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その伯爵令嬢、〝替え玉〟につき ~替え玉のわたし(妹)が侯爵に溺愛されるなんてあり得ません  作者: とんこつ毬藻
Ⅰ.替え玉開始編~Scene Dias

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第21話 その伯爵令嬢、君に見せたい景色に感動する 

 ディアス大農園を見学することになったわたし達。中央のロッジから東側へ向かうと、パンやパスタに使われるディアス小麦と、エールなどのお酒の材料となる大麦を中心に、様々な穀物と野菜が栽培されている農場がわたし達を出迎えてくれた。


 優しく新緑を照らす陽光に、小高い丘へ吹き込む風が心地いい。春に芽を出した小麦と大麦が爽やかな風に揺れている。初めまして~って挨拶してくれているようで、思わずわたしは小麦のディアスちゃんへ手を振った。


「来月の終わり頃から早ければ麦の収穫が始まるさね。夏はトウモロコシや果樹園の葡萄、秋から冬にかけてはオリーブやオレンジ。温暖な気候と日当たりのいい小高い丘の風、そこのディアス渓流から流れてくる川の清らかな水。これだけ条件が揃って初めて沢山の作物が育つさね」

「す、すごいですわ」


 ロジータお姉さんの解説にただただ感心して頷くローズ姿に扮したわたしアリーシェ。一年中こうやって収穫出来る作物がある大きな農園なんて想像もつかない世界だった。


「嬉しいねぇ。牧場での振る舞いといい、ローズちゃんがこうやって興味津々に話を聞いてくれるだけでお姉さんは感動だよ」

「いえいえ、感動するのはわたくしの方ですわ。皆さまが愛情籠めて小麦さんやお野菜を育ててくれるお陰で、毎日のお食事にありつけるのだと考えると、もう感謝しかありませんわ」


 わたしがお姉さんへそう告げた瞬間、背後に控えていたグランディア侯爵がなぜか号泣していた。ん? 後ろを向いた。え? 元に戻っている? ソルファ様もなんだか頷いているし。


「有無。それでこそ、ローズ嬢だ (ローズ嬢、嗚呼、ローズ嬢~~ローズ嬢~~)」

「流石だなローズ」


 広い麦畑を抜け、南側へ向かうと今度は果樹園が見えて来る。果樹園の周りの丘は優しい黄緑に白に黄色。色彩豊かな野花が彩る世界はまるで天然のキャンパスだ。


「ローズ、花は好きか?」

「ええ。勿論ですわ」


 わたしの言葉を聞いたソルファ様が何やらロジータお姉さんへ耳打ちし、果樹園の傍の丘へ走っていった。何をする気なんだろう? 一度屈んだソルファ様が手を後ろへ回した状態でこちらへやって来る。


「今日、此処へ来た記念だ」

「え? え?」


 ソルファ様が片膝を立てた状態でわたしへ差し出した一輪の花。黄色い可愛らしい花弁が特徴のお花。え? これをわたしに? どうして?


「お嬢様、貰っていいそうですよ?」

「え? ネンネ。あ……ソルファ様。ありがとうございます……ですわ」


 花を持ったソルファ様の指にわたしの指が軽く触れてしまい、慌ててお花を胸の前へ引き寄せる形で揺れた指を離すわたし。一輪の花にどうしてこんなにもドキドキしているんだろう。


「ふふふ。それはこの地方にしか咲かないプリムラ・ポリアンナさね。ディアスへ春を告げる花とも呼ばれていて、その花言葉は〝希望〟〝永続的な愛〟」

「え? え?」


 ロジータお姉さんの解説に思わずソルファ様と視線を交わすわたし。ソルファ様は目を反らしつつ立ち上がり、わたしへ手を差し出した。


「さぁ、行こうか、ローズ嬢」

「え? えっと……」


 ソルファ様、待って。わたしでいいのですか? だってソルファ様の想い人はアリーシェで……って、そもそもローズを演じているだけでアリーシェはわたしじゃない! それはつまり……この手を取ってもいいってこと?


 ソルファ様の手はディアスの丘のように分厚く広大で、蒼穹からわたし達を導く陽光のように暖かくて。 

 

「あ、はい」


 このあと果樹園に咲いたお花を愛で、オリーブの段々畑を案内されたんだけど、ソルファ様の手を握ったわたしは心此処にあらずで……。


「お昼はそこの果樹園の休憩所で食べていくさね。準備する間、自由に見て来るといいさね」

「私もお手伝いします。お嬢様、ソルファ様とごゆっくりです」

「お、おう、そうだ! 私も用事を思い出したぞ! ちょっと行ってくるぞ! 有無」


 何やらみんながいつの間にか退散し、ソルファ様とわたしの二人きりになってしまったよ?


「こっちだ、ローズ嬢。君に見せたい景色があると言っていただろう?」

「え? はい」


 オリーブ畑を見下ろしつつオレンジの樹が並んでいる場所を抜け、暫く歩く。よくよく考えると農場見学からかれこれ二時間近く回っていたため、流石に息が上がって来た。オレンジ畑は緩やかな傾斜になっており、ソルファ様の手を取りながらゆっくりと登っていく。やがて、丘の中腹、開けた場所に出たわたしは、息が上がっていた事も忘れ、時が止まったかのように身体の動きを止めた。


「き、綺麗……」


 小高い丘のすぐ下にはオリーブ畑、圧巻はその先、海まで続く丘陵一面にお花が咲いていた。赤や黄色、橙だけじゃない。緑に青に紫。これはまるで地上に舞い降りた天然の虹。虹の先、遠くルモーリア海まで一望出来る景色はこの世界とは思えないくらい素敵な景色だった。


「色んな品種のプリムラにディアススミレ、ネモフィラフィーネ。この時期にしか咲かない野花ばかりだ。実りの象徴であるディアスの陽光に照らされ、春を告げる今だけ、この景色を見ることが出来る。オレがまだ幼い頃、亡くなった母がよくこの景色を見せてくれたんだ。そんな思い出の景色を一度、君へ見せたかったんだ」


 お母様と過ごした思い出の場所。そっか。だからソルファ様は此処へわたしを連れて来てくれたんだ。お母様と過ごしたそんな貴重な場所へわたしのような存在が一緒に来てよかったのだろうか? でも、そんなソルファ様の優しさが嬉しくて、わたしは素直に感謝の言葉を伝えた。


「ありがとうございます。ソルファ様」

「気に入ってくれたようでよかった。皆が待っている。さぁ、行こうか」

「そう、ですわね」


 あとはソルファ様へ促されるまま、帰るだけ……だったんだけど。何故か、わたしの足が動いてくれなくて。


「どうした?」

「もう少し、一緒に居たい……かもですわ」


 今までの辛い記憶も今だけは天然の虹がすべて浄化してくれる……そんな気がして。この日のわたしは少しだけ我儘に、ソルファ様の握る手に少しだけ力を籠めたのでした。 


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