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第1話 生配信開始


【同時視聴者数 14,508】


@yamaholic_k:警察来た??

@comutan_love:葵ちゃん……

@nashi_gasuki:カメラまだ動いてるのか

@guest_9921:誰これ

@trekker_joe:でも葵じゃない

@aoi_fan_official:怖い怖い怖い

@user_alpha:助けて誰か助けてあげて

@guest_13204:配信者死んだの??

@nashi_gasuki:誰か一人生きてる

@trekker_joe:でもちょっとすごい血よ

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その配信を、佐伯果歩はリアルタイムで見ていなかった。


彼女はそのカメラに写っているのだから。


血で真っ赤に染まった白いウェアに、泥まみれの髪の毛が貼り付いている。果歩は小柄な体を必死にバタつかせながら、ぬかるんだ斜面を這いあがっていた。


もう少しで斜面を上り切ろうとした時、目の前に男が姿を現してニヤリと笑った。


果歩は青ざめた。


「嫌ああーーっ!誰か助けてっ!」



―― 3時間前 ――



カメラを自撮り棒に取り付けているのは、派手系の美人だった。真っ赤なウェアが木々の緑に映えている。


桐島葵。


山メシ系YouTuberで、チャンネル「葵の山レシピ」の登録者数は、一本の動画がバズったのをきっかけに急増し、現在2万人になった。


これには葵本人が一番驚いていたが、勢いを失速させまいと、今回の動画にはかなり気合が入っているようだった。


その隣で作業を手伝っている体格の良い男が小林慎シン。実は葵の彼氏なのだが、動画配信をする上で彼氏持ちは人気に影響するらしく、ただのスタッフという扱いにされている。


慎、可哀そう。


そして最後の男は黒木隆。


無口だが背も高くてスリム、そしてタフな感じだ。目は切れ長で口はムッとした感じで結ばれている。


彼は、果歩の友人が主催した合コンで一度会っただけの男だ。


葵の番組に誘ったら「行けますよ」と即答した。


即答したと聞いた葵は、「もしかするとその子、果歩に気があるかもしれないよ?」と冷やかす。


だが、彼は本当に無口だ。仮にもこれはYouTubeの番組なのだ。そういう意味では、明らかに人選ミスだったと果歩は思った。


「撮れてる?」


「撮れてる、撮れてる」


葵と慎がカメラチェックをしている。


葵はニコリと笑ってOKのジェスチャーをした。そして、自撮り棒の先に付けたGoProに笑顔を向ける。


「みんな、今日も見てくれてありがとう! 葵の山レシピ、始めるよ!」


カメラが回り始めると、果歩は唾をゴクリと飲み込んだ。


「これだけは、いつまで経っても慣れないわ」


果歩はため息を吐いた。隣で立っている黒木を見ると、彼は平然としている。大人しそうだから、こういうことは緊張するんじゃないかと果歩は思っていたので、黒木が平気そうな姿を見て逆に驚いていた。


「今日は兵庫県篠栗市いうところに来ていまーす。ここは変化に富んだ地形に囲まれた、なだらかなエリアで、歩きやすく周囲の景色もわかりやすい」


葵は笑顔でカメラを見つめた。


「実を言うと、今回は山メシのほかに地図読みの訓練もしたくて」


葵はそういうと、A3程度の大きな紙を広げた。


「この地形図っていうのを見ながら、地形を読んで道なき道を歩くの。そして、この地図で言う滝のあたりで山メシを作っていきます」


葵はそう言うと、地図を指差した。


「本日の同行者は、おなじみの慎と、友達の果歩、それから黒木くんです。よろしくお願いしまーす」


「よろしく~」


慎と果歩は笑顔で両手を振った。


だが、黒木はサングラスにマスク姿という出で立ちで、ペコリと頭を下げるだけだ。


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【同時視聴者数 57】


@comutan_love:山メシ楽しみすぎる

@aoi_fan_official:葵ちゃんおはよ!!

@trekker_joe:景色きれいだな

@nashi_gasuki:また慎さんが荷物持たされてるw

@guest_134:黒木さん謎すぎるw

@yamaholic_k:今日はどこの山~


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「えっと、今日は地図読みなので山頂を目指すわけじゃないんですけど——そうだ、あそこに見える山……三途山っていうらしいんですよね」


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【同時視聴者数 63】


@yamaholic_k:三途山? 三途の川じゃなくて?

@comutan_love:やめてよ不吉すぎるw

@aoi_fan_official:縁起悪!!


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「あははは、三途の川じゃないよ」


葵はそう言うと、登山道を歩き始めた。


先頭を歩くのは慎で、次に自撮り棒を持った葵が歩いた。そして、その後ろを果歩と黒木が付いて行く。


果歩がふと、黒木を見ると、彼は、紙の地図を広げて黙々と現在地を確認していた。


「地図、読めるの?」


「少しはな」


黒木は地図を広げてコンパスを乗せた。


「親父が鉱脈師でな。山の中を歩き回って、鉱石の埋まってる場所を探す仕事らしいが」


「鉱脈師……そんな仕事があるの?」


「今はほとんどいない。GPSで全部やるから」


黒木はダイヤルを回しながら続けた。


「見てろ……磁北線——この赤い線にコンパスの縦を合わせる。それからダイヤルの矢印を赤い線とを平行にするんだ——」


「親父さんはこの地図読みをしながら鉱脈を見つけるの?」


「ああ。鉱石は水と一緒に動く。だから水が集まりやすい地形——谷の形や尾根の流れを見れば、どこに何が溜まってるかは見当がつくそうだ」


それを聞いて果歩は笑った。


「私もそこまで読めるようになれるかなあ」


黒木は地図を持ちながらゆっくり体ごと回って、コンパスの矢印を磁北線と合わせた。コンパスの針がダイヤルの矢印にゆっくり重なる。


黒木は正面を見た。


「あの尖った山と、右の尾根。二つを地図で確認すれば現在地が出る」


果歩は地図を覗き込んだ。黒木の指が二点を示し、その交わるあたりで止まる。


「——ここだ」


黒木は果歩の顔を見ながら、指先で地図を叩いた。


「親父さんは最後に何を掘り当てたの?」


少し間があった。


「さあな。俺には教えてくれなかった」


少し間があった。果歩は黒木の横顔を見た。


「……なんか、寂しいね」


黒木は何も答えなかった。ただ、地図を折りたたんで果歩に差し出す手が、少し丁寧だった。


「体で覚えるしかない。時折確認して、このあたりの地形について想像してみるといい。自分で色々やってみるんだな」


果歩は地図を受け取った。


前を見ると、葵が登山道を逸れて山の中へ入ろうとしている。


「慎、そっちじゃない。こっち」


葵が手招きしている。


葵が道の無い森の中に入ろうとしているを見た慎は、振り返って果歩たちを見た。


「おい、ちゃんとついて来いよ」


慎は機材の入った重いリュックを背負いなおす。すると、いつの間にか熊鈴が付いていて、チリンチリンと鳴った。そして、葵を追って森の中へと入って行く。


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【同時視聴者数 72】


@yamaholic_k:熊鈴持ってきてるの草

@comutan_love:山メシ早よ

@nashi_gasuki:慎さんのザック重そう

@trekker_joe:道外れてない?大丈夫?

@guest_441:黒木さん只者じゃない気がする


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