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テントの中の4人

作者: 桜井 裕之
掲載日:2026/10/29

一体ここは何処だろうか…夕暮れ時の真夏の空…地平線かなたより聞こえるさざなみの音…ついさっきまでスコールが降っていたのだろうか?砂浜が褐色をおびて広がっている…そう、ここはどこかの海岸。1人の青年が押し寄せる小波に少し足がかかるくらいの距離で砂浜を歩いている。オレンジ色に染まる空に切れ長の雲が、いくつも重なりながら浮かぶ光景を横目で眺めながらひたすら歩く…ときおり海の方向から吹いてくる強い風が、金髪リーゼントヘアーで決め込んだつもりになっている男のアロハシャツをなびかせた。


(おおー、見えてきたぞ。あれがそうなのか?)


男は自分の立ち位置から200メートルくらい離れた海岸沿いに緑色の大型テントらしきものを発見した。


(行ってみるか。けっこう歩いたぞ、ここまで来るのに…)


近づいてみると確かに大きなテントだった。入口付近まで来ると足跡を発見。すでに来客者がいるようだ。中を覗くと先客と目が合った。その男はテント内に散らばるように置かれてある椅子に座り無糖缶コーヒーを口にしていた。


「お邪魔しますっ~アレ?」

「…うん?寺崎か?お前どうしてここに?」

「土橋さん?えっ?どうしてここにいるんすか?」

「いやぁ~どうしてだろうねぇ~、まあ、呼ばれちまったっつーか」

「そ、そうなんですかぁ、緑のテントってここでいいんすよね」

「知らね~よ、俺に聞くなよ。つーかお前はなんでここへ来たのって聞いてるんだけど」

「ああー、いや、俺も呼ばれて来たようなもんすよ、この海岸沿いでテントが目印だって。来て見たら先輩がいたんでびっくりっス」


寺崎は少し疲れた表情を無精ひげを生やした土橋に向けながら椅子に座った。打ち寄せる波の音が心地よく鳴り響いている。土橋はチラッと寺崎を見るとつぶやくように言った。


「あのよぉ、お前に聞かなきゃならねぇことあるよな。どうやってここに来たのか…その詳しいことをよぉ」

「そりゃあ俺だって同じっすよ、なんで先輩がここにいるのか…まったく見当が付かないっす」

「ふ~ん、どうやらお互い、何も知らされてないって感じだな」

「そうすねぇ~ちょっと頭の中がこんがらがってきましたぁ」

「他に誰か来るって言われた?何人かくらい…集まるとか」

「いえ、とくに細かいことは…よく分からないっす。ただ、ここへ来いって」

「へえ~俺も同じようなもんかなぁ」



空はだいぶ暗くなっている。オレンジ色だった空は赤みが増し、雲は黒く変色しテント内は明かりを必要としていた。一方、海岸とは反対方向の陸地側から2人の男が談話をしながらテントに近づいてくる。1人はスキンヘッドに黒いシャツを着ていた。もう1人はボブカットでインテリっぽいメガネをかけている。


「よっ、池内、あのテントじゃないの?」

「そうだね、間違いないね、テントが目印ってことだし」

「なあ、その情報って俺が聞いた話と同じなんだけど、お前さあ、俺もいっしょだっていうの、ホントに知らないんだよな」

「知らない知らない。ここへ向かう途中、君に出くわして僕もびっくりだよ。まさか目的地がいっしょだなんて」


黒シャツをなびかせながら村田が砂浜で何かに足を引っ掛けた。


「おおっと!なんだこれ?物干し竿かぁ?なんでこんなところにあるんだぁ?」

「危ないよね、でも、こんな場所に物干し竿とか…洗濯物をここで干したりする人がいるのかな?」

「うん?おい見ろ、テントに明かりが灯ったぞ。先に来てる人がいるんだ」

「行ってみよう。いい加減、歩き疲れた」


2人は中に入りまわりを見渡すと先に到着していた2人を見て驚かずにはいられなかった。


「ど、土橋さん、それから寺崎も…ええっ?なんでここに」

「お前ら…村田と池内か。何しにここへ来た?」

「俺もびっくりっす。いやぁ、さっきから驚いてばかりっすよ」

「僕と村田くんはここへ来る途中で出会ったんですよ、2人でいろいろ話してみたらこのテントに来るようお互い知らされていたみたいでして。ちょ、ちょっと座っていいですか?」

