第17話 その伯爵令嬢、はじめての共同作業をする
エリザベス……そう。この引き締まった身体。滑らかなボディーラインはエレガント。言われてみれば、モモやミルキーよりもお姫さまな雰囲気を醸し出している……だから、この子の名前はエリザベスなのね。搾り立ての乳で作ったお菓子を手に紅茶でティータイム。お姫様姿になったエリザベス、そして、モモとミルキーも一緒に座っている映像が浮かぶ。
「楽しそうだな、ローズ嬢」
「はっ!?」
しまった。ソルファ様もご一緒だったんだ。ついつい新たなエリザベスという推し牛を前に我を忘れて妄想してしまっていた。このまま頬を赤らめてしまうと以前見られていた時の二の舞だし、今のわたしはローズ姉だ。ソルファ様を前にもっと心に余裕を持った態度で出ないと。
「どうですか、ソルファ様。妹に教わったこの腕前?」
「嗚呼、オレにはとても真似出来ない腕前だ。流石だな、ローズ嬢」
「ふふふ、褒めても何も出ませんわよ。オーホッホッホ」
ソルファ様に褒められて鼻高々なわたしは、ローズ姉を真似て高笑いを披露してみる。高笑いに合わせて推し牛たちも『モォ~~』っと合唱をしていた。
「アリーシェといい、ローズといい、姉妹揃って酪農が好きなんだな」
「ええ、勿論ですわよ」
「父上は遠征の時以外、最低でも月に一度はこの大農園を訪れている。オレは騎士団の公務も多いが、父上に掛け合ってたまにローズ嬢が此処へ来られるよう、掛け合ってみようか?」
「え? いいんですの!?」
まさか、これからも毎月エリザベスに逢える? わたしは嬉しさの余り、両手を前に握り、瞳をキラキラ潤ませたままソルファ様を見上げた。何故か喉が鳴る音が聞こえた後、軽く咳払いをするソルファ様。
「ローズが望むのなら父上も快諾してくれるだろう」
「あ、ありがとうございます。ソルファ様」
侯爵家へ来て、何かわたしに出来る事はないかと考えていた。牧場のお手伝いならわたしも慣れているし、きっとネンネも了承してくれるだろう。こうして、推し牛と今後も逢える可能性が出て来たところで、わたし達は残ったお仕事を再開する事にしたんだけど。それまでわたしとリンダちゃんの様子を静観していたソルファ様が、ある提案を持ち掛けて来た。
「せっかくの機会だ。よかったら何かオレにも手伝わせてくれ」
「え? いえ……大丈夫です」
真っ先に否定したのはリンダちゃん。何故かわたしの背後に隠れつつ、ソルファ様を覗いている。まだソルファ様を警戒しているのかなぁ?
「まぁまぁリンダちゃん。ソルファ様がこう仰っているんだし。そうだ、ソルファ様も搾ってみます? エリザベスの乳」
「い……いや……それは遠慮しておく。オレは牧舎の掃除をしておくとしよう」
そういうとソルファ様は牧舎の掃除を始めた。普段は掃除なんかは侍女さんに任せ、騎士団で剣を持っているソルファ様だ。途中わたしもお掃除のコツを伝えつつ、残りの牛さん達の乳搾りを終えていく。ソルファ様はわたしが手を取りながら伝える度に、頷いて反応してくれる。時折、触れる彼の手は分厚くて温かく、こうして一緒に共同作業をしているとなんだか気持ちもぽかぽかして来るわたしなのでした。
それにしても、わたしがお手伝いしていた子爵家の牛さんは十頭だったのに対し、ディアス牧場の牛さんは牧舎を分けて数百頭。これに羊さんも居る訳で、更には畜産場と農園まであるって考えると、一体何人の人が働いているんだろうってただただ驚くばかり。こんなところで毎日牛さんや羊さん、色んな子達と触れ合いながらお仕事するのって、きっと大変そうだけど楽しいんだろうなって思う。
「ふぅ~やっと終わった~」
「ソルファ様、ローズお姉さま。手伝ってくれてありがとうございます」
リンダちゃんがわたしとソルファ様へぺこりとお辞儀をする。こうしてリンダちゃんの担当していた牧舎の乳搾りと掃除を無事に終えたわたし達。お片付けをしようとしていたタイミングで誰かが牧舎へとやって来た。
「ソルファ様~~~ソルファ様はおられますか?」
「オレだが、どうした?」
「グランディア侯爵様がお呼びです。何でも経営に関する緊急の相談みたいで」
「分かった。すぐに向かう」
何の話だろう? 経営の事は分からないし、何よりソルファ様を邪魔しては悪いと思ったわたし。お片付けの途中でリンダちゃんを一人放ってはおけないので、ソルファ様にはわたしの事は気にせず、先に戻ってもらうよう伝えた。
「わたくしは片付け終わったらリンダちゃんと向かいますわ」
「すまない、ローズ。先に戻る」
「リンダちゃんも一緒だし、大丈夫ですわよ。ね、リンダちゃん」
「はい、お姉さま」
わたしに会釈をしたソルファ様はこうして牧場の人と牧舎を後にする。こうして、わたしとリンダちゃんは二人でお片付けの続きを再開していた。ふと、リンダちゃんが手を止めたので、どうしたのかと尋ねてみる。
「リンダちゃん、どうしたの?」
「いえ。あの人、初めて見る人だったので。新人さんかなぁ、と考えていました」
「これだけ広い大農園と牧場だものね。沢山の人働いてて覚えるのも大変よね」
実際、人の入れ替えも激しいみたいで、リンダちゃんがあまり話した事のない大人も沢山居るみたい。わたしも牛さんなら名前を覚えられるけど、きっとそんなに沢山の人が働いていたら、顔と名前を覚えるのは無理かもしれない。
「すいません、変なこと言って。気にしない事にします」
「そうね。気にしない気にしない」
「そうそう、気にしない気にしない」
「え?」
わたしの言葉に続いて嗄れた声が重なったものだから、声がした方を振り返ろう……としたのだけど、誰かに後ろから羽交い締めにされたわたしは口を塞がれてしまう。リンダちゃんも身体の自由を奪われ、足をばたつかせていたが、やがて気を失ってしまう。
「んん~~~!」
「何事も気にしない事が一番だよ、お嬢ちゃん」
「んんーー……」
男の声が脳裏に響く中、次第に意識が遠のいていって……やがて、わたしの視界は真っ暗になった。
アリーシェまさかの緊急事態にどうなる? 続きもお楽しみにです。




