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悪夢小説  作者: きゆうひろう
一束目
3/7

三輪目「誰かの狐狩り」

D F M R N A F p


( )


pass:※ ※ ※ ※ ※

( )は、角を曲がる前に曲がっている。


足音だけ先に行く。

足音ではないかもしれない。

濡れた床に、もう置かれている。


肩が遅い。

顔はさらに遅い。

追いつくたび、少し違う。


封のないものがある。


机の上。

改札の内側。

洗面台のふち。

気づくたびに場所が違う。

開いていない。

開いたこともない。

なのに、読んだあとの指をしている。


順番が入っている。


誰かを見る順番。

見ない順番。

冷たくする順番。

ほんの少しだけ、感じの悪い人になる順番。

謝らない順番。

傷つけたことに気づかない順番。


文字はない。

喉だけが先に覚える。


列がある。

まっすぐ。


( )の前だけ少しぬかるむ。

誰も何も言わない。

言わない顔だけが増える。

その顔が誰に向いているのか、まだ決まっていない。


コンビニ。

レジ。

硬貨。

店員の爪。

温めますか。

答える。

( )ではない声が答える。

似ている。

似ているから気持ち悪い。

後ろの人が、前からそういう人だった気がする、というまばたきをする。


その「そういう人」はまだ来ていない。


鏡がある。

鏡は毎回少し早い。

先に息を吐く。

先に笑う。

先に知らない顔になる。

( )はまだそこまで行っていないのに、向こうだけもう着いている。


本来なら、触るだけでよかったものがある。


並べるだけ。

埃を払うだけ。

元からそこにあった形を、そのまま置いておくだけ。


なのに、混ぜる手がある。

預かるだけでよかった手。

灯りの下に出さなくてよかったものを、わざわざ持ち上げる手。


ひとりで見ていれば柔らかかったものが、見せる形になった途端、硬くなる。膨らむ。


もっと見られたがる。

もっと頷かれたがる。

生きものみたいに。


先にあった火のまわりへ

自分の煤だけ塗っていく。


敬っているみたいな手つき。

でも、指の腹だけずっと試している。


どこまで近づけば

自分の熱まで本物に見えるか。


どこまで混ぜれば、自分の欲まで正当なものに見えるか。


欲しがっていない顔で

見上げる。


見上げていない顔で

欲しがる。


届かない。

届かないことより

欲しかったことのほうを

隠したがる。


だから、価値のほうを書き換える。


理解したふりをする。

守っているふりをする。

わかっているふりをする。


そのあとで、少しずつ濁す。

少しずつ侮辱する。

欲しさと軽蔑が、同じ口の端に残る。


狐は葡萄を酸っぱいとは言わない。


そこまで素直ではない。

もっと遅く、もっと湿った言い方をする。


最初から。

どうせ。

べつに。

そんなもの。


腐っていた。


狐の葡萄は腐っていた。


届かなかったからではない。

見上げつづけた目の奥で

欲しさと侮辱が同じ根から生えてしまったからだ。


竹の中で眠ってればよかったのに、松の上で葡萄を腐らせる。梅でもないころが再頂点だったことに、狐は今も気がついていない。その草の王冠は飾り物でしかなかった。


階段。

下り。

上り。

途中で海の匂い。

違う。

鉄の匂い。

古いインク。

歯医者。

名前を書きかけてやめたときの口の中。


( )は何かを肩に乗せている。


怨みかもしれない。

濁りかもしれない。

もう渡したあとの空っぽかもしれない。


最初に火をつけた側の沈黙だけ、重く剥がれて落ちてきたのかもしれない。


鏡。

また鏡。

ビルの窓

蛍光灯が一本だけ鳴いている。


そこにいるのは知らない顔。

知らない。


でも、落ちる肩だけ近い。

飲み込んだ口元だけ近い。

うまく笑えなかった日の乾きだけ近い。


後ろへ下がる。

下がれない。

床がやわらかい。

足がない。

ある。

つま先だけ先に鏡へ触れている。


封のないものが最後に来る。


来るというより、鏡の向こうから滲んでくる。

紙ではない。

重い。

開いていない。

中身だけ喉に入る。


創られたものより先に、創ったほうの沈黙が入っている気がする。


読めない。

でも手首だけ沈む。


そのとき、顔がぴたりと合う。


音が止まる。

ホーム。

笑い声。

会釈。

昨日まで自然だった呼び方。

全部止まる。


鏡の中のそれが( )より先に口を開く。


声は聞こえない。

意味だけ先に来る。

意味もすぐ抜ける。

残る。

残るのはそれが( )の声ではなかったことだけ。


ひどく似ている。

似ているからなおさら違う。


目が覚める。


部屋。

たぶん部屋。

カーテンの隙間が細い。

細すぎる。

信用できない。


顔を洗おうとしてやめる。

水に触れると、輪郭が増えそうだから。

手のひらで顔を覆う。

指のあいだから、少しずつこぼれていく。


名前より先に、気配が残る。

証拠より先に、なんとなくが残る。


だから、曇りは運ばれる。


誰の手も濡らさないまま。

ちゃんと、別の誰かだけを濁らせて。


怖かったのは、意味が壊れていることじゃない。


壊れているのに、少しだけ現実に似ていたこと。


そして、( )が運んでいたのが誰かの怨みだったのか、最初から( )の中にあった濁りだったのか、起きたあとでも、まだ決まらないこと。

未管理著作物裁定制度の意思表示について


意思表示します。

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本人確認方式や運用が変更される可能性があるため、状況を確認しつつ必要が生じた場合に検討します。

※本方針は予告なく更新する場合があります。最新版は本活動記録(または最新話の後書き)をご確認ください。


本記事が最新の意思表示です

(変更時は活動報告で告知します。)


最終更新:2026/03/5

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