第40話 その組織の名はワイルドウルフ
暫く言葉が出なかった。ディアス大農園でわたしとリンダちゃんを攫った集団が、今回サウスオリーブで悪さをしている盗賊団の一味だっただなんて……。
でも驚きと恐怖よりも、あれが本当に盗賊団の一味の仕業なのだとしたら、あれはお姉さまが仕向けた差し金ではなかったんだという安堵の気持ちの方が大きかった。ネンネへちらっと視線を送ると、わたしに分かる程度の動きで首を横に振っている。これは、二人きりの時にお話しようという合図だ。
「え? あの時って? まさかローズちゃん!? 盗賊団の一味に襲われた事があるのか!? 怪我はなかったかい? 怖くなかった!? 本当無事でよかった……」
「あ、はい! 大丈夫です。あの時はそちらにいらっしゃるジウさんとソルファ様に助けていただきましたので」
ジウさんが軽く会釈してくれて、ソルファ様が事情を知らなかった公爵へ何があったか説明してくれた。スミスさんも部屋の隅に控えていたんだけど、口の前に手を当てて心配そうな表情をしてくれていた。そっか。あの時スミスさん留守を任されていたんだった。今まで虐げられても打たれても、心配してくれる人はネンネただ一人だったのに……、誘拐が起きた時もみんなわたしとリンダちゃんの事を、そして今も、すごく心配してくれる。なんだか胸の中がぽかぽか暖かくなって来て、凄く不思議な気持ち……これが、優しさに包まれるって事なのかなぁ?
「奴はローズ嬢の美しい腕を傷つけた! 今思い出しただけでも許せない」
「な、なんだって!?」
「あ、いえ……それは、大丈夫ですから……」
それは継母や義兄からつけられた傷だとは口が裂けても言えない訳で……。こんなに優しさに包まれていても、わたしは未だにローズ姉という仮面を被っている。でも、今はこの仮面を取る訳にはいかない。わたしが仮面を取る日は……きっと、全てが暴かれて地獄へ落ちる時だ。
「……ワイルドウルフ」
「え? ジウさん?」
それまで話していたかったジウさんが突然話し始めたものだから、皆の視線が彼に注目する。
「素性も規模も組織体系も不明。狼のように小集団で群れを成し、狩りをした後、移動する。森の生態系の頂点……つまり闇の組織の頂点だと主張せんばかりに身体のどこかに狼の入れ墨を入れている。このルモーリア王国という広い王国の中に、確かに存在すると言われる闇の組織の名前です」
「ジウ、やはりその結論に至ったか。ワイルドウルフ……まやかしかと思っていたが、やはり存在するんだな」
なんだか話が大きくなって来ているような気がして、部屋の空気に暗雲が立ち込める。
「おいおい、待ってくれ。もし仮に、盗賊団がそのワイルドウルフだとして、一体何の目的でサウスオリーブを拠点に盗みを繰り返しているんだい?」
「組織を維持するための金が要るか、もしくは何か大きな目的のために、資金を集めている……とも考えられるな」
いずれにしても、いち早く盗賊団――ワイルドウルフの尻尾を掴み、組織の親玉へ繋がる鍵を見つける。そのためにも今回拠点にしている場所を早く見つだす必要がある、それが此処に居るみんなが導き出した結論だった。
「小生の部下がカフェテリアに居た男を見張っています。ある程度、拠点の目星はついております故、時間の問題かと」
「わかった。ジウ、引き続き、継続的に見張るよう指示を出しておいてくれ」
「御意」
的確に指示をするソルファ様の横顔を見ながらわたしはただただ『すごいなぁ~』と脳内で感嘆の声をあげるばかりだった。
「よし、アクア。オレも騎士団の鷹で、ミルア騎士団長へ騎士団員の応援要請をしておこう」
「何から何まですまないな、ソルファ。ローズちゃん、申し訳ないけれど、周辺の安全が保証されるまでは公爵家の敷地内で過ごしていて欲しい。領内の問題に巻き込んでしまって申し訳ない」
「いえ。もとは盗賊団が悪い訳ですし。昨日デ……ソルファ様と街並みもお食事も堪能出来ましたし、この地に居るだけで新鮮な空気を味わえてわたくしは満喫出来ていますので」
「そうか、ありがとう」
