第3話 その伯爵令嬢、美味しいもの好きにつき
〝替え玉〟がバレると即終了。晴れてソルファ卿の婚約相手として過ごす事に決まったローズに扮したわたし、アリーシェ。わたしが真の婚約相手に相応しいか、判断してもらう6ヶ月間。あくまでわたしは姉ローズとして、ソルファ様に認めて貰わないといけないんだけど……。
それにしても、君を愛する努力をしようと思うなんて台詞、産まれて初めて言われました。
さっき両手を握られたソルファ様の真剣な眼差し。そして、手の温もり。忘れようとしても脳裏に浮かんで来るんですけど。
「……ーズ様、ローズ様」
「え? あ、はい。どうした……じゃなくてどうかしましたの? ネンネ」
ネンネがまたわたしだけに聞こえるよう、耳元で囁いてくれる。
「お嬢様、また違う世界へ意識が飛んでいましたよ? ローズ様の趣味は世界旅行ではありませんよ?」
「あ、ごめんネンネ。さっきの事考えていて……」
「無理もありませんね。ソルファ様は真っ直ぐでとってもいい御方。そんな殿方に迫られては身が持ちませんものね」
「ははは。ありがとうネンネ。ローズとしてしっかりしないといけませんわね」
「その意気です。あ、そろそろ始まるみたいです」
わたしはローソクの火を吹き消すように脳内で煙のように浮かんでいたソルファ様の映像を吹き消して、現実世界へ意識を集中する事にした。あの後、来て早々の婚約破棄を免れたわたしは今、ネンネと大広間の椅子に座って待機をしているところです。何でもこれからお祝いなんだって。ソルファ様、あの顔立ちと性格なのに、よっぽど女性に縁が無かったんだろう。スミスさんの指示の下、何やら侍女さんや執事さんが躍起になってお食事の準備をしているみたいです。
目の前にお皿が沢山並べられていきます。……って、何かお皿多くない?
ちょっと待って。これから何が始まるの? (注:お祝いです)
「お待たせしてすまない。食事の準備が出来たようだ」
「ソルファ様、これ……何が始まるんですか?」
「何ってローズ、君の歓迎会だが?」
「お食事って、パンと生野菜とかじゃないんですか?」
「ローズ。どうやら君は冗談が上手いらしい」
お野菜にはフルーツの香りがするソースのようなものがかかっている。パンもロールパン一つじゃなくて、いろんな形のパンが並んでいる。前菜? と呼ばれるものは、一口サイズのチーズとオリーブの実と鶏肉のようなものが添えてある。黄金色に輝いてみえるスープからは玉蜀黍の香り。そして、続けて並べられたお皿には薄く切られたお肉が並んでいて……。あれ、何か口元に布のようなものの感触が……。
「コホン、ゴホン」
「はっ、ネンネ!?」
しまった! 我に返ると、わたしの口から自然と流れ落ちる涎をネンネが見事にキャッチしていた。あ、よかった。食事を運んで来ていた侍女さんの方をソルファ様が向いている瞬間を狙ってネンネが動いてくれたみたい。
そう、今までわたしの前にはパンかお芋か生野菜くらいしか食卓に並んだ事はなかった。伯爵家で豪華な食事を食べるのはわたし以外の人達だけ。わたしが食べて来たまともな食事なんて、皆が寝静まった頃、ネンネがこっそり内緒で持って来た余った食物か、子爵家の農作業を手伝った時にお礼で出されるチーズやお野菜のポトフ位。こんな豪華な食事を目の前にした経験、初めてなんじゃなかろうか?
「ローズ様、好き嫌いなどありましたら、遠慮なくお申し付けください。すぐに取り替えますので」
「取り替えるなんて勿体ない! ……ですわ。スミスさん、ありがとうございます」
「ローズ、それに侍女のネンネさんも。さあ、召し上がってくれ」
「いただきますわ」
「ありがとうございます。いただきます」
こういう時のためにお家にある本で教養は学んでいる。えっと、まずは前菜からいただくのよね? 緊張の中、前菜をフォークで取り、口の中へと含む。
「なっ!?」
嗚呼、モモ、ミルキーの乳を搾っていた時の映像が再び脳内に浮かび上がって来る。ディアス領の丘から海を眺めて優雅に実るオリーブの実、そこにやって来た鶏さん。三つの味が一つになった時、口の中には虹色の輝きが……。
「……ーズ、ローズ! ど、どうしたんだ」
「え?」
気づいたらわたしの両の瞳から涙が流れていた。寧ろ鼻からも何かしらの液体が……。ネンネが目を丸くしつつ慌てて目と鼻から溢れていた液体を拭き取ってくれる。
「な、何でもありませんわ。ちょっと牛さんの事を考えていただけですわ」
「ゴホン。ソルファ様、ローズお嬢様は心お優しい御方。この前菜をお食べになって、牛やオリーブ、鶏に感謝し、それで涙したのです」
「な、なんと! 感謝の涙を流す。君はなんと美しい心の持ち主なんだ」
「妹のアリーシェ君同様、ローズ殿も命の大切さが分かる素晴らしい御心をお持ちであったとは。坊ちゃま、間違ったとはいえ、結果的にローズ様へ求婚してよかったですなぁ~フォッフォッフォ!」
「美しい心だなんて、そんな大層なものは持ち合わせておりませんわ。さ、気を取り直してローストビーフをいただきますわよ」
モォオオオオオオ――
嗚呼、牛が鳴いている。美味しく食べてくれてありがとうって。いえ、ありがとうを言うのはわたしの方、美味しく育ってくれてありがとう。牛の周りを天使が飛んでいる。そっか、命はこうやって巡るんだ。あ、しまった! 今回は自ら違う世界から早めに現実世界へ帰還したわたし……あれ? なんかみんなわたしの事を見てない?
「ローズ様、なんて清い心の持ち主なの」
「これでソルファ様も安心ですわ」
「ローズ様、素敵♡」
大広間の隅で待機していた侍女さんや執事さんが何やら涙を流している。どうしたんだろう、目にゴミでも入ったんだろうか。
「よし、ローズ! 今日は君が満足するまで沢山食べてくれ! 皆の者、追加の料理を頼む!」
「え? ええええええ?」
ソルファの合図で食卓にはメインディッシュとなるお肉、お魚、鶏さんの丸焼き、フルーツ盛り合わせと、大きなテーブルにこれ以上並ばない位沢山の料理が並んでいく……。
待って~ソルファ様~、わたし、そんなに食べられませんから~~。
ここから無自覚ヒロイン、アリーシェの魅力がどんどん加速していきます。
お気軽に感想やブクマで追いかけてみて下さいね。
気に入っていただけましたら、下の☆評価も★★★★★励みになりますので、是非よろしくお願いします。