第26話 その伯爵令嬢、騎士団長へ気に入られる
ルモーリア王国王宮騎士団・騎士団長ミルア様。ルモーリア王国最強と謳われており、その名声は王国だけでなく、他国にまで轟いているという。噂でしか聞いた事がなく実際逢った事がなかったため、ミルア様と気付かなかった。
ソルファ様もそうだけど、ミルア様ってもっと戦闘狂で怖い人なのかなって想像していたけれど、全然違った。部下からも信頼され、人望も厚い、みんなの憧れの騎士団長。それがミルア様なんだろう。
騎士団長の指示でバルサーミ兄は担架で医務室へと運ばれていった。舞台上でミルア様が折れた木刀を拾っていた。
「それ、見せてくれるかい?」
「はい」
ソルファ様から柄の部分を受け取ったミルア様が何やら折れた部分を色んな角度から見ている。そして、ソルファ様へ問う。
「不自然な折れ方だ。元々騎士団員同士が訓練で手合わせしても簡単には折れない鋼鉄楢素材の木刀が何故折れたのか? 興味があってね」
「オレの剣戟がオークに勝った。それだけのことです」
「ハハッ。それも興味深いね」
二、三、ソルファ様と会話した後、残った観客へ向けて折れた木刀を見せつつミルア様が話始める。
「不自然に折れた木刀。何やら罅の跡のようなものも見受けられる。が、自然のものなのか、故意なのかは分からないし、証拠もない。それに折れた上でソルファは、バルサーミの攻撃を躱し、見事に勝利して見せた。よってこの件は不問としよう。勝利したソルファへ改めて称賛の拍手を」
うまくその場を収めたミルア様。そうか、わたしなんかは木刀って折れるんだ位にしか思っていなかったけれど、木刀が折れた事で誰かが疑念を抱く前に動いたんだ。そして、ミルア様は会場を見回して、観客席の端へ座っていた者達に声を掛けた。あれは確か……よくバルサーミ兄の後ろに控えている取り巻き三人衆だ。
「ネスミン、カスミン、コスモ。この木刀を処分しといてくれ。それと、医務室へ向かったバルサーミのところへ行ってやれ」
「「「は、はい!」」」
投げられた木刀を慌ててキャッチした三人衆は、何やら青褪めた表情で会場を退散しようとした。が、次の瞬間、突然重くなった空気に三人の脚が止まった。
「そうだそうだ。模擬戦で使う木刀の手入れ。お前達でちゃんとしといてくれ。また折れてしまってはかなわないからね」
「「「はい!」」」
鋭い眼光は、まるで獲物を狙う鷹のよう。鷹に睨まれた虫のように小さくなった三人衆は逃げるようにしてその場を後にした。重たい空気は一瞬でまた元の穏やかな空気へと戻る。ミルア様も証拠もないって言ってたし、木刀が折れたのもきっと偶然よね。
「先程は失礼したね。試合中だったもので、ゴルドー家伯爵のご令嬢への挨拶が遅れてしまった。ご無礼を許して欲しい」
「いえいえとんでもないです! 試合中の解説もありがとうございました」
改めて騎士団最高位の方へカーテシーをするわたし。
「ゴルドー伯爵家長女、ローズ・ゴルドーです。よろしくお願いしますわ」
「王宮騎士団・騎士団長のミルア・オクターヴです。うちのソルファが世話になっているみたいだね、よろしく」
「いえいえ! ソルファ様にお世話になっているのはわたしの方ですから」
「そうなのか。ソルファ?」
突然話題を振られたソルファ様は真面目な顔でわたしの傍までやって来てわたしの両手を握り始め……。
「ローズ。お世話になっているとは思わなくていい。君は君のままで俺の傍に居るだけでいいんだ」
「え? あ。ソルファ様、近いです」
「あ、嗚呼。それはすまない」
握っていた両手を離し、互いにそっぽを向いたところで、騎士団長が何故か噴き出して……。