サウスオリーブ公爵が握手をしてくれる。公爵家の敷地内はとっても広く、敷地内での生活だけでも充分楽しめそうな気がしていた。
ソルファ様が暫く忙しくなるため、ジウさんは、アジトの捜索を密偵の部下に任せ、引き続きわたしの護衛についてくれる事となった。
「晩御飯の時までにはなるべく同席出来るようにする。ローズ、君の安全は保証するから安心して欲しい」
「分かりました。感謝致しますわ」
ローズ姉だったらここできっと、そんなのありえませんわと叫んでいたのかもしれない。でも、わたしはソルファ様の優しさを無碍に出来るような心を持ち合わせていない。
話し合いが終わるタイミングで、スミスさんが冷めましたのでと紅茶を取り替えてくれた。紅茶の上に乗っている檸檬スライスから鼻腔へと滑り込んで来る爽やかな香りが、わたしの不安を上書きしてくれるかのようで。サウスオリーブの潮風と檸檬。豊かな大自然が眩しくて優しくて。目の前には信頼出来る人が居る。今のわたしはそれで充分。
「そうだ、最後に一つだけ。ネンネ殿へお尋ねしたいのだが、よろしいか?」
「え? はい、ソルファ様。何でしょうか?」
「先日の一件、ワイルドウルフはローズ嬢の名前を知っていた。当然ローズ嬢には心当たりはなかった。あなたはゴルドー家へ長く仕えている身。グランデ・ゴルドー伯爵について、何か知っている事はないか?」
「旦那様がどの貴族のお家と親密かくらいなら分かりますが……」
「そうか。いや、すまない。ゴルドー伯爵が騎士団へ所属していた頃を俺は知らなかったから、盗賊団との因縁か、繋がりる何かが分かればと思って尋ねたまでだ。今の質問は忘れてくれ」
「承知致しました。また気になる事を思い出したならその時はご報告します」
「ああ、頼む」
わたしの横でソルファ様へ恭しく一礼するネンネ。その眼鏡の奥に隠された彼女の表情を、この時のわたしは読み取る事が出来なかった。
◆
「それにしても、グランディア侯爵家といい、サウスオリーブ公爵家といい、お風呂が広いですね」
「わたし達に気を遣ってくれて、この時間貸し切りにしてくれたパール婦人の優しさにも感謝しないと」
一日公爵家で時間を過ごしたわたし達は、サウスオリーブ公爵家自慢の露天風呂に入っていた。侯爵家と違って男女別に、しかも領館にあるゲスト用と本館の公爵家用、従者用の浴場と三つあるという贅沢ぶり。領館のお風呂は時間管理出来るよう、入口にてお風呂番の侍女さんが待機している。流石、公爵家だと来た時は驚いたものだ。
「はぁ~~生き返る~~」
「そうですね~」
色々あったけど、この瞬間だけは疲れも忘れてゆっくり出来る。ネンネと公爵家の露店風呂を堪能しつつ、少しだけ心を落ち着かせる事が出来た。
「お風呂終わったら、寝るお時間までお勉強ですからね」
「はい……わかっております」
うぅ……そうだった。って、忘れていた訳ではないですよ? どうやらネンネがパール婦人から、お茶会の参加者リストを見せてもらったみたいで。残りの日数でわたしは参加者の名前とお家柄、ゴルドー家との関係性をお勉強しなければならいのだ。まだまだ課題は山積みだ。
それに……。
まだ分かっていない事がある。どうしてあのときわたしが盗賊団に狙われたのか? ソルファ様がネンネに尋ねた通り、お父様は何か盗賊団と過去因縁があったのか?
「ねぇ、ネンネ。あの時のソルファ様からの質問、本当は何か?」
「お嬢様には、いつか話せるときが来たらお話しますね」
「やっぱり何か……」
「ごめんなさい。今はまだその時ではないのです」
何だろう? ネンネは一体……何を知っているんだろう? 不意に木々が靡き、水面に浮かぶ月面が揺れた。
このとき、ネンネが何を考えていたのか、侯爵家と盗賊団の過去をわたしが知るのは、もう少し先のお話になるのでした。
毎週土曜日に投稿させていただいていたのですが、こちら遅くなりまして申し訳ないです。コミカライズも第2話までヤンチャンWebの方で公開されておりますので、お楽しみいただけると幸いです。




