第27話 その英雄、騎士団への極秘依頼を受ける
その後、一時間の定期訓練を終えたあと、ソルファ様はミルア様へ呼ばれた。何故かわたしとネンネも一緒に来て欲しいと言われ、騎士団長の部屋へ連れて行かれるわたし達。これから一体何が始まるのでしょうか?
使用人の方が用意してくれた紅茶が並ぶテーブルと椅子へ座るわたし達。部屋に誰も居なくなった事を確認し、紅茶をひと口、口に含むミルア様。
「やはりディアスの茶葉で淹れた紅茶は美味しいね、ソルファ」
「ありがとうございます。ミルア騎士団長」
ディアスの事を褒められるとソルファ様も嬉しいみたい。表情は崩していないけれど、少し頬の筋肉が緩んでる気がするもの。わたしの視線に気づいたソルファ様がこっちを見るものだから、わたしはささーっと紅茶を手に取って誤魔化した。
紅茶を口に含むと、茶葉の香りと一緒に鼻腔へ流れて来たのは柑橘系の香りだった。よーく見ると、何かが紅茶の中に入っている?
「それはドライフルーツと言って、ディアス産のオレンジを乾燥させたものだ。乾燥させる事で保存食にもなって、その果物の季節じゃなくても旬の味を堪能出来る。ディアス大農園のアルマーニュ伯爵の奥さん、ロジータ伯爵夫人のアイデアだと聞いているよ」
「へぇ~、凄いですね。オレンジの香りが爽やかでとっても美味しいです」
快活でお母さんのような包容力に溢れるロジータさんの姿が目に浮かぶ。大農園の作物がルモーリア王国全体へ行き渡るよう、色々工夫されているんだなぁ。
「それはそうと、ローズも一緒に此処へ呼んだという事は、バルサーミの件ですか? やはり団長直々に厳格な処分を……」
「いやいや。そうじゃない。奴はあの性格だが、伸びしろはあるんだ。部下の真意を汲んで、うまく使うのが団長の務めだからな。でも、珍しいな、ソルファがあそこまで怒っていたのは」
「嗚呼、奴はローズ嬢が俺たちのために作った手作りサンドイッチを踏み躙ったんです。奴が目を覚ましたら、土下座させて謝らせます」
「ハハッ、そういう事だったのか!」
そっか。ミルア様はあの場に居なかったから、模擬戦になったきっかけを知らなかったのか。
何か『愛だな』ってミルア様の呟きが聞こえた気がするけど、気のせいよね?
「ソルファ様。土下座まではいいですから。ソルファ様があのときわたくしのために怒って下さって、曇っていた心が一瞬で晴れたのです。わたくしにとってはそれで充分ですから」
たとえ相手がバルサーミ兄であり、あまり身近な誰かが争うのは見たくない訳で。そんなわたしの気持ちを汲んでくれたのか、暫く腕を組んで考えていたソルファ様頷いて納得してくれた。
「よし、分かった。団長も不問とした話だ。俺は何もしない。団長、代わりと言ってはなんですが、奴に特別訓練の指示をお願いします」
「お、それはいいね。彼もまだまだ実力不足である事が露呈したからね。パワーが足りない彼には滝行、部下を背負っての山登り、岩運びの訓練を三セットやらせよう。背負われ役はカスミンがいいね」
「そうですね。滝行と岩運びは彼等にもやらせましょう」
「そうだね、そう指示しておくよ」
え、笑っていないソルファ様の表情がちょっと怖いんですけど。滝行と岩運び、シンシンさんが凄く過酷って言ってたのを思い出した。しかも何か部下を背負っての山登りってよく分からないものが追加されているような……。彼等を指しているのは、長身ネスミン、ぽっちゃりカスミン、小柄なコスモのバルサーミ取り巻き三人衆。あの三人組の中で一番ぽっちゃりなカスミンを背負っての山登り……想像しただけで恐ろしいと思ってしまった。