「ハハッ。こんなソルファ、初めてみたよ。いやぁ~興味深い」
「団長の前で失礼致しました」
「いいんだ、いいんだ。よかったよ、こんな素晴らしいお嬢さんがソルファの婚約者になってくれて」
「いや、まだ正式には婚約者ではないので」
「照れるな照れるな。いやぁ~これからが楽しみだね。ローズ卿、ソルファは冷徹で血も涙もないって噂されているけれど、あれはソルファを気に入らない貴族か誰かが流した噂に過ぎないんだ。不器用だけど、情に熱くて、部下からの信頼も厚い。それが君の婚約者、ソルファ・グランディアだ」
嗚呼、ミルア様は、ソルファ様の内面をしっかり見てくれているんだなって、この時のわたしは思ったのでした。
改めて一礼したわたしは、ミルア様へこう答える。
「ソルファ様と出逢ってからまだ短いですが、ソルファ様はとてもお優しい方で真っ直ぐで、わたしには勿体ないくらい素敵な方です。だからわたしはソルファ様へ認めて貰えるように努力しようと思っています」
ソルファ様が君を愛する努力をしようと思うって、あの時言ってくれたように。
わたしもソルファ様が認めてくれるような女性になれるよう、いつか自分に自身が持てるように……少しずつ、前を向いていこうと思う。
「ローズ卿、君は素晴らしい人だ。あのグランデ・ゴルドー伯爵のお嬢さんとは思えない、純粋で真っすぐな人でよかった」
「え? 父を知っているんですか?」
「あれ? 聞いてないのかい?」
何の事だろう? 客席に控えていたネンネへ視線を送るとどうやらネンネは何か知っているみたい。
「君の父、グランデ・ゴルドーはルモーリア王国、王家の護衛を担当していた王宮騎士団の元副団長だよ」
「え? そうなんですか?」
実父が騎士団の出自だなんて初耳だったし、王家の護衛をしていた話なんて自慢話好きな実父なら色んな人に言ってそうな話題だけれど、今の実父の傲慢な態度からは想像出来ない意外な一面だった。
「まぁ、今は商家としてのゴルドー家の仕事を継いでいて、騎士団は早くに引退したんだけどね。私が入隊した頃、あの人は中々の強者だったんだよ」
「それは存じ上げませんでしたわ」
ローズ姉や継母のキャサリーナから、アゴ髭扱いされている実父のイメージとはかけ離れ過ぎている。まぁ、実父が過去何をやっていようがわたしには関係ない事だ。ミルア様には悪いけれど、適当に流しておこう。
わたしが興味無さそうにしている事を察したのか、話し終えたミルア様がソルファ様へ腰に携えていた木刀を渡す。
「シンシン、それを貸してくれ」
「え、はい!」
続けて、シンシンの木刀を受け取ったミルア様。え? 一体何を始めるんだろう?
「ソルファ、あれをやろう」
「いいですよ」
「みんな、ちょっと舞台から離れていてくれ。ローズ嬢も、一旦客席へ」
「え、あ、はい」
客席へみんなが移動したのを見計らって、舞台上、端と端に立ったミルア様とソルファ様。ミルア様の『行くぞ』の合図と共に、二人が地面を蹴った……と思ったら、舞台中央へ向け、瞬きする間に移動しており……。
「斬!」
「派ッ!」
舞台中央で二つの剣戟がぶつかり合った瞬間、舞台上を駆け抜ける風が暴風の波となって私たちに襲い掛かる!
やがて、暴風が収まったところで互いに木刀の刀身を見せ合う二人。どうやら互いの刀身には傷が入っていたようで……。
「成程、彼はこの罅が入った木刀を仕込んでいたのかもしれないね」
「そうですね」
木刀を鞘へと収め、笑顔で握手を交わすミルア騎士団長とソルファ様。
後でシンシンが解説してくれた。二人がもし、実際に戦場で戦ったなら、大地は裂け、地形が変わるだろうって。