「ああ、適当に座ってくれや、つーか俺のテントじゃねぇけど」


テント内に散らばっていた椅子はちょうど4人分あった。しばらくの間、彼らは取りとめのない雑談をし、テントの中から豪快な笑い声が響き渡っていた。


「で、つまりお前がバイクを転がしてたら車にちょっとぶつかって、その車に追い掛け回されたと」

「そうすよ、でも道が狭かったもんで、今考えると車が先にぶつかってきたとしか…行き止まりだったんで車から降りてきたんすよそいつ。そしたら俺なんかよりずいぶん背の低い小さい奴で。だからハッタリでそいつに近づいて上から目線で見下ろしたんすよ、それだけでそいつビビッちゃって。あとは想像に任せるっす」

「だめだぞ寺崎、弱い者いじめは」

「弱い者いじめとかしてないっすよ。こっちはバイクで向こうは車じゃないっすか。あっ、そういえば村田さん車を安く売ってくれる話、どうなりました?」

「ああ、わりーなぁ、売っちまったよ、ついこの間な。いや、バイク好きのお前が本気で車が欲しいなんて思えなくてよ」

「そんなぁ~、マジで村田さんが乗ってたあの車、欲しいって思ってたのに」

「なんだよ寺崎、車なら新車を買ったほうがいいぞ、バイクと同じように愛してやらなぁ」

「いやいや、バイクは恋人にできても車にはそんなに愛情とか湧かないっすよ」

「そろそろ人間の恋人を見つけろよ寺崎。なあ!」

「ほら、いつかは土橋さんにも言われるだろうと俺も思っていたんだ」


ジョークまじりの談話が続いていたが皆が作り笑いをしていることは誰もが気付いていた。雑談も一段落がついて静まりかえったその時、池内の発言がテント内の雰囲気を変えることになる。


「あのさ、あのこと…大丈夫かな?誰かに見つかるとか…確かに僕ら、深く掘っていたし、あの深さなら簡単には見つからないと思うけど」


静寂の中、誰もが口をつぐんだまま顔色変えずじっとしていたが、池内の隣にいる村田が彼の顔を覗き込み、蚊の泣くような小声でつぶやいた。


「見つからないだろ?なんか…気になることでもあるのか?」


そう言われて池内は凍えるような声で言った。


「いやぁ、そうなんだろうけどさ。なんというか…あの時のことを考えると胸が苦しくなるというか…」


すると土橋が組み立て型のテーブルに置かれた缶コーヒーを一気に飲み干し、椅子から立ち上がるとゆっくりと池内の方に向かって行った。そしていきなり池内の頭めがけて強烈な回し蹴りを食らわせた。池内はうめき声を上げながら椅子から転げ落ちた。メガネは弾き飛ばされテントの壁にハネ返されて倒れた池内の頭の上に落下した。土橋は倒れこんだ池内の胸ぐらを掴み、強引に起き上がらせ野太く低い声で池内の耳元に囁いた。


