第46話 その伯爵令嬢、再会を果たす
ルモーリア貴婦人会開催前日――
わたしは自室にてネンネによる最終試験に臨んでいた。
「問題です。ルモーリア王国・四大貴族の家は? 貴族のお名前で答えて下さい」
「南のサウスオリーブ公爵家、東のグレイシャル公爵家、北のノースフィーネ侯爵家、そして、最後が西のグランディア侯爵家です」
「正解です」
そう、ネンネによる最終試験とは、お茶会へ臨むにあたって、わたしが最低限の知識、そしてマナーを身に着けた上でお茶会という試練へ挑むため、彼女が用意したものだったの。幸い、盗賊団の動向が注目された事で、パール婦人に自宅謹慎を言い渡されたわたしは日中お部屋に籠っていても怪しまれる事が無くなったため、お勉強する時間を増やす事が出来たのでした。
ネンネからの問題は続きます。参加するご婦人達の特長。各領の産業。わたし達の家がある中央モーリア領を治める王家の話。リファ第一王女と、カスター第一王子の派閥の話。それに関連してゴルドー伯爵家との関係性などなど。今まで引き籠もりで全然知らなかったわたし。お国や貴族って、華やかで煌びやかな世界なのかと思っていたけど、その中は派閥とか後継争いとか。人間関係なんかも色々あって大変なんだなぁーと思った。
「ルモーリア王国北、女神ディーヴァ様を祀るノクス大聖堂のある領の名前は?」
「ノースフィーネ領です」
「正解。続けて、そのノースフィーネ領を治める侯爵家、氷の女王と呼ばれるご婦人の名前は?」
「アルバ・ノースフィーネ侯爵夫人ですわ」
「では、そのアルバ・ノースフィーネ侯爵夫人の好物と、口癖は?」
「えっとたしか、お魚料理と白ワイン。口癖は、取るに足らないことですわね」
「正解です! よくここまで覚えましたね。これだけ覚えたならひとまずは安心ですね」
「ふえぇええええ。やっと終わったよぅ~~」
ネンネの笑顔を見た瞬間、わたしは机に伏し、蕩けたチーズのように伸びて広がった。公爵家内の散歩や、パール婦人とのお菓子作り、大きなお風呂に入ってリラックスしたりと、素敵な時間もいっぱいあったんだけど、このお勉強の時間はなかなか苦痛で。ようやく解放された気持ちになってひと安心した瞬間だった。勿論、本番は明日なので気は抜けないんだけどね。
ネンネが淹れてくれたハーブティーでひと息ついていると、ちょうど公爵家に来客があったようで、侍女の方がわたしを呼びにやって来た。来客の人物がどうやらわたしに会いたいって言っているらしい。まさか……継母キャサリーナだと『お母様が来客です』って話になるだろうから、違うよね?
公爵家の客間へ向かうと、お部屋には公務へ行っていた筈のソルファ様も戻って来ていた。スミスさんも一緒。そして、来賓としてソファーへ座っていた人物の顔を見た瞬間、わたしの顔から思わず笑みが零れた。わたしの顔を見た瞬間、彼女も満面の笑みで立ち上がり、こちらへ駆け寄って来てくれる。
「ローズちゃん!」
「ロジータお姉さま!」
手と手を取り合って再会を喜ぶわたしとロジータお姉さまこと、ロジータ・アルマーニュ伯爵夫人。ロジータお姉さまの蒲公英色の三つ編みが揺れて弾む。ディアス領とサウスオリーブ領は場所が近いので、どうやら一日早く到着したみたい。今日は公爵家近くの宿を取っているんだそう。
「娘のリンダもローズちゃんに会いたいって全力で行こうとしたんだけどね。まだあの子小さいし、このお茶会へ同席させる訳にもいかず、夫に無理矢理預けて来たの。泣きながらあなたによろしくって言っていたわよ」
「嬉しいですわ。来月には麦の収穫もありますし、きっとすぐ会えるってリンダちゃんには伝えておいてください」
「それはうちの子も喜ぶさね。来月楽しみにしてるさね」
ロジータお姉さまと話していると、まるで本当のお姉さまと話しているみたいで、緊張しないのが不思議だ。この後ソルファ様も含め、明日のお茶会の話をしつつ、別の来客対応をしているらしいパール婦人を待つ事に。恐らくお茶会前日という事もあり、来客も多いんだろう。
「あ、そういえばロジータお姉さま! エリザベスは元気ですか?」
「エリザベス? 嗚呼! 元気よ、エリザベス! とっても!」
「よかった! 先日も港町マリーナのピザにエリザベスの乳から出来たチーズが乗っていて、とっても美味しかったんですのよ!」
「乳……チーズ……」
「ロジータお姉さま? どうかされましたの?」
何故かロジータお姉さまが腕を組んで考え事をしている様子だったので、わたしも首を傾げる。そこへソルファ様がやって来て。
「ローズ嬢! ロジータ夫人が知らなくて当然だ。彼女は大農園の世話が主な仕事。流通経路の確保はブランチ・アルマーニュ伯爵と父上の間で行っているんだ。サウスオリーブ領に流通している事は知っていたとして、まさか港町マリーナにあるカフェテリアのピザにまで使われていたなど、夢にも思わなかっただろうからな」
