける。
私はとりあえず、みんなに付いて行く事にした。
校門を抜けると、クラス発表の紙が貼られていた。
私は人ごみを掻き分け、紙が見える所まで前に行った。
んーと、私の名前は……あ、あった!
1年2組の欄に私の名前――田村陽菜と表記されていた。
勢いで校舎内へ入ったものの、教室がどこかわからなかった。
…というか、さっきから思ってたんだけど、男子が多い気がする。
私は少し不安になり、階段の前で立ち止まっていた。
聞けそうな女の子がいたらいいのに、さっきから男子の姿しかない…。
やっぱり、共学になったって言っても、女子の入学者数は少ないのかな。
すると、大勢いる男子の中に一人だけ女の子が歩いていた。
見た感じ優しそうだったので、私は声を掛けてみることにした。
「あ、あのね、教室わかる?」
「何組?」
女の子も不安そうな顔をしていた。
なので嫌な顔せず、私の質問に快く返してくれた。
「2組、なんだけど――」
「あ、私もなんだ!一緒に行く?」
「うん!」
彼女も同じクラスだった。
良かった、話せそうな女の子で。
その後、自己紹介をしあった。
彼女の名前は"大谷茉莉乃"ちゃん。
濃茶髪の腰まで伸ばすストレートヘアで、私より少し身長は高め。
彼女の優しい瞳が、私の心を安心させた。
2人でいると、何だか心強いなー。
茉莉乃ちゃんは堂々としているから。
教室はまだ数人しか来ていなかった。
私は自分の席を確認した。
よっしゃ!一番後ろだ!
私は自分の席に鞄を置くと、茉莉乃ちゃんの方を見た。
「私も後ろの方だよ」
茉莉乃ちゃんは窓側の後ろから2番目の席だった。
私は茉莉乃ちゃんの席へ向かった。
いいなー窓側。
私はそんな事を思いながら、窓からグラウンドを見つめた。
「――でも、良かった。女の子がいて」
茉莉乃ちゃんは席に着くと、嬉しそうにそう言った。
「私も」
「確か、クラスに5人くらいしか女子いないんだって」
「えっ!?」
知らなかった。
と、言う事はあと3人しかこのクラスには女子がいないって事!?
茉莉乃ちゃんは知っていたみたい。
「ホント、なの?」
「うん。それで、このクラスは3年間、変わらないんだって」
それも初耳。
私は驚いてばっかりだった。
「あ、じゃあ茉莉乃ちゃんと、ずっと一緒って事?」
「うん、よかったー」
茉莉乃ちゃんはニコッと笑った。
私も嬉しくなって微笑んだ。
入学早々、茉莉乃ちゃんみたいな優しい子と友達になれて、ホントに幸運だ。
すると教室のドアがガラガラと開いた。
教室にいるみんなは一斉にドアの方を見た。
「え…めっちゃ視線浴びてるやん、ウチ」
入ってきたのはまたもや女の子だった。
これで私を含め3人目。
その子は関西弁で話していた。
オレンジ混じりの茶髪のショートカットで、運動神経抜群そうな女の子だった。
その子は席を確認すると、私たちの方へ来た。
「羽柴柚葉です、よろしゅう。東京には来たばっかやねんかー」
緊張もせず自己紹介をしてきた。
やっぱり、さっぱりした性格の子なんだ。
私と茉莉乃ちゃんも続けて自己紹介をした。
「ヒナに茉莉乃ね。ウチの事は"ユズ"って呼んで」
「うん、よろしくね」
ユズも接しやすい子で良かった。
ホント、恵まれたクラスだ。
私たち3人は、他愛もない話で盛り上がった。
まるでずっと一緒だったみたい。
これってもう馴染めてるって事なのかな。
10分もしない間に、教室にはぞろぞろと人が集まってきた。
「あ、そろそろチャイム鳴るから、席についてたら?」
茉莉乃ちゃんの言葉で、私たちは解散した。
席について、改めて荷物を確認した。
私の前の席の人は、まだ来ていなかった。
