第45話 その英雄、手作りパイを食す
先週投稿空いてしまっていました。週一更新ペースでまた再開して参りますので、よろしくお願い致します。
ストロベリーパイ作りから一夜明け、こちら、サウスオリーブ公爵家の朝食会場――
会場の椅子にはひと足早くパール婦人とサウスオリーブ公爵。そして、ソルファ様が座っている。
「ローズ嬢とネンネ殿はまだか……」
「あら、女は支度に準備がかかるものですよ、ソルちゃん」
「ソルファ、紳士たる者、ルモーリアの海のように寛大な心で淑女を待つべし。これがサウスオリーブ家の教訓だ」
「アクア、お前には聞いていない」
「おいおい、まだ昨日の事を根に持っているのか?」
「それはお前の思い過ごしだ」
「はいはい」
そんなやり取りが大広間で繰り広げられていたとは知らないわたしは、パール婦人の言う通り、支度をしていたのです。
え? ふふふ。そうです。朝の支度をですよ?
厨房から大広間へ続く扉を開け、『お待たせ致しました、お食事の準備が出来ました』と、サウスオリーブ公爵家の料理長とメイド長の二人が一礼し最初に入室。此処まではいつもの光景。続けてお食事を乗せたカートをいつもならば、サウスオリーブ家の侍女さん押してお食事を運んでいく……のだけれど。
両腕を組んだまま虚空を睨んでいたソルファ様の視線がこちらへと向いた瞬間、ソルファ様は目を見開いたままその場で静止していた。それは驚くのむ無理もないよね。だって、今、ソルファ様へお料理を運んでいる人物は……わたしだもの。
「今日の朝ご飯は、ディアス産小麦のパンにエリザベス印のバター。アスパラガスのサラダに、ディアス鶏のふわふわ卵オムレツ。ミートボールはストロベリーのポタージュをソースの代わりにかけています。どうぞお召し上がりくださいませ」
「待ってくれ……どうして伯爵令嬢である君……ローズ嬢が侍女の格好をしているんだ!」
「それは、わたくしがお願いして……」
わたしが言い終わる前にソルファ様は立ち上がって、パール婦人とアクアを交互に見据えてこう言った。
「アクア、どういう事か説明して貰おう。パール婦人……彼女はオレの婚約者です。幾ら婦人の命だとしても、下人の手伝いをさせるのは……些か無礼ではありませんか!?」
「あらあら、ソルちゃん落ち着きなさい。今回の件、アクアは一切関与していません。お願いしたのは私ではなく、ローズさんご本人からよ?」
「まさか、そんな事はある筈?」
両手の震えを押さえつつ、ソルファ様がこちらを向いたところで、わたしは一歩引いて改めて先日お菓子作りの際に身に着けていた海色のメイド服が見えるようスカートの裾を軽く持ち上げ、恭しくソルファ様へと一礼した。
「盗賊団の件でソルファ様に危険が迫るかもしれません。そんな中、少しでもソルファ様へ何か出来る事がないかと思い、わたくしとネンネで今朝パール婦人へお願いしに参ったのです。ソルファ様が元気になるよう、朝食を作るお手伝いをしたいと。このメイド服もその時準備いただいたものです」
「そう……だったのか……」
それまでの両手の震えが止まったソルファ様は黙って椅子へと腰かける。並んでいる料理へ改めて視線を落とすソルファ様。どれもディアス大農園で採れた作物ばかりを使った料理の数々だ。勿論、全部一人で作ると間に合わないため、ソルファ様の分を中心にわたしは手伝っただけ。この計画には昨晩のネンネからのアドバイスも含まれており……。
「そして、お茶会へ出席出来ないソルファ様のために、デザートに手作りのストロベリーパイも準備しております」
「手作り……だと!?」
わたしとネンネの料理もその間に侍女さんが運んでくれていた。本来ならメイドは横に立つべきなんだけど、パール婦人が一緒に食べなさいとそこは譲ってくれなかったので、普段一緒に食べないネンネも同席の下、朝食をいただく事になる。
「さ、ソルちゃん。あなたの料理は全てローズさんの手作りよ。では、皆さん、いただきましょう」
「いただきます」