ソルファ様がそういうと、ロジータお姉さまがポン! っと右拳で左掌を軽く叩いた後、いつもの微笑みをこちらへ見せる。
「それで納得したさね。ソルファ様、マリーナの隅々まで大農園の畜産物を流通していただき、ありがとうございます」
恭しく一礼するロジータお姉さま。普段、貴族のご令嬢らしい一礼をする姿をあまり見ないので、よっぽど嬉しかったんだろうなって思う。
「あらー、ロジータ、ローズさんも。ご挨拶は無事に済んだみたいねぇ~。ロジータ。悪いんだけど、もう少し待っていただける? 隣の部屋のご来賓がソルちゃんとローズさんへ挨拶したいって言ってるの」
「わたしは構いませんですわ、パール婦人」
「よかったわ。ソルちゃん、ローズさん。スミス、ネンネさんもご一緒に、こちらへ」
誰が挨拶したいって言っているんだろうって思いつつ、ロジータお姉さまへ一度一礼し、ソルファ様と隣のお部屋へ向かおうとするわたし達。わたしがパール婦人の後ろを付いていくと、わたしに聞こえる程度の小声で、確かにパール婦人はこう話し掛けてくれた。
「ローズさん、私は貴女の味方です。貴女の人柄を私は数日しっかりと見届けて来ました。彼女からプレッシャーは感じなくてもよろしくてよ?」
「え? 彼女?」
「すぐにわかります」
パール婦人が彼女と呼んだ人物が誰なのか? 一旦回廊へ出て部屋を移動、客間の扉が開かれた瞬間、わたしの過去の記憶に宿る薔薇の香水の香りと共に、豪華な衣装に身を包んだその女性が部屋の奥に立っていた。醸し出す絶対的オーラ。扇子で顔半分を隠していても、その鋭い視線ははっきりとわたしの変装姿へと注がれている。
鼓動が早鐘を打っていく。アリーシェ。準備して来たじゃない。平常心、平常心よ……。
「キャサリーナさん。貴女の愛娘、そして婚約者であるソルファ・グランディア侯爵を連れて来ましたよ」
キャサリーナ・ゴルドー。継母であり、わたしを第一に虐げていた張本人。が、今のわたしは侯爵家へ姉ローズの姿で潜入している身であり、キャサリーナが一番に愛している実娘の姿。潜入の命令をしている継母が、わたしの正体を明かす事はない。平静をなんとか保とうと、震える手で衣装の裾を持ち、わたしは継母へ恭しく一礼する。
「ご機嫌麗しゅうございます、お母様」
そして、わたしが顔をあげた瞬間、それまで顔を覆っていた扇子をパタン! と閉じたキャサリーナは、過去わたしへ見せた事のない満面の笑みでこちらへとやって来て……。
「まぁまぁ、ローズ! 元気だった? ソルファ・グランディア侯爵とはうまくやっているの?」
「っ……!?」
両手を握る手の力が強い。痛い。表向きは感動の親子の再会。でも、これは『侯爵家で正体をバレずにうまくやっているのか?』をこの場で問いているんだ。
「ええ、勿論ですわ」
「そう、それはよかったわ」
そう言った継母キャサリーナはわたしの隣に立っていたソルファ様へ普段の傲慢な態度からは想像も出来ない見事なカーテシーを披露。そして、ソルファ様へ自らの名を名乗り、挨拶をする。
「この度は、愛娘であるローズ・ゴルドーへ求婚という有難きご好意をいただき、心より感謝致しますわ」
「いえ。ローズ卿は素敵な女性だ。こちらとしても大切にしていきたいと考えている。ご挨拶、感謝する」
ソルファ様もその挨拶へ応えるように一礼し、キャサリーナと握手する。わたしへの圧にはまだ誰も……いや、ネンネだけは心配そうに後ろから見てくれていた。ありがとう、ネンネ。大丈夫よ、さっきより落ち着いて来たわ。
「あ、そうでしたわ。パール婦人。お茶会を迎えるに当たり、公爵家でのお茶会という貴重な経験させたいと思い、いつものセバスとキャサリンに加え、今回は新人の侍女を連れて来たの。この場でご紹介させて下さい。セバス、キャサリン。アリーを連れて来なさい!」
客間に隣接する控室は、恐らく着替えたりお茶会の支度をするためにお客様のために用意された部屋。その控室の扉が開き、いつもの老執事セバス、そして、本来ならば姉ローズの専属侍女を勤めているキャサリンが入室して来る。もう一人はブルーノじゃないのか……でも、アリーって誰だろう? 聞いた事のない侍女の名前だと考えている内に、短い銀髪にヘッドドレスを被り、淡緑色の双眸をした侍女が……嘘……そんな筈がないわ……だって、その姿は……どう見てもわたしだもの!
「アリーと申します。よろしくお願いしますわ」
微笑。いや、その口元に含んだ冷笑に、わたしの全身から血の気が引いていく……。
違うわ……あれはわたしじゃない! どうして……本物のローズお姉さまが……アリーシェの姿で此処に居るの!?
予期せぬ形で再会してしまった姉(本物のローズ)と妹(替え玉中のアリーシェ)。一体どうなってしまうのか? 続きもお楽しみにです。




