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悪夢小説  作者: きゆうひろう
一束目
5/7

五輪目「幼少期の終わり」

D F M R N A F p


( )


pass:※ ※ ※ ※ ※

( )は、もともとそこにいた。


あとから来たわけではない。

流行る前から、価値がつく前から、そこにいた。

けれど、それはもう、知っているだけではだめだった。


改革があってから、土地の値段も、住む意味も、誇りの向きも、なにもかも全部ひっくり返った。


その地域のいまにふさわしい考えを持つ者。

その地域の『いま』に合う顔をしている者。

そういう者たちが、あとから次々と住みついた。


けれど、昔からそこにいた者は別格だった。

その周辺では、古くからの居住者は神ランクとして扱われた。

あとから来た高ランクより、さらに上だった。


( )も本来なら、そのはずだった。

制度が変わる前に、引っ越してしまっただけで。


だから、証明が要った。

もともとそこにいたことを、いまの制度の中で通すための、確かなものが。


それは仮証明だった。

招待と、過去の制度の証明書を照合した者にだけ、一時的に発行されるものだった。

新しい制度の中で遡れるのは、その仮証明だけだった。

けれど金持ちではなかったから、正規の手順では触れられなかった。


ただし、例外がひとつだけあった。


招待されること。

そして、過去の制度の証明書があること。


その二つが揃えば、例外的に仮証明が発行された。

例外的に、中にいられた。


( )は家族と一緒に、幼馴染たちが参加するパーティに入った。


そこは高層の商業住宅で、マンションで、施設で、店で、住処だった。

幼いころ、( )が夢みたいだと思っていたものが、そのまま形になったみたいな建物だった。


うれしかった。


だから少しだけ、浮かれた。


家族は何度も、帰るよ、と声をかけていたらしい。

けれど( )は、まったく知らないのに好きな話題のことだけやけに詳しい人と、ずっと話し込んでいた。

気づいたときには、家族はいなかった。

近所の子たちもいなかった。


ひとりで帰るしかなかった。


そのとき、古くから知っている側の誰かが、( )に言った。


絶対に、この施設の中では仮証明を手放さないように。


施設の中で通用するのは、その仮証明のことだった。


我々は見ればわかる。

あなたが古株だということも、例外で入っていることも。

でも、わからない人間にはわからない。

わからない人間から見れば、それを持っていない者は、通れない側に落ちる。

内側にいないものとして扱われる。


( )は、わかったような顔をした。


それから、エスカレーターで下りた。

エレベーターもあった。

けれど、この建物の中を階ごとに見ていきたかった。

理想郷みたいな場所だったから。

一階ずつ降りて、少しずつ覗いて、寄り道したかった。


そのたびに、仮証明の位置を確かめた。


途中で一度、それが隠れた。


落としたわけではなかった。

服の重なりに入って、見えなくなっただけだった。


その瞬間、空気が変わった。


さっきまで道をあけていた人が、急に見ないふりをした。

店員の笑顔が、確認の顔になった。

通れるはずの場所で、足が一瞬止められた。


何かがなくなった、と思った。


言葉にするより先に、そういう感じがあった。


( )はあわてて仮証明を見える位置に戻した。

するとまた、通れた。

人が人に戻るまでが、あまりに早かった。


違和感と、少しの恐怖が残った。


それでも下りた。

最低層の一階まで、ちゃんと下りた。


出口の門番はやさしかった。

仮証明を見せると、丁寧に外まで案内してくれた。


完全に外に出たところで、( )は気づいた。


家族の車はもうない。


先に帰っていた。


歩いて帰るしかなかった。


その地域には、あとから住みついた人たちがたくさんいた。

高ランクではある。

けれど、神ランクには及ばない者たちだった。


そのうちのひとりが、急に声をかけてきた。


……( )さんですよね?


振り向くと、目を輝かせた顔があった。


すごい、ほんとにいるんだ。

前から見てて、ファンなんですよ。

昔のやつ、見せてもらえませんか。


ずかずか来る。

距離が近い。

でも、そのときの( )は悪い気がしなかった。

新鮮だったからだと思う。

外に出た安心も、少しあった。


だから見せた。


昔のものを、過去の制度の証明書を、手元から少し広げて見せた。


すると周りに人が集まってきた。

のぞきこんでくる。

質問してくる。

褒める。

すごいですね、と言う。


そのあいだに、仮証明が落ちた。


道路に。


しまった、と思った。


しゃがもうとした、その前に、誰かがすっと拾った。


拾ってくれたのではなかった。


持っていった。


その一瞬で、( )は仮証明を失った。

それだけで、証明できなくなった。


さっきまでの顔が変わった。

目の温度が変わった。

興味の顔が、確認の顔になった。

確認の顔が、線を引く顔になった。


( )は何か言おうとした。

でもうまく言えなかった。


違う。

もともと住んでた。

本当は、そっちなんだ。

ここに入れたのも、そのせいで。

いま持ってないだけで。


言えば言うほど、なくなっていく感じがした。


これでは帰れない、と思った。


建物にも戻れない。

誰も証明できない。

家にも帰れない。

自分がどこに属しているのか、急に、どこにも置けなくなった。


そのとき、お婆さんが声をかけてくれた。


大丈夫?


顔は知らなかった。

向こうも( )の顔なんて知らないはずだった。

けれど、その地域に昔から住んでいた人の声だった。

神ランクの高い人の声だった。


少しだけ、安心した。


助かるかもしれないと思った。


けれど、別の高ランクの者が間に入った。


その人は神ランクではなかった。

でも、十分に高い側の顔をしていた。


お婆さんの言葉をさえぎった。

押しのけた。

正しさみたいな顔で、順番を奪った。


お婆さんは人波に押し戻された。


また証明できなくなった。


その瞬間、( )の中で、何かがはっきり壊れた。


音がした気がした。

胸の奥か、喉の奥か、わからない場所で、薄い板が割れるような音がした。


( )は泣きながら、近所の幼馴染たちの名前を叫んだ。


ひとりずつ。

知っている順に。

昔のままで。

消えないように。


叫んだ名前のひとつが、返ってきた。


帰省していた。


信じられないくらい普通の顔で、人混みをかき分けて、こっちに来た。


どうしたんだよ。


その声だけで、世界が少し戻った。


違う、この人は昔からここにいた。

俺が知ってる。

こっち側だよ。


友達はかばうように( )の前に立った。

見えないものから隠すみたいに立った。

大丈夫だから、という顔をした。


その言葉で、空気がまた少しだけ変わった。


助かった、と思った。


開放された、と思った。


胸のどこかに詰まっていたものが、そこでようやく落ちた。


その安心感といっしょに、夢が覚めた。

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※本方針は予告なく更新する場合があります。最新版は本活動記録(または最新話の後書き)をご確認ください。


本記事が最新の意思表示です

(変更時は活動報告で告知します。)


最終更新:2026/03/99

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