ソルファ様は暫く無言で朝食を食べていた。エリザベスの乳で出来たバターをパンに塗ってひと口。ふわふわ卵のオムレツにアスパラガスと順番に食べていく。そして、苺のポタージュがかかったミートボール。このミートボール。苺の酸味とポタージュのとろみがミートボールと絡まって意外と美味しいんだ。わたしが食べた時なんか、豚さんと苺の妖精さんが手を取り合ってワルツを踊っていたんだもの。口に含んだ瞬間、ソルファ様が静止した。暫くの咀嚼音。そして……。
「ローズ嬢」
「はい」
「どれもうまい」
「あ、ありがとうございます」
よかった。ソルファ様って終始無言になるから味がどうなのかとか表情から伝わって来ないから。凄く心配していたんだ。
「は、早くストロベリーパイが食べたい」
「は、はい! ただいま!」
その言葉を聞いていたスミスが素早くメイド長さんへ目線を送り、ストロベリーパイが急いで運ばれて来る。パール婦人との手作りストロベリーパイ。フォークとナイフを丁寧に使い、ソルファ様がひと口口に含む。妖精さんが英雄の口へと吸い込まれていくと、紅い光にソルファ様が包まれたような……そんな気がした。
「……ローズ嬢、感謝する」
「あ、喜んでいただけましたか?」
「勿論だ。そして、昨日のオレの態度は浅慮だった。此処でお詫びさせてくれ。申し訳なかった」
「ええ? 何の事ですか?」
本当にどうしてソルファ様が突然謝るのか分からなかったので驚いて首を傾げるわたし。
「怒っていないのか?」
なんだか分からないけれど、これだけは言える。わたしはソルファ様が無事に任務を終え、此処に帰って来て欲しい、と。
「今から危険な地へと出向く婚約者を送り出すわたくしが、どうしてわたくしを守ると誓って下さった騎士様を怒る必要がありましょう? ソルファ様。任務とはいえ無茶はしないで下さい。無事に帰って来て下さいね」
「そうだな。勿論だ」
そう言ったソルファ様は黙って残りのストロベリーパイも全て食べ終えた。朝食で用意した全てのお皿は空になっている。それだけでわたしの心もお腹いっぱいだ。
「美味しかった。ローズ嬢ありがとう」
「はい、こちらこそありがとうございます」
「それから……その服も……似合っている」
「はっ!?」
パール婦人の横あたりから口笛が聞こえた気がしたけど、それどころじゃなかった。どうしてソルファ様に褒められるとこんなに全身が火照ってくるんだろう。
「はいはい、お熱いのはそれくらいにして。いやぁー、今朝の料理、本当に美味しかったよ、ローズちゃん!」
そう言ってわたしとソルファ様の間へ入ろうとするサウスオリーブ公爵……だったのだが。そこへ滑り込むように現れた人物は……。
「アクア様のお料理は某が腕を振るいました」
「なっ!? スミス!?」
恭しく一礼するスミスに苦笑しているサウスオリーブ公爵。
「じゃ、じゃあ! ローズ嬢! その手作りのストロベリーパイ。ぼくにもくれないか? まだあるんだろう?」
「え。でも、ごめんなさい。これ以上ご提供すると、お茶会で振る舞うストロベリーパイがないんです」
「ええ~そりゃないよ~」
そこまでサウスオリーブ公爵が言ったところで、わたしの傍まで来ていた公爵が後ろ襟を摘まみ上げられ、とある人物に引き摺られていった。サウスオリーブ公爵が振り返ったところに、満面の笑みを浮かべたその人物の顔があり……。
「アクア。あなたにはたーーーんまりと、私特製薔薇のタルトをあげます」
「母上のタルトは間に合って……」
「たーーんまりと、ね」
「はい、わかりました」
パール婦人とサウスオリーブ公爵、親子のやり取りを見ていたわたしとソルファ様は一瞬顔を見合わせ、思わず軽く噴き出してしまう。
「母の前では公爵も形無しだな」
「ですわね」
こうして食された苺の妖精さんが天使のように天上へと舞い上がっていく中、わたしはソルファ様へ無事にストロベリーパイを届ける事が出来たのでした。
ルモーリア貴婦人会・運命のお茶会まであと二日――
アリーシェの侍女服姿、是非見てみたいですね。
いよいよお茶会の日程が近づいて参りました。続きもお楽しみにです。




