第24話 その英雄、アリーシェの手作りサンドを食べる
「ローズ嬢、これは一体どういう事なんだ?」
たまごサンドを摘まみ、何故か下から見上げるような位置でサンドイッチの断面を凝視しつつ、こちらへ問い掛けるソルファ様。どうやら会議が終わったタイミングで休憩所へやって来たみたい。なんだか訝しげな表情でわたしとネンネ、そして、サンドイッチを食べていた団員達を交互に見ていたソルファ様へネンネが説明する。
「畏れながらソルファ様。そちらの卵サンドはローズ様手作りにございます。騎士団へ向かう準備時間をいただいた際、ローズ様と私ネンネでいつも頑張っておられる騎士団員の方々へ何かしてあげられる事はないか? とローズ様の発案でご準備致しました」
「あ、団員さんの分を横取りせずとも、ソルファ様の分もちゃんとありますよ?」
そう言って、もう一つちゃんと用意していたバスケットを取り出し、ソルファ様へ渡す。ふわふわの卵サンドにハムサンド、チーズの入ったサンドの詰め合わせだ。
「こいつは返す」
「え、あ……ありがとうございます」
シンシンさんが慌てて摘まんだ後が凹んだ卵サンドを受け取る中、ソルファ様はバスケットの中から取り出した卵サンドを口へ含む。
……無言。咀嚼音すら聞こえない。途中から双眸を閉じ、口だけを動かすソルファ様。最早怒っているのか、喜んでいるのかすら分からない。そのあまりの緊張感に、団員さん達も固唾を飲んで見守っている。やがて、喉をゴクリと鳴らす音が聞こえたかと思うと、黙ってわたしの下へとゆっくり近づいたソルファ様は……。
「……ローズ嬢」
「は、はい! えっと……お口に……合いませんでしたでしょうか?」
どうしよう……ソルファ様を怒らせちゃったのかな……真剣な眼差しがわたしの顔へと突き刺さる。
「……ぅまかった」
「え?」
何かボソっと呟いたソルファ様はそのままわたしの両手を握りしめて。
「美味かった。絶品だ。どうやったらこんな美味いサンドイッチが作れるんだ?」
「いえ……えっと。ただ普通に具材をスライスしたパンへサンドしただけですわよ?」
でも心当たりはある。侯爵家は侍女さんや執事さん、使用人も含めると働いている人の数が多いため、自給自足出来るよう、広い敷地の中に畑や鶏舎、山羊や豚小屋などがある事を最近知ったのだ。朝採れたての卵で作ったふわっふわの卵。大農園で育てたディアス小麦のパンに、自家製のハムとチーズで作った新鮮なサンドイッチ。わたしじゃなくても作ったら美味しくなって当然だ。
「ソルファ様、それは愛ですぜ、愛」
「旨くて当然ですよ!」
「ソルファ様、羨ましい」
「羨望」
あれ? サンドイッチを食べ終えた騎士団員の方々がいつの間にか、わたしとソルファ様を囲んでるんですけど……。何やら頷いてる方に『尊い……尊い』と涙を流してる方まで。うーん、尊いってなんだろう?
