第49話 その伯爵令嬢、貴婦人会当日を迎える
ルモーリア貴婦人会・運命のお茶会当日――
公爵家のお庭では青薔薇の花弁に止まっている小鳥が囀りと共に朝の訪れを告げてくれていた。
ソルファ様はまだ陽が昇る前、わたし達が眠っている間に公爵家を出発したみたい。騎士団の人達と合流し、闇に紛れる事で目立たず任務を遂行するため……と留守を任されたスミスさんがこっそり教えてくれた。
「じゃあ名残惜しいけれど、ぼくも出発する事にするよ。ローズちゃん、寂しい思いをさせてしまうけれど、夕刻には帰るからね」
「あ、えっと。公務お忙しいんですのね、行ってらっしゃいませ」
いつもサウスオリーブ公爵の顔が近いし眩しいため、反応に困るわたしなんだけど、此処は姉ローズの毅然とした態度 (?)を演じつつ、カーテシーをして送り出す事にした。
「ふふ。そうなんだよ。夏には社交界シーズンも待っているんで、ドレスの準備もあってね。それに……」
サウスオリーブ公爵の顔が更に近づいて、わたしにはそっと……こう耳打ちする。
「今日は任務で騎士団の警備が手薄になる。街の自警団による警備を強化しないといけないんでね」
それだけ言い残し、サウスオリーブ公爵も白馬に颯爽と乗ってその場を後にした。白馬が似合う男の人って凄いなぁ~と公爵の背中を見送るわたしとネンネなのでした。
「さて、パール婦人から支度部屋を案内されています。今日の衣装も既に用意して下さってるそうです。私達もお茶会へ向けて準備しましょう」
「わかったわ、ネンネ」
公爵家入口にて公爵をお見送りした後、わたしたちもお茶会へ向けて準備をする。パール婦人は主催者なので、朝から気忙しく準備をされているみたいだった。スミスさんと公爵家に仕える執事さんが来訪する貴婦人達を出迎えるため、公爵家入口にて待機していた。
既にローズとして変装するためのお化粧をネンネからやってもらっているわたしは、お顔は頬と口元へ薄桃色を乗せる程度。そして、パール婦人が用意してくれた衣装を見て……驚いた。
「え? まさか……これを……着るの?」
「そうみたいです。サウスオリーブ公爵がデザインした自慢の衣装の一着みたいですよ?」
パール婦人から用意された衣装を身に着け、ソルファ様から先日いただいた子猫が翠宝石を抱いたネックレスを身に着ける。ハイヒールは光沢のある銀色。金髪のかつらの上から小さな翠宝石が幾つか嵌め込まれたティアラを乗せる。そしてわたしは、全身鏡の前に立つ。
「これ……お姉さまなら絶対に選ばないお色の衣装だ……綺麗……」
わたしがじゃないですよ? ドレスが綺麗なんですよ? 声が漏れてしまったので、思わず脳内で独白するわたし。鏡に映ったその衣装は広いルモーリアの大海――大自然が産み出した淡い海色。プリンセスドレスの形ではなく、腰の部分が細く見えるように出来ていて、大人の女性が身に着けるような美しい衣装。
「美しいですよ、ローズお嬢様」
「もう、言わないで……恥ずかしいから」
外で待機している侍女さんに聞こえてもいいよう、ローズの名を呼んで褒めてくれるネンネ。
「アクア様からお手紙を預かっています」
「え? お手紙?」
このタイミングでお手紙? と思っていると、サウスオリーブ公爵がなぜこの衣装を選んだのか? そこにはメッセージが書かれていて……。
『愛しのローズちゃん
どうかな? 今日はローズちゃんが選ばない海色を選んでみたよ? せっかくサウスオリーブに来たんだしね。スタイルは強調されるドレスだけど、肩は薄いシルクのヴェールで隠すようにしておいた。胸元を強調しすぎるより、慎ましさを残した方が、君の魅力が惹き立つと思ったんでね。その衣装と身に着けたアクセサリはお茶会が終わったら持って帰っていいからね。じゃあ、お茶会楽しんで
いつも淑女の傍に
アクア 』
わたしのために公爵が選んでくれたんだと思うと、感謝の気持ちで胸が熱くなる。胸元に煌めく翠宝石のネックレスはソルファ様。衣装はアクア様。みんなの想いが温かい。
「ありがとう……アクア様。ソルファ様……」
「さ、行きましょうか。ルモーリア貴婦人会・お茶会会場へ」
みんなの想いを勇気に変えて、わたしはお茶会会場へと向かう――
◆
「まぁまぁ、ローズさん! やはりお似合いですわね。アクアの見立て通り、あなたスタイルもいいし、蒼が似合うと思っていたのよ?」
「パール婦人ありがとうございます」