両隣はもう来てるのに。
ふと茉莉乃チちゃんの席を見た。
彼女の後ろの席の人もまだ来ていなかった。
というか、まだ女子が2人来てなかった。
どんな人だろう、早く見たいなあ。
するとドアが開く音がして、私は反射的にその方向を向いた。
教室に入ってきたのは、とても美人な女の人だった。
黒髪にゆるいパーマが当たっている。
目の下にはホクロがあって、とても魅力的だった。
同い年には見えないくらい大人で、不意に私と目が合った。
彼女は挨拶代わりにニコッと笑うと、自分の席に着いた。
名前、聞きたいな…。
そう思ったけど、チャイムが鳴ったので席を立つのを止めた。
チャイムと同時に、もう1人の女の子が慌てて入ってきた。
その子は赤混じりの茶髪に縦ロールで、耳下で2つ括りをしていた。
とても小柄なのに、両手には荷物を一杯抱えていて、今にも落としそうだった。
彼女が席に着くと、先生もやって来た。
その後ろを追うように、1人の男の子が慌てる様子なく入ってきた。
「先生、伊達海斗は遅刻のようです」
「そうか。お前もギリギリだったな」
「はい。起こしても起きなかったので、放って来ました」
その男子は冷静に話していた。
先生に事情を話し終えると、彼は席に向かった。
彼は茉莉乃ちゃんの後ろの席の人だった。
そして、入学早々遅刻をしている伊達海斗という男は、おそらく私の前の席。
絶対にガラが悪いタイプなんじゃ…。
私はまた不安になってきた。
先生の話が終わった後、入学式が始まる。
私の親は絶対に来ない。
わかってるから、今更悲しくなんてない。
「じゃあ、体育館に向かうぞ」
先生の合図で私たちは席を立った。
その時。
慌しく教室のドアが開かれた。
ブレザーは腕まくりされ、ズボンもだらだらと穿いている男。
彼は荒い息遣いだった。
そう、彼が先程言っていた男――伊達海斗。
「涼平、てめぇ起こせって言っただろ!?」
彼はギリギリ遅刻にならなかった男子に怒鳴った。
一斉にクラスのざわめきが消えて、彼の怒声しか響いていなかった。
けれど涼平と呼ばれた男子は相変わらず冷静な態度だった。
「俺は起こしたけど、起きなかった海斗が悪い」
きっぱりとそう言うと、伊達くんは黙り込んだ。
その場を丸く治めようと、先生は口を開いた。
「…伊達、今日は免除してやるから、鞄を置いて並んでくれ」
「へーい」
伊達くんは適当に返事をすると、空いた席に鞄を置いた。
彼が私の前の席なんだ。
これから毎日遅刻とかだったら不安だなあ。
「俺、場所どこ?」
「海斗はそこ」
2人は昔から仲がいいみたい。
伊達くんは私の前に立った。
近くに来ると案外背高いんだ。
後ろから彼の背中を眺めていると、不意に目が合ってしまった。
「なに?」
「な、な、何でもないです!」
私はビックリして、同い年の人に敬語を使ってしまった。
伊達くんはちょっと不機嫌そうだったけど、それっきり彼と話す事はなかった。
――入学式。
式が始まって30分が経った。
隣に座ってる伊達くんは爆睡中。
何だかだんだんこっちに頭が傾いてるような。
チラッと横目で見るものの、起きる気配はない。
起こしてキレられたら恐いから言えない。
気にせず式に集中も出来ない。
あーもう、どうしたらいいの!?
そんな事を考えてると、トンっと左肩が急に重くなった。
想像したくないけど、ゆっくりと横を向いてみる。
予想通り、私の左肩に乗っていたのは伊達くんの頭だった。
ど、どうしよー!!
別にこのままでもいいんだけど…。
何て言うか、恥ずかしい。
伊達くんの顔を覗いてみるけど、起きる気配は全く無い。
起きて、起きて、起きて――!!