「おめぇ~おかしなこと考えてるんじゃねえだろうなぁ~胸が苦しくなってどうするっていうんだ?出頭とかしてみろ、ただじゃ済ませねぇ~ぞ」


池内は顎をガクガクさせながら震える声で「分かってる…分かってるよ」と言うと、土橋は池内を突き放し、元の椅子に座るとまわり全体を見渡しながら言った。


「なあ~、そろそろ本題に入ろうか。俺達ひとりひとりがどういう経緯でここに来ることになったのか…1人ずつ話していこうや」


空はすっかり暗くなっていた。テントに明かりが灯っていることで、まわりの景色とはより孤立しているかのような寂しさが漂っている。土橋がこの場に居合わせた連中の様子をひとりひとり窺っている。ある者は体が硬直し、ある者はそわそわしながら目をキョロキョロさせ落ち着かず、ある者は下を向きうなだれた表情を見せていた。土橋が意を決したように皆の顔を覗きながら重々しく口を開いた。


「じゃあ~、俺から説明させてもらうわ。1週間くらい前によ、以前お前たちとよく飲んだあの行きつけの居酒屋でな、一人で飲んでいたわけよ。何気に飲んでいたら後ろから肩を叩かれてな、振り向くと白髪頭で丸メガネをかけ髭をボーボーに伸ばしているオッサンがよぅ、私はアンタの秘密を知っている者だ。話を聞きたければここに来いと言ってきて紙切れを渡されてな。その直後にそいつは席を立ち店から出やがった。咄嗟に追いかけようとしたが店を出た途端、そいつの姿は消えていた。家に帰ってからその紙切れに書き込まれたヘッタくそな地図を見ながら気になって仕方がなかったのよ。日付は記されていたが時間はとくに指定されてなくてな。行こうか行くまいか迷ったが秘密ってのがどうにも気がかりでなぁ~、それでここに到着したってわけよ。テントの中には誰もいないわけじゃん。しばらくはその周辺を歩き回って…とくに何も無くてな、それでこのテントの中で待機してたわけだが…俺はその間いろいろなことを考えどうするか頭の中で整理していこうと。そいつが現われたらヤッちまうかとも考えたりなぁ~ハッハッ。そうしたらお前たちが現われたってことよ。不思議だろ?このメンツが揃うっていうのは」


土橋は背筋を伸ばし腕を組みながら深呼吸をすると「俺の話は以上だ。いまのところ話せるのはここまでだ。お前らの話を聞かせてくれ」と言いながら3人の顔色を窺った。下を向いていた寺崎が顔を上げ、ほそぼそとした口調で話し始めた。


「俺は…そうすねぇ…5日くらい前に行きつけのパチンコ店で暇をつぶしていたんすよ。しばらく玉打ってたらいつの間にか隣に人が座っていて…その人が耳元でささやくわけっすよ、調子はどうだい?とかこの盤はいただけね~なぁとか、くっだらない会話のやりとりが始まって…。顔を見ると髪の毛が真っ白で…そう、ふちの丸いメガネを掛けていたっすよねぇ~それから顎から口元にかけて髭を生やしていたっすよ、その人が帰り際に財布を出してその時に写真が落ちて俺の膝元に落ちたんすよ。落し物だよって言ってその人を追いかけようとしたんですが、どこへ行ったのか見失っちまって…。それでその人が落とした写真を見たら何というかゾッとしたんすよ。見覚えのある雑木林だったんす。裏めくったら地図が書き込まれていて日付の横に小さな字でココへ来なさいって…。なんつーか気になって仕方ないじゃないすか?それで行ってみることになって…それでテントを発見して中を覗いたら土橋先輩がいるじゃないっすかぁ~マジでびっくりしたっス!」

「お前さぁ~その写真っていま持っているか?」

「ああ、ちょっと待ってください」


寺崎はカーゴパンツのズボンから手探りで写真を取り出し土橋に渡した。土橋はその写真を怪訝な表情で眺めた。だが、しだいに手がワナワナと震えだし足のかかとを床に打ちつけながら、その落ち着かない様相に寺崎はゾッとした。土橋は写真を寺崎に返すと自分の頭を撫でながら冷静さを装うかのように彼に言った。


「まあ、何つーか、それを落とした奴の趣味じゃね~のか?そこらへんにある林の中を歩いて適当に写真を撮って……でもよ、一応、俺に連絡してくれてもよかったよな。なあ~寺坊よぅ~」

