第9話 森の中の戦闘
森の中を、逃げる女二人。
果歩と葵は、怪我の痛みも忘れて脇目も振らず駆けた。
山の中だということもあって、果歩と葵の動きがいい。一応、アウトドア系の配信者だけのことはある。
少し遅れてマサが追う。
果歩が振り返ると、木と木の隙間から坊主頭がチラチラと見える。
そして、白いTシャツを着た大きな身体を揺すりながら、ドスドスと斜面を駆けあがってくるのだ。
「ひいいっ!ついて来ている!」
遠くから、マサの片目がギラリと光るのがわかる。
彼は暴力を売って商売している男だ。女二人に遅れをとったとあれば、面子にかかわる問題だった。
「待て! コラ!」
だが、待てと言われても、二人が待つはずもない。
マサは、再び銃を取り出した。慎を殺した時に2発使っている。リボルバーの回転弾倉を確認すると、弾の残数はあと4発だった。
マサは銃口を果歩の背中へ向けた。
「おい、止まらないと撃つぞ!」
マサは警告したが、二人はそのまま逃げ続ける。
マサはチッと舌打ちして、また女の背中を追いかけていった。
だんだんと、距離が近付いてくる。果歩が振り返ると、片目のマサが追って来るのが見えた。
果歩と葵は、登り道を避けて山の奥へと入っていく。
すると、右側に川の流れる急斜面が現れた。
「待て、おい! いい加減にしねえと撃つぞ!」
背中でマサの怒鳴り声が聞こえる。
やがて、平坦な道がなくなって、斜面がきつくなってきた。
二人の歩みが遅くなるにつれて、マサとの距離が近付いてくる。
果歩は後ろを振り返った。
すると、腕が届きそうな距離に恐ろしいマサの顔が迫っていたのだ。
「キャアー!」
マサの太い腕が伸びてくる。
果歩の顔が恐怖に染まった。
その時、葵が果歩をかばうように前へ出た。
「駄目! 果歩に手を出さないで!」
「なんだ、このアマ!」
マサは怒りで顔を真っ赤にした。そして二人を捕らえようと両腕を伸ばす。
マサから逃れようと身を反らした拍子に、果歩と葵は斜面を転がっていった。
マサは立ち上がって、舌打ちした。
「チクショウ!」
マサは、転がるふたりに銃口を向けて、バン!バン!バン!と3発撃った。
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【同時視聴者数 14,203】
@trekker_joe:銃声!!また撃った!
@comutan_love:葵ちゃんが果歩ちゃんをかばった
@nashi_gasuki:転がってる、二人とも転がってる
@yamaholic_k:黒木さんまだ来ないのか
@aoi_fan_official:3発撃ったよ今、当たってる?
@guest_9921:葵ちゃん果歩ちゃん返事して!!
@guest_13204:カメラが回ったまま転がってる
@guest_44821:誰か生きてるか確認して
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果歩は転がって、ぬかるんだ斜面に叩きつけられた。
果歩は途中、木の幹で頭を強く打ったのか、頭がクラクラとしていた。
息が戻らない。
「……っ、は……」
体中が痛かった。指先は動く。——まだ、生きている。
果歩は震える手で地面を掴み、ゆっくりと顔を上げた。
白いウェアが、血と泥で赤に真っ染まっている。
葵の姿は、どこにもない。
「……いや……」
目の前が涙で滲んだ。
果歩の足元には、葵のスマホが転がっていた。
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【同時視聴者数 14,508】
@yamaholic_k:警察来た??
@comutan_love:葵ちゃん……
@nashi_gasuki:カメラまだ動いてるのか
@guest_9921:誰これ
@trekker_joe:でも葵じゃない
@aoi_fan_official:怖い怖い怖い
@user_alpha:助けて誰か助けてあげて
@guest_13204:配信者死んだの??
