四輪目「灰の命日」
D F M R N A F p
( )
pass:※ ※ ※ ※ ※
( )は、穴を埋めるのがうまい。
人が落としたものを拾う。
間に合わないものに順番をつける。
崩れた段を朝までだけ保たせる。
そういうことだけ、なぜかできた。
死にたいと言う声は
たいてい少しだけ上手い。
ほんとうに
死にたい人の声ではなく
今すぐ自分を助ける人間が
欲しい人の声をしている。
あの夜もそうだった。
電話の向こうでもう無理だと言う。
終わりだと言う。
知られたら殺されると言う。
( )は眠らなかった。
紙をひらいて時間を並べた。
足りない単位を数えた。
閉じそうな扉を
まだ閉じていないことにする順番を考えた。
落としたものを拾うための表。
転びかけた人間を
翌朝だけ立たせるための表。
朝になるころには
なんとか形になっていた。
助かったの代わりに、
寝息があった。
向こうは途中から眠っていた。
人が人を使うとき、
音はあまりしない。
静かな部屋で、
( )の夜だけが減っていく。
約束はひとつだけだった。
休まないこと。
今度こそちゃんと行くこと。
その言葉だけ置いて、春が来た。
四月の終わり、
祝日の手前の、水曜だった気がする。
( )は、授業の始まるはずの時刻を知っていた。
自分で線を引いたからだ。
自分で組んだ地図だからだ。
だから、少しだけ確かめた。
ほんの少し。
大丈夫か、くらいの気持ちで。
電話。
出た場所は、教室ではなかった。
音楽がしていた。
拍手がしていた。
色のついた夢みたいな場所で、
その人は笑っていた。
毎日来ているのだと言った。
毎日。
夜じゅう縫った傷口の上を
昼のあいだ、わざわざ開きに行っていたみたいに。
その瞬間、何かが切れたというより
こちらだけが最初から馬鹿だったのだとわかった。
助けたつもりだった。
違った。
燃料にされただけだった。
腹の底から言葉が出た。
汚い言葉だった。
たぶん正しくない言葉だった。
でも、正しい人間でいたまま
壊されるより先に壊れた言葉で
自分を守ろうとした。
それで終わればよかった。
終わらなかった。
しばらくして、また来た。
困っているという顔で来た。
うまくいかないという声で来た。
( )は、また少しだけ手を貸した。
もう情ではなかった。
未練でもなかった。
壊れた側の人間には、
自分が壊れた理由を回収したくなる癖がある。
これで最後だと思いたかった。
これで人として最低限の線に戻ると思いたかった。
でも、謝罪は来なかった。
来ないどころか、
こちらは別の場所で、
別の名前を貼られていた。
地獄。
悪い男。
関わるな。
絵文字のついた軽い言葉は、
人の尊厳を焼くのがうまい。
ああ、と思った。
この人は、悪かったことを悪かったと理解する前に、自分がかわいそうでいることを選べる人なんだと。
謝らないのではなく、謝るために必要なものが、最初から無い。
それを知ったのに、
( )の悪夢だけは終わらなかった。
何年も経ってから遠くの建物に、その人の気配が入った。
こっちが行きたかった場所の近くで、向こうは向こうの顔をして働いていたようだ。
画面の最後に名前が出る。
見たかった作品の終わりに
見たくない過去が混ざる。
屋上で休めば、建物が見える。
下を向いても消えない。
目を閉じると、もっとはっきり見える。
偶然の交差点はいつでも
とても残酷だ。
あの夜の紙。
寝息。
春の電話。
拍手のする場所。
謝罪のないまま進んでいく
他人の人生。
未練じゃない。
こんなものを未練と
呼ばれたら困る。
好きだったから
残ったんじゃない。
踏みにじられたまま、
片づけ方だけ奪われたから、
残った。
それはただのはりぼてだった。
だから、これは手紙ではない。
呼び戻すための文でもない。
赦すための文でもない。
羅針盤を
時ごと正す昇脚だ
助けた夜を返せとも言わない。
壊れた春を返せとも言わない。
今さら頭を下げろとも
もう言わない。
お前はもう
お前の謝罪ごと
( )の世界に必要ない。
降参して、ここに置く。
眠らなかった夜。
遅れてきた怒り。
名前を見ただけで濁る水。
屋上の死界。
何年も戻ってきた幻。
四つ目で燃えていった。
骨もいらない。
灰もいらない。
風だけ残ればいい
幻は消え去り、
( )はようやく人間に戻れた。
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最終更新:2026/03/8