「いやぁ~先輩に相談しようかなとも思ったんすけど。でも考えすぎかなとも思ったんすよ。とりあえず俺だけ呼ばれたのならちょっと行ってみて判断しようかなと」

「まあいいや、お前のことはだいたい分かった。んで、村田!お前の話を聞かせてくれや」


スキンヘッドの村田は火の付いていないタバコを指でくるくる回しながら前かがみになり、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「俺は…そうだね、4日くらい前だけど…自宅でゲームやってる時に玄関先でチャイムが鳴ったんで、行ってみたらお届け物ですって。30センチくらいの…そう、こんくらいの箱だったんだけど。すごく軽くてね。部屋に戻って開けてみたらメモ帳を破ったような小さな紙きれだけが入っていた。そこにはボールペンで書かれた地図やら番地やら日付…下のほうに小さくここへ来いと。何だぁ~これはぁ~とそりゃ思うわけよ。でも、何か気になってさ。とりあえずこの指定された日に行ってみるかと。ここから少し離れているけど適当な場所に車を止めて、地図に書かれた目的地と記されているテントのある場所まで歩いていったわけさ。そうしたらいつの間にか自分の前を歩いている男がいるじゃんか。それがいま隣にいる池内だったわけ。2人で話をしていたら目的地が一緒だったんでお互い気味が悪くなっちまって」

「それでお前に届け物の箱を渡した人というのは…どんな奴だ?」

「あまりハッキリとは覚えてないけど…アタマ真っ白だったなぁ~ふちの丸いメガネ掛けてて…そう、汚ったならしい髭を蓄えていたよ。何日間も風呂に入ってないような…」

「おい、村田、気付かねぇか。俺たちが出会った奴というのは同一人物だ。間違いねぇだろ!」

「…確かに。でも、そうだったとしたら何っだっていうんだ?」

「そいつが今日、ここへ来るんだ。俺たちはそいつに会うためにここにいる」

「いや、だから…何のために?」

「それを確かめるんだろ?いいか、俺たちには共通の秘密っつーのがあるよな。本当はお前らも分かっているんだろ?その秘密と関わり合いがあるかどうかってのをよ、是が非でも確かめる必要があるだろ」

「まさか…」

「おーよ、その時は…ちと暴れるかも知れねぇな。お前らも準備しておけよ!」


4人は椅子に座っていたが、すぐにでも動き出しそうな気配を漂わせ、テント内の空気を伝わってピーンと張り詰めた糸がいくつも張り巡らせているかのような雰囲気となった。しばらくするとひとりの青年がそおっと手を上げた。池内である。


「あ、あの~、僕、まだ話をしてないんですけど」

「はあ?」


土橋がゆっくりと首を池内のいる方に向け、充血した目で彼を睨み付けた。


「……そうだな。まだお前の話を聞いてなかったな。それは悪かった。いいよ、話せよ。まあ、進展は無いだろうけどよ」

「じゃ、じゃあ話します。僕は3日ほど前に図書館に行った帰り、バスに乗って家に向かう途中だった。座って景色を眺めていたら後ろからドンドンと足か何かで椅子を叩かれて思わず振り向こうとしたら、振り向かなくていいって言われた。その直後に紙切れを持った手が僕の首筋まで伸びてきて渡されたんだ。その紙には地図とか番地が書き込まれていて下の方にここへ来るようにと汚い字で記されていて、それで僕は振り向かずに誰?と尋ねると来れば分かるよって言われた。それからまもなくバスが止まってその人が降りようとしたから僕は思い切ってその人の顔を見ることにしたんだ。そうしたら頭真っ白けの真っ白けで丸っこいメガネを掛けててヒゲも顔の下半分が全部隠れるくらいウジャウジャ…」