「……ん」
私の願いが届いたのか、伊達くんは目を覚ました。
今の状況を知ると、伊達くんは慌てて頭を私の肩から離した。
「わ、悪い。重かっただろ?」
「い、いや、大丈夫」
伊達くんは悪そうに謝ってきた。
案外、悪い人じゃないのかも。
「どれくらい肩に乗せてた?」
「あ、そんなに……2、3分くらい、かな?」
「ホントに悪ぃな。今度は気をつける」
そう言って伊達くんはまた眠りに付いた。
そこまで眠くなるくらい、昨日は寝不足だったのかな。
それから伊達くんは、こちらに頭が傾くたび目を覚ましては、また元の体勢で眠りに付くのを繰り返していた。
その光景に思わず笑ってしまった。
すると聞こえたのか、伊達くんは目を覚ました。
「…何か、面白かったか?」
「ううん。……でも、」
何だか伊達くんのイメージが変わったから。
彼も普通の男の子に見えてきた。
だから。
「少しなら、頭置いてもいいよ?」
彼にとってこの反応が意外だったのか、少し目を丸くした。
しばらくしてから彼は遠慮がちに、頭を私の肩に置いた。
入学式に何をしているんだろう。
親もいないし、少しくらいいいよね。
伊達くんのご両親はわからないけど。
でも伊達くんはぐっすりと眠ってしまった。
うん、眠たいときは寝るのが一番だもんね。
そしてそのまま式は終わった。
その後は自己紹介だった。
小柄は女の子の名前は"石田胡桃"さんだった。
少し天然っぽい感じで、接しやすそうだった。
伊達くんと一緒にいる男の子は"片倉涼平"くん。
そして美人で女の私でも見惚れてしまうほど魅力的な彼女の名前は"細川美桜"さん。
"美しい桜"という名前がピッタリだった。
みんなの自己紹介が終わると、今日の予定は終わり。
先生の合図でみんな教室を出て行く。
早くみんなの名前を覚えて、仲良くしていきたいな。
「田村さん」
すると、誰かが私の名前を呼んでいた。
鞄から教室に視線を移すと、私の前には細川さんが立っていた。
「私の事は"美桜"でいいから」
「あ、私も"ヒナ"って呼んで――」
彼女は私の顔を見ると、ふっと上品に笑った。
そんなに私、必死な顔でもしてたのかな。
「わかったわ、よろしくね」
美桜ちゃんはそう言うと、ひらひらと手を振って教室を出て行った。
私もそろそろ教室出ようかな。
荷物を確認してから、私は教室を出た。
ホントは石田さんとも会話したかったんだけどなあ。
靴を履き替えながら、そんな事を思っていた。
独りは何だか悲しいな。
なんて私らしくない事考えちゃって。
すると伊達くんと片倉くんと偶然会った。
「あ、さっきは肩ありがとな」
伊達くんは律儀にお礼を言ってきた。
片倉くんは何の事かわからずに首を傾げていた。
「へぇー、仲良く出来るんじゃん、海斗も」
「え?」
片倉くんは感心したようだった。
私は全く理解できなかった。
伊達くんは少し照れていたような気もする。
「いや、海斗って一匹狼みたいだから、あんまり女子も寄って来ないから、珍しいなあって」
「そうなの?」
私は伊達くんに聞くと、返事は返って来なかった。
代わりに片倉くんが返事をしてくれた。
「まあ、仲良くしてあげて。こう見えていい奴だから」
それは私も知ってる。
さっきの式の時も、すごい親切に謝って来たから。
私は素直に笑顔で頷いた。
「うん、知ってる」
その時の伊達くんの反応など知る由もなかった。
片倉くんは何かに気付いたようで、ニヤニヤ怪しい微笑を浮かべていた。
そして私たちは別れを告げた。
やっぱりあのまま2人と一緒に帰ったら良かったのかな。
でも、出会ってすぐ一緒に帰って、噂とかたってもあっちが迷惑だもんね。
……噂。うわさ。ウワサ。
私の頭の中で嫌な記憶が蘇ってきた。
それを振り払うように前を向くと、校門付近に石田さんが立っていた。
あ、話せるチャンスだ!
私は駆け足で石田さんの所へ行った。
「石田さんっ」
「ん?あ、えーっと……田村、さん?」
石田さんはゆっくりとした口調だった。
私は明るく頷くと、彼女もつられて微笑んでいた。
「私の事は、"胡桃"でいいよ。これからも仲良くしてね」
「うん!私も"ヒナ"って呼んでほしい」
すると胡桃ちゃんは柔らかい笑顔で頷いた。
「…誰か、待ってるの?」
「うん…」
胡桃ちゃんは少し頬を赤らめながら頷いた。
もしかして、彼氏とかかな。
そう思うと一緒にいたらお邪魔だと思い、私は胡桃ちゃんと別れた。
彼氏、かあ。
私には一生、ご縁のない話。
私に、彼氏なんていてはいけない。
また、同じ事を繰り返すのなら、いない方がいい。
……また、暗い顔しちゃってるなあ。
情けない、と思った時、手の平に何かが落ちてきた。
とっさに顔を上げると、私の頭の上は桜の満開だった。
そういや、彼ともこんな場所で、出会ったっけ――。
いつの間にか私の頬には涙が伝っていた。
その涙は止まる事を知らず流れ続けた。
――大貴。
私は心の中で、彼の名を呼んだ。