「じゃあ、バルサーミの話はこれくらいにしておいて。そろそろ本題へ入ってもいいかな?」
「ええ。お願いします」
お部屋の様子を一瞥した後、騎士団長の眼光が鋭くなった。ミルア様は表情を変えるだけで場の空気を一変させる天才だと思う。みんな真剣な面持ちでミルア様の言葉を待った。
「サウスオリーブ領、領主であるサウスオリーブ公爵から直々に手紙が届いた。ソルファ、極秘依頼のため、ローズ卿と一緒にサウスオリーブ領へ向かって欲しい」
「え? 待ってください! どうしてローズ嬢も一緒という話になるんですか?」
「読んだ方が早い。ローズ卿も一緒に読んでもらって構わない」
「え? あ、はい」
ミルア様から受け取ったサウスオリーブ公爵からの手紙をテーブルへ置き、ソルファ様とわたしは一緒に手紙を読み始めた。最初は他愛ない会話から。夏の社交界シーズンでは公爵も中央へ向かうので、騎士団本部に居るミルア様へも直接ご挨拶したいという内容。そして、手紙の本文は本題へ。どうやら盗賊団がルモーリア王国南側、サウスオリーブ領で悪さをしているみたいで、独自調査をお願いしたいのだそう。それも内密に。
その際、騎士団が領地で出歩いている様子を盗賊団の者が目撃してしまっては、盗賊団の尻尾を掴む前に他の領へ逃亡し、被害が国全体へ拡大してしまう可能性も否めない。そのため、彼等が南の領地を拠点にしている間に、尻尾を掴んで欲しいという依頼だった。
そして、こう手紙は続く。
『それに、僕の母が、ソルファの彼女に逢いたいと言っているんだ。丁度、母が春のお茶会への招待状をグランディア侯爵家へ送ったところだ。彼女の護衛とあらば、ソルファも断れないと思いまして。ミルア、サウスオリーブのため、ルモーリアのため、よろしく頼む』
「待っ……か、彼女!?」
え? 彼女? 誰の事を言っているんだろう。そうよね、ソルファ様だって彼女の一人や二人。居るわよね。
ん? いつものネンネがわたしの耳元で囁いているよ?
「彼女って、アリーシェお嬢様の事を恐らく言っていますよ?」
「え!? そうなの!?」
思わず立ち上がってしまった。驚くソルファ様と微笑むミルア騎士団長を交互に見たわたしは『取り乱しました』と一礼し、慌てて椅子へ座る。
「まぁ、驚くのも無理もないね。だってサウスオリーブ公爵の母君が開くお茶会は、王国淑女の今後の立場を左右する登竜門とも言われるお茶会だ。若くして選ばれたローズ卿はよほど注目されているんだと思うよ?」
え? 登竜門? 何それ美味しいの?
「盗賊団は放ってはおけません。が、現地での任務にローズを同行させるつもりはありません」
「嗚呼、勿論だ。サウスオリーブ公爵家の護衛にうちの騎士団員を数名忍ばせておく。それなら問題ないだろう?」
「分かりました。団長の頼みとあれば」
「よろしく頼んだ」
何やら話が進んでいるけど、わたしの脳内は貴族淑女達が集まるお茶会の様子が浮かんでいて……どうしよう、継母みたいに扇子とか持って行った方がいいのかな……。
「心配せずとも、ローズお嬢様はローズお嬢様のままで、何ら問題ございませんよ?」
「サウスオリーブ公爵、アクア・マリーナ・サウスオリーブ公爵も、その母君であるパール婦人も心優しき御方。ローズ卿ならきっと打ち解けるに違いない」
「そうですね、団長」
こうして、わたし・アリーシェは、ローズ姿で南の領主様邸宅へお呼ばれする事になったのです。
変装のままでの遠征……しかも、お茶会開催。何かが起きる予感しかしないのでした。
替え玉生活スタートし、ディアスを回ったアリーシェ。
いよいよ次なるステージへ。南の領主サウスオリーブ公爵はどんな人物なのか? 続きもお楽しみです!