「バッキャロー!結局同じじゃね~か」


土橋は椅子から立ち上がりテーブルを思い切り蹴っ飛ばした。そのテーブルが入口付近にセットされたサーチライトに直撃するとライトの向きが変わり、その光がテントの外にいる人影を映し出した。何者かが大きな容器を担いで何か液体をテントのまわりにばら撒いている様子がシルエットの姿でもしっかりと認識できた。


「おい!外に誰かいるぞ!」


土橋が大声で叫ぶと村田が振り返りながら立ち上がり外の様子を窺おうとしたその矢先、入口に一人の男がライターを片手に持って現われた。「終わりだ」と呟いたその男は急いで後ずさりするとライターをテントに投げつけた。またたく間にテントのまわりが轟音と共に炎に包まれた。特にテントの後ろには燃えやすい物がもともと置かれており火のまわりが速かった。中の4人は悲鳴を上げ、テントから出ようとする。先に入口に向かったのは村田である。男はあらかじめ足元に用意していた物干し竿で村田の鳩尾(みぞおち)を鋭く突いて後方に押し返すと後ろにいた池内と寺崎に当たり、3人とも重なるように倒れた。


「てめえ…このヤロウ…」


すでに体中が炎に包まれている土橋が倒れこんでいる3人を踏みつけながら男に歩み寄った。両手を上げ襲いかかろうとしたところを後退しながら物干し竿で土橋の喉笛を突き刺す。うめき声を上げる土橋…男は体の大きい土橋を何度も突き放しながら力ずくでテントの中に送り返した。


「わあ~わあ~わあ~わあ~わああああああああああああああああぁぁぁぁ~」


倒れていた池内が喚き散らしながら立ち上がると、そこら中に体を打ち付けながら次第に炎に包まれていき、ゼンマイの切れた玩具のように体の動きが止まるとそのままうつ伏せに倒れた。髪の毛から黒い煙を噴出している寺崎はしゃがみ込んだ状態のまま静止している。村田は体中が炎に包まれながらも立とうとしたが、すでに火だるまとなっている土橋がついに力尽きて倒れる際、その下敷きとなり動かなくなった。倒れてしまった土橋は首だけが動き、男の行方を目で追っているようにみえたが、やがて彼もまったく動かなくなった。その後、男は変装用のかつら、メガネ、ヒゲ、容器や物干し竿などを炎に包まれるテントに向けて放り投げていく。


男は燃え盛るテントを恍惚に見つめていた。炎は夜風に吹かれながらゆらゆらと蠢き、男の顔を照らし続けた。波打ち際は炎の動きに合わせて赤黒く染め上がり、空は煙が覆って星が見え隠れしている。



4ヶ月ほど前にさかのぼる。坂口茂夫は金物屋を営む店主だった。店は小さいが品物は豊富で客が途絶えることはなかった。妻を病気で亡くし、今は高校2年生になる娘と2人暮らしである。この日も朝はキッチンで親子2人向かい合いながら食事をとる。娘の良子が携帯をいじりながらなかなかご飯を口に運ぼうとしない。


「おい、良子、メシくらいスマホ置いて食べられんのか」

「うーん、だって」

「母さんにいつも怒られていただろう、さっさと食事を済ませて学校に行きなさい」

「わかった。あ、そういえば今日、誕生日じゃない?お父さん」

「うん?そうだったかなぁ~」

「そうだよ。もうろくしたの?その歳で。しっかりしてよ」

「いやなぁ、誕生日ってのは若い時は意識するもんだが、歳をとっていくとだなぁ~、だんだんどうでもよくなるんだ」


良子は学校に行き、食事の後片付けを済ませた茂夫は店内を見てまわり、掃除をするなり商品を並び替えたり店開きの準備をした。この日もいつもと変わらない平穏な一日になることを信じて茂夫は仕事に励んだ。夕方になり茂夫は夕食の準備に取り掛かろうといったん奥の部屋に入った。


(なんだ良子のやつ、まだ帰ってきてないのか)