「そうか……愛か……」
「あ、あの……そろそろ手を離していただけると……皆さん見てますし……」
「これは失礼した。では残りのサンドイッチも食べるとしよう」
頬が林檎のように染まっているわたしの様子にようやく気づいたのか、慌ててソルファ様は両手を離した後、ソルファ様へ用意したバスケットに入っているサンドイッチを一気に頬張り始めた。余りに勢いよく頬張りすぎるので咳込むソルファ様。
「そ、ソルファ様! お茶を!」
「うむ、すまない」
こちらも用意していたお茶のカップを渡すとそれを豪快に飲み干すソルファ様。そして、再びサンドイッチに戻る。
「ソルファ様に喜んでもらえたようで、よかったですねお嬢様」
「ええ、ネンネ。準備した甲斐がありましたわ」
用意していたサンドイッチがあっという間になくなってしまい、みんな満足そうにお茶を飲んでいた。
「ローズ嬢、あの短い準備期間で用意してくれていたんだな、感謝する」
「とんでもございませんわ。喜んで貰えて嬉しいですわ」
ちょうどソルファ様とそんなやり取りをしているタイミングだった。何やら遠くから獲物を狙うかの視線を感じ、全身に悪寒が走ったのは。最早、誰か近づいているのかは明白だった。
「あーあ、何をやってるかと思ったら、まさかあの英雄様が女の作った食事なんぞに鼻の下を伸ばしているんですかい?」
「何を言っている? バルサーミ、日々の食事へ感謝し、英気を養ってこそ、仕事の活力へ繋がるというものだ」
ソルファ様の返答を無視したバルサーミ兄がわたしの下へとやって来る。足元から髪先まで、嬲るように視線を動かした後、兄は口角をあげ、ひと言。
「おいローズ、お兄様へのサンドイッチはどうした?」
「それが……、皆さまが全部食べてしまっ……」
わたしの右肩を軽く叩いたバルサーミがそのまま左耳元へと顔を寄せ、わたしにだけ聞こえる程度の声で呟く。
「けっ、お前の薄汚い手で作った飯なんざ食えるかよ」
「……っ!?」
わたしとの距離が近い事を懸念したソルファ様がバルサーミの腕を掴んで引き剥がそうとしたところで飄々と飛び跳ね、ソルファ様の手を回避する兄。
「おい! バルサーミ!」
「いや何、兄妹の戯れですって」
ソルファ様とバルサーミ兄の間に緊張が走っている事に気付いてか、このとき、とある人物がバルサーミ兄の傍へと駆け寄っていた。
「あ、あの! バルサーミ先輩、よかったら……僕のサンドイッチがあと一つあるので」
「ああん? おぅ、気が利くじゃねーか、シンシン」
シンシンからサンドイッチを受け取ろうとしたバルサーミ……だったのだが、その手を上に跳ね上げ、卵サンドが宙へ舞ってしまう。そして、兄は地面へ落ちた卵サンドをそのまま踏みつける。ぐしゃりと飛散する中身の卵。
「うわぁっと!? すまねぇーローズ! 手が滑っちまった!」
この時、地面に落ちたパンの感触を確かめるかのように踵を捩じるバルサーミの顔は、潰れた卵サンドのように歪んでいた。思い出した。こんなのいつもの事だ。これでも打たれるよりはよっぽどマシだ。でも、一生懸命育てた鶏さんが産んだ卵と、ディアス大農園の方々が大切に育てた小麦で作ったパンの事を思うと、わたしの拳は震え、視界が滲んでしまっていた。
「……謝って……下さい」
「ああん?」
ケタケタと嗤っていたバルサーミの視線が凍りつく。震える拳を懸命に押さえ、わたしはバルサーミの顔を真っ直ぐ見据えたまま、声を張る。
「鶏と小麦を作った人達へ! 謝って!」
「何だと!? ローズ! それが兄に対する態度かぁ!」
この時、勢いよく振り上げられたバルサーミの手は、わたしへ振り下ろされる事はなく……。
「おい、バルサーミ……ローズの言った通りだ。今、自分が何をしたか、わかっているのか?」
「先輩、だからさっきローズへ謝ったじゃないっすか。じゃあ、こうしましょうよ。そんなに怒りが収まらないんだったら、この後の実技訓練で、オレと模擬戦やりましょうぜ? それなら文句もないでしょう?」
「いいだろう、お前が負けたらローズ嬢へ謝ってもらうぞ!」
「けけけ、じゃあオレが勝ったら土下座してもらいますぜ、先輩?」
え!? そんな!? ソルファ様が兄と模擬戦?
二人の視線が交錯し火花が飛び散る中、わたしは心に不安を抱えたまま、二人の顔を交互に見るのでした。
ソルファ様vsバルサーミ、まさかの模擬戦!
続きをお楽しみです!




