第28話 修道院にて ~キャサリーナからの手紙ですわ
アリーシェが南の領主様からの招待状に驚く中、
修道院にもローズ宛に何やらお手紙が届いたようで。
嵐のようにやって来たお母様、キャサリーナ・ゴルドーが去り、わたくしの前には再び平穏が訪れたのですわ。
そして、お母様が帰って数日が経ったのですわ。
慣れとは恐ろしいものですわよね。
夜が明ける前からの起床。センスの欠片もない修道服を身に着け、お祈りとかいう謎の儀式。食事と呼べないパンと野菜。薄味のスープもちゃんと残さず食べてますわよ。畑仕事はまだ陽光を浴びると体調が悪くなるという理由で見学していますが、掃除に洗濯を始めた時は、あのマザー・イースターとやらが感心していましたわ。わたくしもやるときはやるんですのよ。
「わたくしの美しいボディーラインが強調されるこの修道服も悪くはありませんわね」
「ねぇねぇシスターローズ! どうやったらあの……その美しい体型が維持出来るの?」
「ふふ。そうですわね。強いていえば、自分に自信を持つ事ですわね」
あとは質素な料理を改善する事は出来ませんし、適度な運動と睡眠は大事ですわよとアドバイスしてあげると、双眸を輝かせてウルルが喜んで居ましたわ。単純ですわね。
あまり気にした事はありませんでしたけど、お母様の前では高いヒールの靴で常に姿勢を正して歩かなければならなかったし、日々ダンスのレッスンや身体を柔らかくするストレッチとやらもやらされていましたの。ストレッチとやらは最早習慣化してしまい、寝る前に今も欠かさずやっていますわ。
お昼休憩の時間になって、ようやく自室へと戻って来ましたわ。キャサリンが扇子で仰ぎ、ブルーノから渡された飲み物を飲みますわ。今日のこの飲み物は……ラズベリーのジュースかしらね。
「ブルーノ。お肉よ。お肉を頂戴」
「兎を狩って参りましょうか?」
「牛にしなさい。それかせめて鹿肉ね」
「承知致しました」
この修道院生活にも少しは慣れましたが、もうそろそろ……わたくしの身体が限界を迎えそうですわね。
「……はぁ。これ、いつまで続くのかしらね」
「ローズお嬢様。キャサリーナ様も仰っていました。社交界までの辛抱かと」
「そんなのありえませんわ! 夏まで何ヶ月あると思っているの!? あなたがどうにかしなさいよ、キャサリン」
「申し訳ございません。キャサリーナ様からの言いつけでして……」
平謝りするキャサリン。飲み終えたラズベリージュースをブルーノが黙って回収する。
そんな中、自室の扉をノックする音が。マザーイースターですわ。
「シスターローズ。母君からあなたへお手紙です。修道院規則で本来ならば中身を確認するところですが、キャサリーナ・ゴルドー様より、あなたへの手紙は絶対に中身を開封せず、あなたへ手渡しするよう言われています」
「感謝致しますわ、マザーイースター」
恭しく一礼し、マザーイースターから手紙を受け取るわたくし。彼女がしっかり扉を閉めた事を確認し、わたくしは手紙の中身を確認するのですわ。何々……その内容にわたくしは驚愕するのですわ。
「そ、そんなのありえませんわー!」
わたくしの『そんなのありえませんわ』にもちゃんと種類がありますのよ。アリーシェの態度が気に入らないとき。ドレスが気に入らないとき。理不尽な話を突きつけられたとき。そして、今回は……。
「お嬢様、何か良い話でも舞い込んで来ましたか?」
「流石ブルーノね。これを読みなさい」
キャサリーナからの手紙をブルーノへ渡すわたくし。これは今から楽しみになって来ましたわ。
キャサリーナ・ゴルドーからの手紙には、こう綴られていた。
『愛しのローズへ
先日は息災で何よりでした。
東の果て修道院。
相変わらず辺鄙なところでしたが、たまには東へ出向くのもいいものですね。
道中、グレイシャル領の宝石商へ立ち寄り、いい買い物が出来ました。
流石、いい鉱山を沢山持っている東の領地です。
社交界までの修道院生活、我慢出来たならあなたへも宝石を一つプレゼントしましょう。
それから、退屈にしている貴女へ朗報です。
サウスオリーブ公爵の母君。ルモーリア貴婦人会・副会長のパール婦人より手紙が届きました。
恐らくあのグランディア侯爵家があなたローズへ求婚をした話が耳に届いたのでしょう。
パール婦人主催のお茶会へ招待されました。
パール婦人へローズの名を売っておけば、ゴルドー家の未来も安泰です。
ローズ、あなたは妹が失敗しないよう、ワタクシの侍女に変装し、一緒に潜入するのです。
よろしいですわね?
一週間後、使いの馬車を送ります。
マザーイースターへは病気の治療でサウスオリーブへ向かうと手紙を出しますので安心しなさい。
久しぶりに外の空気も吸いたいでしょう?
後日、逢える事を楽しみにしています。
キャサリーナ・ゴルドー
追伸:
身体を柔らかくするウサギのポーズと蛙のポーズ、忘れずに続けるように
継続は力なりです』
大体あのどん臭いアリーシェが完璧に変装をこなしているだなんて、想像も出来ませんわ。
そして、あの冷徹な西の悪魔、ソルファ・グランディアへ虐げられている現場か、アリーシェが失敗している現場を陰から眺めるのですわ。
丁度、修道院生活で退屈していたところですもの。これはもう楽しみで仕方ありませんわね。
「お嬢様、今回はアリーシェ様を貶めるような行為は厳禁です」
「ええ。勿論分かっているわよ」
ええ、分かっていますとも。王国の貴婦人が集まるお茶会の場ですもの。
ねぇ、アリーシェ。あなたもうまくやってくれるわよね?
一体、ローズは何を考えているのか? ローズの名前に汚名がつけば、全て自分へ返って来るという事がローズは抜けているようですが。貴婦人達が一同に集まるお茶会。そして、南の領地に潜んでいるという窃盗団の噂。何か起きない訳ないですね。
「その伯爵令嬢、〝替え玉〟につき」此処までが替え玉開始編。ここまで追いかけていただきありがとうございます! この後、閑話を挟みまして、南の領主編スタートとなります。きりのいいところになりますので、是非★評価や感想などもいただけると励みになりますのでよろしくお願いします。
今後ともアリーシェやソルファ様の活躍を見守っていただけると幸いです。