客の声がして再び店に戻る。顔を見れば常連の客である。レジ前で10分以上も世間話をして客は店を出た。時計を見ると19時をまわっている。茂夫は用事を思い出し、良子に頼もうと部屋に入るとまだ帰ってきていない。


(まだ帰ってないのか。どこをほっつき歩いてるんだ)


茂夫は店を閉め、夕飯をテーブルに置いて一段落ついた。時計は20時を過ぎたところである。彼は計算機と売上票をテーブルに置きしばらくは事務的なことをしていたが、新製品の関係で気になる商品の在庫を調べるため店内を見てまわった。その作業はすぐには終わらずいったん部屋に引き上がると時計は21時を過ぎている。娘はまだ帰ってなかった。たまに帰りの遅い時がある。友達の家に上がりこんだか、あるいはどこかに立ち寄ったか…しかし茂夫がちょっと気になったのは連絡がないということだった。いつもは大抵20時くらいには一本くらいは連絡をよこす。


(まったく何をしてるんだか良子は…)


22時をまわり、23時になっても良子は家に帰らず連絡もなかった。さすがに心配になってきた茂夫は良子が知る知人や親戚の家に電話を掛け、そこで良子が世話になってないかを尋ねたが、会ってもないし、ここには来ていないと言われた。


(友達の家にいるのか?だとしたら調べようがないしなぁ。学校はこんな遅くやってないだろうし…学校?ちょっと掛けてみようかな…)


電話に出たのは警備関係の人だった。一応調べて何かあったら連絡すると言われ、一応、警察にも連絡をしたほうがよいとも言われた。茂夫は朝が来るまで待つことを決めた、そして次の日の午前9時すぎくらいに学校に連絡して、もし娘が学校に来ていなければ警察に届出を出そうと決めて、その日は寝室には行かず、商品売り場の椅子に座り仮眠をとった。


次の日の朝、茂夫は2階に上がり娘の部屋をノックする。返事がない。そお~とドアを開けるとそこには静まり返った空気が漂い、いつもなら膨らんでいるベッドの掛け布団がぺちゃんこになっている。人がいないからだ。その後、茂夫は午前9時に学校に連絡し娘が登校していないことを確認すると、警察に届出を出している。そしてその日も良子は帰らなかった。娘は蒸発したのだ。


良子のクラスメート達からは有力な手がかりは得られなかったと警察は言っている。近所では家出ではないかと噂されている。しかし茂夫に言わせるならば娘は家出するような理由があるわけがなく、その噂をもみ消しにまわっていた。さらに茂夫にとって頭が痛いのは家出情報の出どころが警察から漏れているということであった。警察が家出だと推測しているのである。茂夫は警察は当てにならないと思い、独自のやり方で娘の足取りを追うことにした。近所に住んでいる人なら手当たり次第、娘の行方について聞いてまわった。すでに1週間が過ぎようとしていた頃、茂夫は繁華街から少し離れたところにある路上で一人のホームレスを発見し、茂夫はこの男から有力な情報を手に入れたのである。


この男の目撃情報によると4人組の若い男たちが女子学生をワゴン車に連れ込むのを物陰に隠れながら見たと言う。その学生の特徴を聞くと娘の良子に共通するところがいくつかあった。さらに4人の男たちの特徴も聞いた。その連中とはこの路上ではたまに見かけるらしく、一人は大柄で無精ヒゲを生やし、もう一人はつるんつるんの頭にいつも黒っぽいシャツを着ている。他の2人は金髪リーゼントにおかっぱ頭でいかにも下っ端という感じ…茂夫はその付近に住む人たちに4人組について聞き込みを行なうと、この近くにある居酒屋に集まっている姿を何回か見ているという話を聞くことが出来た。


