第42話 その伯爵令嬢、お勉強が苦手につき
サウスオリーブ領で悪さをしている組織の名前がワイルドウルフだと知り、より一層領内では警戒体制が強くなっていまして。
パール婦人主催のお茶会開催までの間、わたしは公爵家の領地内で過ごす事となっていたため、この日は滞在中のお部屋にて侍女ネンネから渡されていたお茶会参加者リストと、〝ルモーリア王国貴族図鑑〟を照らし合わせつつ、絶賛お勉強中……だったのですが。
「うぅ……ネンネ。だんだん頭がくるくるし始めましたわ……」
「アリーシェお嬢様、まだ本日開始してから一時間ですよ? 昼刻まではまだお時間がありますので、せめてお茶会へ参加するご婦人の名前だけでも憶えて下さい」
お部屋の外に声が漏れ出てはいけないため、ネンネは耳元でわたしの本当の名前を呼んでいる。すごく気遣ってくれるいつものネンネではあるんだけど……眼鏡の奥から刺さる視線が厳しい。
サウスオリーブ公爵の母、パール婦人が副会長を務めるルモーリア貴婦人会。
ルモーリア王国主要貴族の婦人達を集めた貴婦人会で、会長はなんとルモーリア王妃。王妃が会長なら、それは貴族の家としての立場を考えると参加しないお家の方が少ない訳で……。
「アリーシェお嬢様。ローズお嬢様として今後の立ち振る舞う事を考えると、ルモーリア王国の事、リファ第一王女様とカスター第一王子くらいしか知らないですじゃあ済まされないですよ?」
「あ、でもソルファ様のグランディア家と、ロジータお姉さまのアルマーニュ伯爵家は覚えました! (えっへん)!」
「はいはい。せめて今回参加する貴族のお家柄くらいは覚えて下さいね……」
「うぅ……わかりましたわ……」
ルモーリア王妃は今回公務があるため、欠席。
ネンネ情報によれば、パール婦人が招待状を送った貴婦人が六名。が、東の領地であるグレイシャル領を統治するグレイシャル公爵の奥様、アリアナ・グレイシャル公爵夫人とその娘であるリディア公爵令嬢からは欠席の連絡が来たみたい。元々継母キャサリーナと仲がいい貴婦人会No.3の人物だったみたいだけど、ある意味欠席でよかったかも。
よって、今回の参加者は、パール婦人に加え、来賓の貴婦人が五名、令嬢はわたし含めて二名という事になったみたい。
主催者がサウスオリーブ領、領主サウスオリーブ公爵の母――パール婦人。
わたしの継母――キャサリーナ・ゴルドー伯爵夫人。とわたしはローズとして参加予定。
有り難い事に、ディアス大農園のロジータお姉さまも伯爵夫人として出席するみたい。農園の食材をパール婦人が好んでサウスオリーブ領へ仕入れている関係もあるみたい。そうよね、港町マリーナのレストランにエリザベスのミルクで出来たチーズがあったくらいだものね。親交が深いのも窺える。知っている顔があるだけでも心強いというものだ。
問題はここからだ……。
わたしは貴族のお名前を憶えるのが苦手なのだ。
「えっと、アルバ・ノースフィーネ侯爵夫人が北のノースフィーネ領を統治している侯爵のご夫人で……」
「その白雪のような長い髪と長い睫毛、冷淡な眼差しとお淑やかな佇まいが氷の女王と呼ばれるご夫人ですね。礼節には厳しいので気をつけて下さいね」
「え? そうなの……」
こんな風に、〝ルモーリア王国貴族図鑑〟を読んでいると、ネンネが横で解説してくれる。女神様が眠ると言われているディーヴァ山の麓に聖都があって、ノクス大聖堂には聖地巡礼で世界中から沢山の人が参りに来るらしい。一年の半分は雪が降り、精霊が眠ると言われる森や湖なんかもある美しい大地に囲まれたルモーリア北の領。大聖堂ってどんなところなんだろう?
