第19話 その伯爵令嬢の侍女、推察する
ソルファ様が助けてくれた後、すぐに数台の馬車が現地へ到着する。ブランチ・アルマーニュ伯爵とロジータご夫人、グランディア侯爵とネンネも乗っており、わたしとリンダちゃんは無事に誘拐犯から救出される事となった。誘拐されている間、リンダちゃんはずっと眠っていたので、一体何が起きていたのか分からず放心状態だった。こうして、ディアス大農園へと帰ったわたし達。
部屋へ入ると、再会した時と同様、ロジータお姉さんがわたしとリンダちゃんを囲むように抱き締めてくれて、アルマーニュ伯爵もグランディア侯爵も、わたしたちの無事を涙を流して喜んでくれていた。わたしは破れたアームカバーで咄嗟に古傷を隠していたんだけれど、無残にも引き裂かれた衣装と僅かに見えた傷から、過剰に心配されてしまう。
「心配に及びませんわ。この通り、元気ですからっ! オーホッホッホ」
「ローズ嬢、無理をするな」
「ローズ嬢、今日はアルマーニュと話して此処へ泊めて貰う事にした。今日はゆっくり休みなさい (ローズ嬢ぉおおおお! 無事でよかったが……傷が、傷が心配なのじゃよぉおおおお)」
無理してるのがソルファ様にバレてしまい、その日はディアス大農園と併設する伯爵家に泊めてもらう事になった。アルマーニュ伯爵とロジータお姉さまが居たので、グランディア侯爵は平静を装いつつ心配する素振りを見せていたけれど、内心、叫びたがっている様子が滲み出ていた。
「お嬢様、ご無事で何よりです。お嬢様に何かあったかと思うと、ネンネは……ネンネは」
「心配してくれてありがとう。もう大丈夫よ」
おや、ネンネが耳元で囁いているよ?
『本当によかったです。傷につきましても大事に至らなくて』
『そうね、ありがとう』
変装がバレてしまう事をネンネは懸念していたのだろう。そうだ。あの時、かつらも変装も無事だった。両腕の傷は、誘拐犯がわたしへ付けた傷だと勘違いしてくれた。抱き締められていた時、それが心苦しくも思えたのだけれど、替え玉終了とならなかった事は幸いだった。
「あの、ソルファ様。一体どうやってあんな山小屋の場所が分かったのですか?」
「それは、彼のお陰だ」
「あ! ジウさん」
いつの間にか部屋の隅にて控えていたグランディア侯爵家の密偵、ジウさんが一礼する。どうやらジウさんが馬の蹄の跡からわたし達の行方を追い、大農場より高台へ位置するこの山小屋の場所を特定したらしい。ジウさんは何かあった時に動けるよう、ソルファ様から離れた大農園が見渡せる位置で待機していたみたい。
「ローズ、君が浚われたであろう時刻、牧場の羊小屋側で小火騒ぎがあったんだ。恐らくあの小火が陽動で、本命が君の誘拐だったんだろう」
君を怖い目に遭わせてしまい、申し訳ないと謝られたので慌てて「とんでもないです、こちらこそ助けて下さいましてありがとうございます」と一礼するわたし。ソルファ様が異常に気付いた時にはわたしもリンダちゃんも消息を絶った後だった。ソルファ様は、自身が気づけなかった事と、わたしが傷ついてしまった事を悔やんでくれたみたい。
「ソルファ様、奴等の身柄は近日中に警護団へ引き渡します。今は縛っておりますが……」
「嗚呼、引き渡す前に色々聞いておく事にしよう」
わたしを何故誘拐したのか、どうやらソルファ様は彼等を問い質すつもりらしい。
「あの……ソルファ様!」
「あの者達はどうなるのでしょうか?」
「流刑……もしくは死罪だな」
「え? それは……」
確かにわたしへ卑劣な行為をした相手だし、今までも悪い事ばかりして来た人達なのかもしれない。だけど、ちゃんと罪を償えば、二度と悪い事はしないって誓ってくれたなら、その人は死なずに済むかもしれない。
「ソルファ様……罪は償って貰いたいし、あの人達をすぐに許す事は出来ません。でも死罪だけは……お願いします」
「……。そうか。ローズ嬢は慈悲深いな。分かった。警護団へもオレから伝えておこう」
「ありがとうございます」
そして、ソルファ様は誘拐犯の身柄を拘束しているという部屋へジウさんと共に向かった。
リンダちゃんはようやく自身が誘拐されていた事を理解し始め、ずっとロジータお姉さんに引っ付いていた。時折、頭をそっと撫でるロジータお姉さんはお母さんの顔をしていた。そんな気がした。
わたし自身、お母さんの顔は覚えていないんだけど、誰かに頭を撫でられた幼い頃の記憶は薄っすらと残っている。
母親って……こんな感じなのかな。
「このロッジの裏には露天風呂もあります。部屋を用意してあります。今日はゆっくりお休みになられて下さい」
「アルマーニュ伯爵、ありがとうございます」
「お嬢様のお世話と傷の手当は私ネンネが致します。侍女さんのご手配等は無用ですのでお気遣いなさらず」
「ネンネさん、承知致しました。よろしくお願いします」
こうして、それぞれようやく別行動となったわたし達。案内された部屋は暖かい木の温もりが感じられて安心感のあるお部屋だった。羊の毛をふんだんに使ったベッドも気持ち良さそう。
部屋のベッドに座った状態で、ネンネが傷の手当をしてくれた。腕の古傷ではない。縛られた時に手脚へ傷がついていたのだ。ネンネはわたしのこと、よく見てくれている。
「アリーシェお嬢様、すぐに駆け付ける事が出来ず、申し訳ございませんでした」
「いいのよ、ネンネ。わたしはもう平気だから」
「アリーシェお嬢様。今回の誘拐、どうお考えですか?」
「え? えっと……」
あの大男達は確かお金目的では無さそうな会話をしていた。貴族の馬車が襲われるなんて日常茶飯事だとは以前から話には聞いていた。でも今までが引き籠り生活だったわたしにとっては初めての誘拐。一体どうしてわたしなのか。侯爵家へ来たばかりのわたしを狙う意味。侯爵家へ恨みを持った人の犯行だろうか?
「アリーシェお嬢様、わたしはもっと身近な人物の犯行だと考えています。あくまで憶測ですが」
「でも、きっとソルファ様が調べる事だし、わたし達が気にする必要はないんじゃないかな?」
傷の手当を終えたネンネが、自身の荷物へ救急箱をしまい、わたしの隣へと座る。そして、わたしにしか聞こえない程の声量で、わたしの耳元で囁いた。
「今回の誘拐、ネンネはアリーシェお嬢様の姉、ローズお嬢様あたりが絡んでいると睨んでいます」
「え?」




