第14話 修道院にて ~そんなのありえませんわ
グランディア侯爵家嫡男、ソルファの求婚相手、姉ローズ。妹アリーシェが替え玉として送り込まれ、グランディア侯爵家で生活を始める中、姉ローズは身を隠す形で東の果ての修道院で生活を始めていたのだが……。
(今回のお話はローズ視点でお届けします)
「そんなのありえませんわ!」
ゴルドー伯爵家長女、ローズ・ゴルドー。こんな東の果て修道院とか言う名前からして辺鄙な場所で引き籠るような器ではございませんのよ。
「ローズお嬢様、お願いします。この修道服を着て下さい」
まだ遠くの空に朝焼けが見えるような時間から、朝のお祈りとか言う風習に叩き起こされ、色も黒や藍色といった地味な修道服を着せられる。装飾品も許されず、唯一身に着けていいものはロザリオだけ。そんなのありえないに決まってるわ!
「どうして伯爵家からわざわざ此処へ来たわたくしがドレス以外の召物を着なければなりませんの? ねぇ、教えてキャサリン。今すぐに! 説明しなさい」
キャサリンはわたくしの専属侍女ですの。修道院へ行くのもわたくしは反対したのですが、嫁いだ筈のローズが侯爵家に残っていて万一グランディア侯爵家の関係者に見られたら大変ですものね。わたくしの専属侍女であったキャサリンと同じく専属執事であったブルーノを連れていくという条件で、泣く泣く此処まで来ましたのよ。
「申し訳ございません。修道院のマザーにはお願いしていたのですが、この場所は皆、身分も出自も関係なく、皆平等でなければならないという方針みたいでして」
「なんですって! ドレスもない! 宝石もない! 娯楽もない。毎日お祈りに掃除に馬鹿げているわ。それに、お食事にはお肉もデザートも出て来ないじゃない!」
「デザートは昨日シスター手作りのアップルタルトが出ていたではありませんか……」
「おだまりなさい!」
亜麻色の髪を団子にした侍女服姿の彼女はいつもの困り顔。もうこのそばかす顔には飽きましたわね。部屋の隅に控えている執事。ブルーノは他の執事と比べて若いのに有能。彼は物分かりもよく、わたくしの思う通りに動いてくれますの。
「ねぇ、ブルーノ? あなたならどうすればいいか、お分かりよね?」
「はい、お嬢様。お食事は既に小生が準備しております故、ご安心下さい。すぐにお持ちします」
昨日、自ら弓矢で仕留めた鹿を朝から厨房を借りて調理したみたい。やるじゃない、ブルーノ。黒髪は地味ですけど、何よりその王宮騎士団のミルア様を若くしたかのような整った顔立ちと榛色の瞳もわたくしの好み。彼を連れて来て、正解でしたわね。
『此処へ来てもう一週間よ、いいの? ブルーノ?』
『問題ない。マザーとシスターへは申し送り済だ』
何やらお食事をカートへ取りに行ってるキャサリンとブルーノが小声で話しているようですが、何も聞こえませんわね。お部屋に用意されたテーブルにブルーノ特製の料理が並んでいく。悪くはないわね。あら? これだけですの?
