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4.解かれた自己暗示 (春日視点)




 悠日に、告白された。

 そして春日は悠日を拒んだ。

 家族の崩壊が怖かった。

 誰にも祝福されない恋が、怖かった。

 もし、と思う。

 たった二人で生きていく力があったならば。

(私は悠日の気持ちを受けいれた?)


 先刻の別れ際。

 なぜか春日には悠日がとても儚く見えた。



 授業が始まるチャイムの音が聞こえる。

 でも、春日は図書室でいまだ立ち竦む。

「悠……」

 名前を言葉にすれば、胸が締め付けられるように軋んだ。

(なんで、私、こんなに切ないの?)

 わからなかった。

(なんで、こんなに――こんなに悠日に今すぐ会いたいと思うの?)

 自覚してはいけないと、頭の中で警鐘が鳴らされた。


 その時。


 ドクン、と大きく鼓動が刻まれる。

 これは、胸騒ぎだと悟る。


 無意識下で呟いたのは、双子の弟の名前。

 制服のポケットに忍ばせてあった携帯電話が振動した。

 なぜか、嫌な予感しか、しなかった。

 この電話に出ては、いけない。そんな予感がする。

 けれど、春日はポケットから携帯電話を取り出した。

 振動する二つ折りのそれをパカリと開き、画面を確認すれば、相手は母だった。

 疑問に思いながら、通話ボタンを押す。

「もしもし、お母さん?」

 電話の向こうが騒がしい。

「え、なに? もう一回……」

 言って、という春日の言葉は続くことなく。


『春日! 悠日が事故にあって病院に運ばれたの! 今すぐN総合病院へ来なさい!』


 切羽詰った母の声が、遠くで響いた。




***   ***




(本当ハ、ズット前カラ気ヅイテイタ)


 母からの電話を受け、春日はすぐに指定された病院へと向かった。

 学校からは徒歩距離であるため、教師が車で送ると進言してくれたが、街中であるため日中混む道を通らねばならない。ゆえに断った。


 ビルが並ぶ街。

 平日にも拘わらず、人で混雑していた。

 そのすべてが邪魔だと思うくらい、春日は必死に走る。

 冬なのに、大量の汗が流れた。

 頬に伝う水滴。

 きっとこれは、汗だ。春日には泣く理由などない。

 きっと悠日は軽症で。病院で簡単な治療を受けているだけなのだ。

 不安に抱く必要など、なにもない。

 それでも、鼓動が大きく撥ね続けた。

「悠日――」


 悠日が事故にあったことを聞いた瞬間、春日の世界は歪んだ。

 悠日を傷つけた後になって、春日は自覚してしまった。

 本当は、もう何年も前から悠日に恋をしていたこと。

 だが、春日は認められなかった。実弟を好きだという事実を。

 ――だから。

(私は目隠ししてたんだ……)

 ――そのために。

(貴方を傷つけた)

 この恋を、思い知る前に。

 でも、もし、認めていたら? 幸せになれただろうか? 祝福してくれただろうか? 無理やり離れ離れにされることがなかったと、言えただろうか?

 春日にとって、悠日への恋を否定することは、一緒にいるために必要な行為だった。


「悠…日……っ」

 もう一度、大切な男の名を呼んだ時。

(――え?)

 突如、体の力が抜ける。

 ガクン、と足に力が入れられなくなり、地面に膝をついた。

「……な、に?」

 いわれのない恐怖に襲われる。そして、頭の中で、優しい声音が響いた気がした。

「悠……?」

 不思議な現象に首を捻る。

 けれど、今はその理由を考える前にしなければならないことがあった。

「早く、病院にいかなくちゃ」

 どうやら力が抜けたのは一瞬だけのことだったようだ。すぐに春日は立ち上がると、再度走り出した。




 無我夢中で走りながら考えるのは、力が抜けた時に聞こえた、悠日の声。


『春が、好きだよ』


『ずっと言葉に出せなかったのは、困らせたくないから。離れたくないから』


『君に、嫌われるのが怖いから――』


『大切なんだ』


『春を失ったら、俺は死んでしまうとすら思った』


『俺以外の誰かに恋をすることが、当たり前のことだとわかっていた。わかっていたけれど――春を見れば、切なくてもどかしかった』


『どうしようもないことだとわかっていたのに、どうして血が繋がっているのだろうと、何度も考えてしまった』


『だけど』


『春には幸せでいてほしい』


『いつも笑顔でいてほしい』


『俺の告白が邪魔になるのなら、どうか忘れてくれて構わない』


『――俺の存在が春の幸せの邪魔になるのなら』


『どうか、俺のことを、忘れて――』


 悠日の言葉が、春日の胸に深く突き刺さる。

(悠日、悠日、悠日……っ。お願い、そんなこと、言わないで。私は謝らなくちゃいけないの)




 春日は総合病院の正面玄関をくぐる。

 案内窓口近くに、洋菓子店を手伝う叔父が立っていた。悲愴な表情に、不安がかきたてられる。

「春日! こっちだ」

 叔父が腕をひいて春日を悠日の場所まで連れて行く。


 そして、閉じられた部屋の扉を、叔父が開き、春日は入室した。



 号泣する母。

 うずくまるように肩を震わせる父。


 血色を失わせて瞼を閉じている、悠日。


「悠……日……?」


 震える声で、悠日の眠る寝台まで近づく。

「悠日、悠日? ね、お母さん、悠日、無事なんでしょ?」

 春日は悠日の頬に触れる。

 少しあたたかい。けれど――。

(どうして、私の手、こんなに震えるの……)

 自分で自分がわからない。

 肩に、大きな手が置かれた感触がした。

 だが、春日は振り返ることもしなかった。

 手の主である叔父は、静かに告げる。

「悠日くんは、先刻――」


 ああ、と春日は思った。

 涙を流すことを忘れるくらい、呆然とした。

 自分が生きている実感も失うくらいに、世界にたった一人取り残されたかのように、ただひたすら立ち竦むことしかできなかった。


 そして、生気を失った目で、心の中問うた。


(神様――これは、自分の心に背いた罰ですか?)

 それとも。

(――禁忌を犯した罰ですか?)




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