それからというもの、茂夫は毎日のようにその居酒屋で張り込むことになった。ある日、茂夫がその居酒屋に入ると後方のテーブルに若者たちが座っているのを目撃した。人数、頭の特徴、それらが一致した。茂夫はまわり込んで男たちの背向かいにある席に座り集音器を付けると耳をそばだてた。


「しっかしよぅ~あの娘、歳のわりにはイケてたよな、まあ、俺は1番手だったけどよ」

「先輩がハッスルしている間、俺は居ても立ってもいられなかったっすよ、そこらじゅう駆けずり回っていたっす」

「僕なんて一番、最後でしたからねぇ~。でもその時にはすでにグタァ~となっていて…すでに気絶していたようです」

「なぁ~ところで俺たちが埋めた場所、本当に見つからないと思うか?もうちょっと場所…考えたほうがよかったんじゃないか?」

「いや、あそこは閉鎖したトンネルがあって民家もないし、ほとんど人が踏み入ることのない場所だ。遠ければいいってものじゃないんだよ」

「そうっすねぇ、あの付近の雑木林は周辺に何もないっすよ、もっともあそこを選んだのは俺っすけど」

「裏山に春日神社があるじゃないですかぁ」

「そこに続く道はいまじゃ立ち入り禁止区間すよ、誰も通らないし、あの林に向かう道中、崖になっているからやっぱり踏み込めないっす」


その日、居酒屋を出た茂夫は家に帰り彼らが口にしていたことを整理していた。連中が娘を拉致した目的は強姦か?茂夫の心にとてつもない怒りと悲哀感がこみ上げてきた。彼は震える手でロードマップを広げ、娘が通っていた高等学校を軸にしてその周囲を調べた。トンネル跡地、春日神社、そしてその神社があるとされる山や崖になっている箇所…


(あった。春日神社…良子が通っていた学校から…車で30分くらいのところか…以前この近くに行ったことはある。確かに民家がちらほらある程度で、ほとんど人の住んでいない地域だ)


その次の日の朝、茂夫は臨時休業と書かれた札を店の入口に掛けると、急ぎ早に車に乗って昨日の夜に調べた場所まで行くことになった。実際、現地に行ってみると車が通れる道を探すだけでも一苦労だった。もうこれ以上、車では進めないというところまで行き着くと、車から降りて歩いて春日神社方面に向かう。ふと前を見るとうっそうとした雑木林が広がっている。朽ち果てた樹木が視界を遮るかのように生えていた。彼はそれら樹木の中でも一際高くそびえる木を焦点にして写真を撮り、この日は帰ることにした。


居酒屋を中心に彼らの行動を追っていた茂夫だが、次第に連中の行動範囲も掴めてきた。彼らは居酒屋以外にもその近くにあるバッティングセンターや深夜営業も行なっているコインランドリーに4人揃って入り浸っていることが分かった。その後、ひとりひとりを個別に追跡し、彼らの住む家、交通手段、立ち寄る遊び場などをチェックし、おおよそのことが把握できた茂夫は彼らをどこか1カ所に集め、決定的な証拠を掴んで警察に報告することを考えた。それで海沿いの人気にない場所にテントを設けICレコーダーでも仕掛けて彼らの会話を録音するつもりでいたのだ。誰もいない場所なら普通の声でしゃべり続けるだろうと茂夫はそう考えた。この時の茂夫はまだ平常心を保っていられた。


そして計画を実行に移す時が来た。まず最初に揺さぶるのがリーダー格の土橋。秘密を知っていると言えば、いろいろ悪さを働いているだろうと思う土橋のことなので、彼は何の件だ?と頭の中をグルグル回し始めるに違いあるまい…後は誰でもよかったが見つけ次第、地図を渡し一人一人おびき出せばいいと茂夫は思った。ただ、あの写真付きの地図を誰に渡すか少し迷っていたのだ。茂夫は4人組の中では一番下っ端だろうと思う寺崎にそれを渡すことを思いついた。コイツなら仲間に連絡しまくるのではないかと、この時の茂夫はそう思ったのである。午前11時頃、たまたまパチンコ店の中で寺崎がいるのを発見した。そして隣に座り写真を渡す……呆然と写真を眺めている寺崎を茂夫は隠れながらで見ていた。