@nashi_gasuki:誰か一人生きてる
@trekker_joe:でもちょっとすごい血よ
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果歩が葵の姿を探すと、斜面の途中にある樹の幹に、泥まみれの赤いウェアが動いているのが見えた。
「ああ、葵……助けなきゃ……」
血で真っ赤に染まった白いウェアに、泥まみれの髪の毛が貼り付いている。果歩は小柄な体を必死にバタつかせながら、ぬかるんだ斜面を這いあがっていた。
「葵……どうか無事でいて!」
果歩は葵のそばへ寄った。
彼女は激痛と恐怖で震えながら、何かを掴もうと手を伸ばしている。顔は青白く、呼びかけても返事はない。果歩は両目に涙を溢れさせた。
「お願い葵……お願いだから、もうちょっと頑張って」
すると、斜面の上がなにやら騒がしくなった。
バキバキと木の折れる音や、人の怒号、痛みに叫ぶ声が聞こえた。その音を聞いて、果歩は確信した。
「助けが来たんだわ!」
果歩は笑顔を浮かべて、斜面を登り始めた。
助けに来たのが誰なのか。
警察か、それとも黒木か。
いずれにせよ、果歩はこの目で知りたかった。
そして、もう少しで斜面を上り切ろうとした時、斜面の上から男が姿を現した。
逆光で眩しかったが、目を細めてよく見ると、その男はマサだったのだ。
果歩は青ざめた。
「嫌ああーーっ!誰か助けてっ!」
だが、マサの様子がおかしい。
坊主頭が血で染まっていて、果歩を見る片目に生気がない。
果歩はマサを凝視した。
次の瞬間。
マサの背に何かがぶつかると「ぐう!?」と呻き声を上げながら、そのまま斜面へと転がり落ちていったんだ。
「キャアア!」
果歩は驚愕の表情でその落ちていくマサを目で追った。
「一体、なにが起こったの?!」
果歩は再び顔を上げた。
すると、すぐ目の前に黒木が立っていた。
黒木は大きく肩を上下させており、顔は蒼白で、呼吸も荒かった。
「……果歩……」
「黒木君!」
黒木は片膝をついてしゃがみ込むと、腕を伸ばして果歩の手を取った。
そしてゆっくりと斜面の上へ引き上げた。果歩は大泣きしながら黒木に抱き着く。そしてそのままオイオイと泣いた。
「怪我はないか……」
黒木は優しく果歩に聞く。
「私はいいの……葵を……葵を助けて……」
黒木は頷くと果歩に脇に座っておくように言った。
しばらくすると、黒木は葵を連れて斜面から上がってきた。
「傷はかなり深いな……だが、致命傷ではない。とりあえず傷口から雑菌が入らないよう、応急処置だけしておこう」
黒木はそういうと、ペットボトルの水で土などを洗い流した後、ガーゼを貼り、ビニール袋で覆って濡れないようにした。そしてタオルでくるむと、自分の上着を着せた。
「今はこれが精いっぱいだ。もうすぐ警察が来る。動画配信されているから、だいたいの場所はわかるだろう」
果歩は頷いた。
「俺は少し様子を見て来る。あの、兄貴分がどこにいるか確認しないとな」
黒木はそういうと立ち上がった。
「その必要はない」
黒木は首だけ後ろへ向けた。するとそこには仙田が立っていた。
「果歩……伏せてろ」
黒木は体ごと振り返ると、半身になって仙田を見た。
「仙田涼介」
「なに?」
仙田の顔色が変わった。
黒木はマサから奪った銃を、仙田に見えるようにつまみながら、足元へポイっと投げた。仙田はその銃を目で追う。それから黒木の顔を見た。
「なぜ、俺の名前を知っている?」
「元、ボクシングのミドル級日本6位か7位だっただろう」
「4位だ。……お前、俺のファンだったのか」
黒木は首を振った。
「網膜剥離で引退したが、そのままボクシングを続けていたら、チャンピオンベルトを取れたと言われていたな」
「お前、えらく俺の事を詳しいじゃないか」
黒木は仙田を強い目で見た。
「ボクシングのルールで勝負しないか」
仙田はジッと黒木を見つめている。
「面白い」
果歩が不安気に見守る中、仙田と黒木が睨み合った。
「ボクシングで勝てると思っているのか?」
果歩はそれを見て背筋が凍りついた。
仙田は体を半身にしながら拳を構えた。
「いいだろう、かかって来い!」
すると黒木は小さく頷く。
「それではいくぞ!」
黒木が仙田に向かって走り出した。
その時、仙田はニヤリと笑った。
仙田の拳はスーツの内側へ伸びた。
そして取り出したのは拳銃だ。
「ひっかかったな、バカめ!」
仙田は黒木に銃口を向けて引き金を引いた。
バン!
果歩の悲鳴が森を引き裂いた。
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【同時視聴者数 24,103】
@trekker_joe:え、銃撃った?!
@comutan_love:嘘、騙し打ちじゃない
@nashi_gasuki:黒木さん当たった?
@yamaholic_k:果歩ちゃんの悲鳴聞こえた
@aoi_fan_official:やめてやめてやめて
@guest_9921:ひどい、ルール守る気なんてなかったのか
@guest_13204:黒木さん動いてるか確認して
@guest_44821:警察まだ来ないのか
@trekker_joe:果歩ちゃんが叫んでる
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だが、黒木は左右に体を振って、初弾を躱したのだ。
黒木は仙田に向かってまっすぐに走ってくる。
仙田は驚愕した。黒木は銃を怖がることなく、真っすぐに直進していたのだ。
仙田が次の引き金を引こうとした時、黒木はもう目の前だった。
「くそう、お前っ!」
黒木は銃を下から押し上げた。
バン!
次の弾は空へ向かって放たれた。
「馬鹿野郎、お前が撃つことくらい想定済だ」
黒木は銃を上から掴むと、捻じるように仙田を投げ飛ばした。
「あーーッ!」
この時仙田の指が数本折れた。
バン!
これが最後の発砲となった。
黒木は投げ飛ばすと同時に膝をついて、地面に落ちていたこぶし大の石を握ると、尻もちをついた仙田の顔めがけて殴っていく。
「ぐうっ、ぐおっ!」
仙田も腕を振って防御していたが、そんなものは何にもならない。
しばらくすると、仙田はぐったりとして倒れた。
黒木は仙田の横で膝をついた。そして、ゆっくりと息を吐いた。
「黒木くん!!後ろを見て!」
黒木は荒く息を吐きながら、力なく顔を上げた。
完全に不意を突かれていた。黒木が顔を上げると、30メートル先の茂みに、黒い熊がこちらを睨んでいたのだ。