お茶会会場となる広間の手前に待合室が用意されており、既に数名の貴婦人がお付の侍女さん、執事さんを連れて待機していた。お部屋にわたしが入室した瞬間、何名かの視線がこちらへ注がれたため、一瞬胸が高鳴ったけど、誰かと楽しそうにお話していたパール婦人がこちらへ気づき、駆け寄って来てくれたため、ほっと胸をなでおろした。
「ローズちゃん! 見違えたさね。とっても素敵さね」
「あ、ありがとうございます。ロジータさんも桃色の衣装が蒲公英色の髪とよく合っていてお花の妖精さんみたいで綺麗です」
「ふふふ。褒めても何も出ないわよ?」
パール婦人とロジータさんがこうやって話し掛けてくれた事で少し気持ちも落ち着いて来た。が、風が吹いていた訳でもないのに、冷たい空気がわたしの頬を掠めた気がして、思わず空気の出所へと視線を向けた。
「ローズ卿。暫くお会いしない内に雰囲気が変わりまして?」
来た! 白雪のような長い髪と長い睫毛。細く冷たい眼差し。白銀の衣装を身に着けたこの女性は……。大丈夫。ネンネと何度も練習して来たから。わたしは一歩後ろへ片脚を引き、その人物へカーテシーをした。
「あなたは……アルバ・ノースフィーネ侯爵夫人。リファ第一王女生誕祭の夜会以来ですわね」
「パール婦人より、西の英雄から求婚があった話は聞いていますよ? お母様もさぞかし喜ばれたのでは?」
鋭い眼差しに一瞬で思考が凍ってしまいそうになる。けど、このくらいの重圧、継母に比べるとまだ序の口だ。
「ええ。勿論ですわ。もうじきそんな継母も到着する事でしょう。この後のお茶会、よろしくお願いしますわ」
「ええ。では、また後程」
わたしへの興味が薄れたのか、それだけ言い残し、アルバ夫人はパール婦人の方へと移動していった。わたしの背後に控えていたネンネへちらっと視線を移すと、黙って頷いてくれた。この調子で挨拶していけば、きっと問題ない筈……あ。
不意に肩へ重圧を感じ、わたしは必死に倒れないよう地についた脚へ力を籠めた。重圧の原因は分かっている。待合室へ入室して来た人物が衣装へ身に着けた宝石をシャランと打ち鳴らし、専属執事と侍女、加えて新人侍女三名と共にこちらへ近づいて来たのだから。
「ご機嫌よう、ローズ」
「おはようございます、お母様。お会い出来て光栄ですわ」
互いに一歩引いた距離で挨拶するわたし。顔の前で開いていた扇子をパタンと閉じた継母・キャサリーナは、わたしへ満面の笑みでこう告げたのだ。
「ローズ、お茶会という神聖な場に青色のドレスを着ている理由を聞かせて下さる?」
「えっと、それは……」
満面の笑みから滲み出る怒りのオーラ。心の声が聞こえて来るようだ。『あなたにはローズを完璧に演じるよう言った筈ですよ?』と。怒りの理由は明白。姉ならば、ドレスは赤を選ぶ。今継母の前に立っているローズ姿のわたしが普段のローズ・ゴルドーでないから。
そして、怒りのオーラは継母キャサリーナからだけでなく、その背後に控える新人侍女姿のお姉さまからも溢れ出ていた。もしも此処に誰も居ないなら、『そんなの有り得ませんわ』と笑いながら姉がわたしの頬を打っていたところだろう。わたしがどう返事をしようか迷っていると……。
「あらー、ローズさん。海色の衣装もお似合いでしょう? うちの息子のアクアが仕立てた衣装ですのよ?」
「え? まぁ! そうだったんですか? 愛する娘のためにこんな素敵な衣装を、感謝致しますわ」
わたしの返答を待たずしてパール婦人が声を掛けて来たため、怒りのオーラを一瞬で消し去り、見事なカーテシーを披露する継母。その背後でわなわなと震えている侍女姿の姉ローズ。わたしとキャサリーナの間に滑り込むように割って入ったパール婦人はそのまま両手を叩き、その場に居た全員を注目させる。
「ささ、これで全員揃いました。お茶会会場はこちらです。今日は皆様にとって楽しいひと時になりますよう。では、参りましょう」
パール婦人の案内の下、皆がお茶会会場の広間と入っていく。パール婦人が一瞬だけこちらへ視線を向け、ウインクしてくれた。あの継母が醸し出す空気を一瞬で。彼女が居てくれるだけでこんなに心強い事はない。そう思ったわたしだったんだけど。耳元で刹那囁かれたその人物の声に、さっと血の気が引いた。
「命拾いしたわね、アリーシェ。せいぜい頑張るのね」
わざとわたしの横を通過するように移動した姉が、誰にも聞こえない程度の声でそう囁いたのだ。みんなお茶会会場へと入っていく中、一瞬にしてわたしの中の時が止まった。
「ローズお嬢様。参りますよ」
「はい、ネンネ」
ネンネに呼び掛けられ、すぐに現実へと引き戻されるわたし。ええ。大丈夫よ、アリーシェ。
わたしはこのお茶会を、ローズとして乗り切って見せますわ。