「朝のデザートは何ですの?」
「デザートはこちらの林檎を」
「林檎は昨日食べましたわ。他の果物にしなさい。ブルーノ、分かっているわよね?」
「申し訳ございません。すぐに用意します」
「いえ、やっぱりいいわ」
「え? よろしいのですか?」
「今日のわたくしは機嫌がいいのよ」
果物くらい常に貯蔵しておくのが当然ですの。修道院の裏に森も畑もあるじゃない。無ければ採ってくればいいのよ。ブルーノもまだまだですわね。ま、いいわ。今日のわたくしは寛大ですのよ。何せそろそろ伝令役が戻って来る頃ですもの。
そうこうしている内に部屋の扉をノックする音が。あちらへ出向いていた伝令役がきっと戻って来たのね。
「ローズ嬢。マザーイースターです。失礼致します」
わたくしは慌ててお部屋のベッドへと潜り込む。このマザー。修道院で一番偉いからと言って、掃除に畑仕事に色々こき使おうとするんですの。挙句、侯爵家令嬢など関係ないと。
「お加減はいかがですか?」
「コホッ。コホッ。まだ体調が……すぐれませんのよ」
「そうですか。早く皆の前でローズ嬢をご紹介し、シスターの一員として迎え入れたいものです。ローズ嬢へ女神様のご加護があらんことを」
「お気遣い、感謝致しますわ」
なるべく顔を合わせないよう横を向き、演技をするわたくし。ふふふ。社交界で貴族の偉いおじさんおばさんの扱いは慣れていますのよ?
「キャサリン殿、ブルーノ殿。修道院へ来てまでローズ嬢のお世話をさせてしまい、申し訳ございません」
「いえ。ローズ様は身体に合わない食材がありまして、療養食は小生が引き続き担当致します」
「お世話は私、キャサリンが致しますので、マザーイースターはお勤めへ戻られて下さい」
「ご厚意感謝致します。皆さま方へ女神ディーヴァ様のご加護があらんことを」
三人が互いに礼をし、マザーイースターが部屋を出たところを確認し、わたくしはベッドから飛び起きる。
「ふふふ。どう? 今の演技、完璧でしたでしょう?」
「完璧でした、ローズ様」
「流石でございます、ローズお嬢様」
「そういえば、アリーシェのところへ寄越した伝令はまだですの?」
「嗚呼、それでしたら、鷹のゴンザレスを通じて手紙が届いてますね」
「は?」
ブルーノが説明する。伝令も使えませんわね。へぇ? 西のディアスから中央モーリア領、東の果ての修道院まで馬車で一週間はかかるから、ゴルドー家の愛鷹・ゴンザレスを寄越したですって?
「そんなのありえませんわ! 早く手紙を読みなさい」
「承知しました」
ブルーノが伝令からの手紙を開封し、読み始める。ふふふ、いいわ。アリーシェがあのソルファとか言う 〝変わり者の英雄〟から一体どんな酷いを受けているのか、報告が楽しみね。
ブルーノが手紙を読み進めていく。アリーシェは無事に侯爵家へ到着し、わたくしの評価が落ちないよう、妹なりにはローズを演じているらしい。侍女や執事の評価も高く、今のところ、求婚から婚約へ向けて順調に侯爵家生活を始めている……ですって!?
「待ちなさい。あのソルファとか言う英雄が毎晩アリーシェを打って、痛めつけているのではないんですの?」
「そのような内容は書いておりませんね……」
「そんなのありえませんわ!」
わたくしが朝食を食べ終えたテーブルを叩き、立ち上がる。ちょっと! 衝撃でお皿が一枚落ち、割れてしまう。
「わたくしが怪我したらどうするの! キャサリン、早く片付けなさい」
「か、畏まりました!」
「お嬢様。まだ続きがあります。先日、お兄様がアリーシェと接触したようです。旦那様とグランディア侯爵も無事に挨拶を終えたと書かれています」
足下でキャサリンがお皿を片付ける中、ブルーノの報告にわたくしは眉根をあげる。へぇ~、お兄様。成程、お兄様は西のディアス領へ遠征している……という訳ね。
「ゴンザレスは?」
「まだ、小生の自室に待機させております」
「今すぐお兄様へ手紙を書くわ。すぐに届けさせなさい」
「承知致しました」
待っていなさいアリーシェ。あなたが恥をかく姿を想像すると……今から楽しみだわ。
「そんなのありえませんわ」初のローズ視点いかがでしたでしょうか?
修道院へ行っても変わらない傲慢っぷりの姉ローズ嬢。何か企んでいるようで……アリーシェが心配ですね。ここまでお読みいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。




