第2話 その英雄、真っ直ぐにつき
「ローズ卿、大変申し訳ないが、婚約を破棄させてくれないか?」
「えぇ……っと、それは困りますわ」
「そうだよな」
只今、スミスさん、ソルファ卿、ローズに扮したアリーシェ、そして、侍女のネンネ四名、グランディア侯爵家の客間にて、緊急会議中です。
尚、グランディア侯爵は隣国へ遠征中で留守なんだそう。奥様を早くに亡くされており、ソルファ卿には早く相手を見つけて欲しかったものの、例の噂の事もあり、全くそんな話まで発展する事がなかったらしい。
「一ヶ月前の事でした。いつもはほぼ無表情の坊ちゃんが、喜々とした表情で帰って来たのです。坊ちゃんが中央、ローズ様のお家があるモーリア領にて社交界があり、そこから帰って来た日でした。社交界へは、某は別の公務があった故、別の者を同行させておりました。きっといいお相手でも見つかったのだろうと思い、話を伺ったのです」
スミスさんによるといい相手は見つかったが、それは社交界の現場ではなかったのだと。その日、社交界が始まる少し前、たまたま通りかかりに見つけた家で、牛の搾乳をしていた女子を見かけたんだそう。『あの子はこの家の子か?』と通り掛かりの者に尋ねると、『あれはゴルドー家の娘さんだべ、時々此処へ来て、手伝ってくれるべさ。いいお嬢さんだべさ』と言って、ゴルドー家に居る娘=ローズお姉様と勘違いしたソフィア卿が、スミスさんへ報告。グランディア侯爵と父であるゴルドー伯爵との間で、今回の求婚の話が進んだのだそう。
「ええと……それはわたし、ローズではなく、妹のアリーシェですわね」
「なんと、あの子の名前はアリーシェと言うのか。ではローズ。其方には申し訳ないが、君との婚約は破棄し、アリーシェとの求婚を」
「そ、それは無理ですわ!」「それは無理にございます」
わたしとネンネが同時に叫んでしまった。これは、どう説明すればいいのか……。アリーシェは此処に居るので婚約破棄は出来ません? いや、意味が分からないし、それでは〝替え玉〟作戦どこいった? という話になってしまう。って、わたし自身、求婚迫られてる意味が分からない。町娘のような見すぼらしい恰好で、搾乳している女子の何処がいいのか……。
「そこがいいんだ。今迄オレの前に現れた女子は、ただ衣装と宝飾品を着飾り、ただ欲深いだけの人間ばかりだった。ただ、あの子は違う。化粧もせず、額に滲んだ汗を拭い、家畜である牛と会話しながら自分より下の身分である子爵家の仕事を手伝うその姿。嗚呼、間違いない。あの姿こそ、オレの求めていた女性だ」
『モモ~、ミルキ~、もう少しで終わるからね~。終わったらい~っぱいご飯あげるから、待っててね~』
もしかして、あのときの牛さん達との会話聞かれていたの!? は、恥ずかしすぎる。思わず顔が赤くなってしまう。
「どうしてローズ卿の顔が赤くなるんだ?」
「だって、アリーシェは覗かれていたという事になります! 恥ずかしいに決まってますわ!」
「そ、それは……悪いことをした。思わず見惚れてしまっていたんだ」
「もう……いいですわ」
表情でこれ以上悟られないよう、下を向くわたし。わたしに見惚れるなんて、有り得ないから……。
「確かに今更間違えでしたとゴルドー伯爵へ申し出るのも難しい話ですなぁ……」
「はい、それにソルファ様にスミス様、アリーシェ様は今頃、東の果ての修道院を訪ねている頃です」
「なんだと!? それは連れ戻すのは難しいな……どうしたものか……」
実際のところ、本物が見つかってしまってはいけないため、わたしではなく、姉ローズは東の果ての修道院を訪ねている頃なのである。元々女神信仰の父と交流があるシスターがやっている修道院のため、姉は今頃、通常では有り得ない特別待遇を受けている筈だ。
わたしがアリーシェでしたと此処で〝替え玉〟を解く=かつらを脱ぐのは簡単なのだが、もしゴルドー家が嘘をついていたとグランディア侯爵家の逆鱗に触れてしまっては危険を伴う。それに本来ゴルドー家としてはアリーシェが存在してはいけないのだ。今回わたしがわたしの存在を他人に明かした事すらあってはならない事なんだ。わたしは人間扱いすらされた事のない奴隷……そう、わたしなんかが選ばれてはいけない……。
「……ーズ卿、ローズ卿!」
「え? あ、はい!」
「すまない。すまないことをした。君の気持ちも考えず、婚約破棄を申し出てしまった」
「あ、いえ。わたしはだいじょうぶ……ですわよ」
「大丈夫じゃないだろう! 表情に出ている!」
そうか、きっとソルファ様は、わたしが婚約破棄されたことにショックを受けて暗い表情になっていると思っているんだろう。そんなことはない。むしろわたしなんか、気にかけて貰っただけでも有難い話だ。それに、気づいてしまった。ソルファ様は、世間が言うような冷徹な人でも、血も涙もないような悪魔でもない。真っ直ぐ相手の気持ちをちゃんと考えて、心配してくれる人。こんなの悪魔なんかじゃない。わたしにとっては地獄から連れ出してくれた王子様だ。
「ソルファ様。ご提案があります。アリーシェ様は修道院。両家の立場を考えても、今更婚約破棄は簡単ではないお話。ですから、こうしませんか? 婚姻の儀まで六ヶ月の準備期間。仮の婚約相手として、ローズ様を知ってもらい、ソルファ様に相応しい人物か、六ヶ月の間で判断していただくのです。此処におりますローズ様は、貴方様が見つけて下さったアリーシェ様と変わらない、心優しい女性ですよ?」
ネンネからの提案に暫く腕組みをし、考えていたソルファ様だったが、やがて決心したかのように顔を上げる。
「そう……だな。初対面の女性に大変失礼な事をした。よし、わかった。ローズ卿、いや、ローズ! 君はあのアリーシェ卿の姉君だ。オレは君を愛する努力をしようと思う。それでも駄目だった時はすまない、そのときは、改めて婚約破棄させてくれ」
「は、はい。よろしく……お願いしますわ」
いやいや、ソルファ様。両手を握らないで~~! 全身が熱いから~~!
溺愛の片鱗を感じていただけたなら幸いです!
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