寺崎は案の定すぐに店を出た。茂夫は彼を尾行しながらひとつの閃きがあった。下っ端らしく上にいる人間に連絡するかもしれない…だとすれば他の2人はこちらが動かずとも向こうが頭数を揃えて出向いてくれる…そんなことを茂夫は考えていた。しかし彼の向かう先は以前、茂夫が下見に行った「現場」だったのである。春日神社方面に一人で向かっていったのである。寺崎は実はこの段階で仲間には告げず単独行動を取ろうとしていた。茂夫の心にとてつもない緊張感が走った。


道中、いまにも崩れそうな小屋があり、寺崎はそこからスコップを持ち出して歩いてゆく。そこは茂夫が写真を撮った場所から少し離れたところにある雑木林であった。周囲に人のいる気配などまったくない。いや、ほとんどこんなところに人など入り込むことはないだろうと思いたくなるほど深い森の中であった。


寺崎の足が止まる。彼は持っていたスコップで地面を掘り出した。茂夫は草むらに隠れてじっと彼を見ている。やがて深く掘った地面の中に入りその後すぐに穴から出て土をかぶせる寺崎の姿を茂夫はただ、漠然とした表情で眺めている。掘ったところを元に戻した寺崎が茂夫のいる方へ歩き出した。茂夫はすぐに移動し、寺崎に見つからないようにしゃがみ込んで息を潜めた。寺崎がどこかに去るまで茂夫はしばらく動かずに待機していたが頭の中では混乱していた。いったいあの男が掘っていた場所には何があるのか…


茂夫は寺崎が掘っていた場所を目線で確認した後、いったん戻って小屋に入りスコップを探した。


(アイツらめ、ここにある物を使って何をしていたというんだ?)


小屋に入ると端の方に寝かせてあるベニヤ板の下にスコップがあった。茂夫はそれを取り出すと寺崎が掘っていた場所まで歩いていった。何か底知れない恐怖と緊張感が走った。


(このあたりだな。奴め、何が埋まってるんだ)


土が軟らかい…掘った痕跡のある地面はそれほど力を入れずともスコップがよく通り、それだけに慎重にならなければならない。かなりの深さまで掘り進めると白いものが見えてきた。人間の手である。だいぶ腐敗が目立つが白骨化までには至らない。茂夫はスコップを置いて素手でその周辺の土を払いのけるとかなり黒く変色した学生証が現われた。茂夫はそれを手に取り、しばらくは体が擬古して動かなかった。その学生証に映し出された顔写真はあきらかに娘の顔だったのである。さらに手で掘ってみるとスカートの裾と思われる衣類が現われ、そこから辿るように掘っていくとそのポケットらしき部分から細長い小さな箱が覗いていた。その箱にはリボンが取り付けられている…茂夫の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


テントに誘い込み証拠を押さえたとして警察にあの連中を引き渡したとして刑罰はどれほどのものか…無期懲役?懲役30年?20年?10年?いや、もっと軽いかもしれない。自分の納得という判決が出るのかそこが不明瞭であり、それを考えていくうちに彼の判断を鈍らせるとともに精神そのものが正常ではいられなくなっていった。彼はそれまでの自分と違う別人格の人間になってしまった…


(殺してやる。俺の手で…葬り去ってやる。それがいま俺がなしえる……最高の得策だ)



海辺の星空のもと、ひとりの男が焼け跡を見ながらポツンと立っている。煙がたち込める中、遺体らしきものがところどころに見え隠れしている。男はそれらの数を確認するとガッツポーズをしてくるりと体を反転させ、その場を離れた。このあと、男は何処へ向かったのか…海沿いから去ってゆく男の背をさざなみが優しく見送っていた。



                                    了




















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