「はいはい。妄想世界へ入る前に次へ進んでくださいね」
「うぅ……わかったよぅ……えっとチェリー・カスタード辺境伯夫人。ルモーリア北東の果て。カスタード辺境伯領を治める辺境伯のご夫人……と」
「ふくよかで穏やかな彼女は性格もよく、敵を作らない中立派なので、彼女は問題ないです。娘のポポロン御令嬢も、アリーシェお嬢様とは性格が合うかと。それと、カスタード辺境伯領にはプリン温泉という天然の温泉があって、療養で行かれる貴族の方々も多いんですよ?」
「温泉! それは是非行ってみたいわね」
こうやってお勉強していくと、だんだんとルモーリア王国の全体像も見えて来る。ちょうど泊っているお部屋にルモーリア王国の地図も飾ってあって、場所を確認しながら貴族図鑑でお勉強をするわたし。
「最後はゼファー伯爵婦人。えっと、モーリア公爵家に務めるお家柄……モーリア公爵家って?」
「現ルモーリア王国の国王ルモーリア13世の弟がモーリア公爵ですね。モーリア家は王家の家柄なんです」
「それで、ルモーリア城がある中央の領地がモーリア領って言うのね」
そもそもわたしは社交界デビューすらしていないし、今まで子爵家のお手伝い以外は家に閉じ籠っていた存在。ルモーリア王国の事を知る必要すらない扱いを受けて来た。今までルモーリア王国を知らなくて当然だ。
「ただ……ゼファーは私もよく知っていますが……気をつけた方がいいと思います」
「え?」
「ゴルドー伯爵家とあまり仲がよろしくないので……」
「あ、そうなの? あ、そっか。今のわたしはローズだから……」
ゴルドー伯爵家と仲がよくない。それはつまりローズであるわたしにも敵意を向ける可能性があるのだ。
「まぁ、キャサリーナ様もお茶会の場でローズ姿であるアリーシェお嬢様の立場を悪くするような振る舞いはしないと思うので、心配には及ばないかと思いますが、用心に越したことはないですね」
「分かったわ。気をつけるようにする……」
これでお茶会へ出席するメンバーを事前に把握する事が出来た。
あっという間に昼刻となり、サウスオリーブ家の侍女さんがわたし達を迎えにやって来た。
「ローズ様、ネンネ様。昼食のご準備が出来ました」
「ええ、すぐに行きますわ」
パール婦人とのお食事も何回目かを迎え、ようやくわたしも違う世界へ旅立つ回数を減らす事に成功していた。
サウスオリーブ公爵は公務、ソルファ様の騎士団として任務についていて不在。ネンネとわたしとパール婦人、三人での静かなお食事。魚介エキスのたっぷり入ったパスタを食べながら、イカさんと海老さんが空中でワルツを踊っている中、パール婦人がわたしへ微笑みかけてくれた。
「ローズさんは本当、いつも美味しそうに食べてくれるわね。なんだか嬉しいわ」
「ありがとうございます。サウスオリーブの魚介は何度食べても本当美味しいです」
「そう言って貰えると嬉しいわ! あ、そうそう! ローズさん、このあと少し、お時間をいただけないかしら?」
パール婦人からのお誘い、断る事が出来る筈もない訳で。
「はい。勿論ですわ」
「よかったわ。私が主催のお茶会では毎回、パイ作りをやっているの。よかったら、一緒に苺のパイを作りません?」
刹那、小さな妖精さんの羽根をつけた顔のある苺たちが笑顔で空からやって来た。くるくるわたしの前で回る苺の妖精さんはとっても美味しそうで……。
「はい、喜んで。ご一緒させていただきたいですわ」
「ふふふ。決まりね」
年内の更新はこちらでラストとなります。
2025年11/3よりヤンチャンWebにてコミカライズ連載開始しており、現在電子雑誌どこでもヤングチャンピオンでも連載開始しておりますので、是非そちらも検索してみてくださいね。2026年もよろしくお願いします。




