第13話 その伯爵令嬢の父、論破される
ソルファ様のまさかの発言に、その場に居た全員が彼の方を向いていた。一瞬、グランディア侯爵へ視線を送り、ソルファ様が続けて発言する。
「ゴルドー伯爵家と王家との関係は今のところは良好。中央モーリア領で王家からの仕事を請け、財政も今のところは問題ないと聞いています。ローズ嬢を迎える上で、今後良好な関係を築いていくのは間違いない。が、ローズ嬢はあなたの道具ではない。そこは履き違えないでいただきたいと存じます」
え? ソルファ様は何を言っているの? 両拳を震わせながら握ったままのグランデ・ゴルドーに対し、わたしの実父から瞳を逸らさず真っ直ぐに話をするソルファ様。まさか、わたしに対する実父の態度に怒ってくれているの?
「ビジネスならば、互いの利益を尊重した上で話を進めるべきです。これでは此処に並ぶ美術品や武具の数々がローズ嬢を送り出すための品ではなく、只の賄賂だ」
え? そこまで言い切って大丈夫なの? ソルファ様が言い終えたところで、反撃の狼煙を上げるグランデ・ゴルドー。
「流石、ソルファ殿。英雄と呼ばれるだけある。確かに失礼した。じゃが、ローズは伯爵家で手塩にかけて育てた儂の大事な娘だ。そんな大切な娘を侯爵家へ送り出す儂の気持ちも分かっていただきたい」
「ええ。ですので、先程の態度を改めていただきたいのです。此処にはローズ嬢のための品がない。立派そうな物を並べているだけだ。オレが口出しするのもどうかとは思いましたが、娘が嫁ぐ先へ贈る品ならば、少しはローズ嬢のためのドレスや宝飾品、衣服や生活に使うような品があっても良いのではと思っただけです」
「まぁまぁ、ソルファ殿。そこは実際のところ、婚姻の儀は先になるのだ。また婚姻の儀が正式に決まった暁には、改めてお持ちする予定ですぞ」
「そうですか。そこは分かりました」
多分、お持ちする事は無さそうとわたしは思った。何せ伯爵家にある宝飾品やお化粧道具、飾り棚や食器など、美しいもの、珍しいものは全て、継母であるキャサリーナ・ゴルドーが独占しているのだ。まずはキャサリーナ・ゴルドーが品定めし、残ったものがローズ姉へと分け与えられる仕組み。武具などに関しては兄バルサーミが一部所有しているが、わたしに回って来る事はまずない訳で。
侯爵家との関係を築きたいと言いつつも、此処に並んでいる物はよくよく見ると倉庫の奥にしまっていたような品ばかりなのだ。
「息子の言う通りではあるな。ゴルドー卿。折角の提案であるが、今、人手は足りておってな。先の戦争を終え、王家とも既に強い結びつきがある故、仮に交易で貴殿に便宜を図るのであれば、我々にも相応のメリットが欲しいところではあるな」
「でしたら、子爵家が作っておるチーズや小麦、肉牛などを交易の中でディアス領へ届けましょうぞ」
その発言を聞いた瞬間、グランディア侯爵が眉を顰める。
「ゴルドー卿よ。うちはディアス大農園と畜産場、牧場も所有しておるのはご存知であろう?」
「ええ。勿論です。ですが、王国全体へ届けておるのであれば、畜産物は幾つあってもよろしいかと」
黙ったまま頷かないグランディア侯爵の様子に、実父も失言だったと思ったのだろう。額の汗を布で拭いつつ、すぐに話題を変える。
「な、ならば、そうだ。息子のバルサーミだ。騎士団でのディアスの守りをより強固にすべく、バルサーミ含め、息子の部下達にもディアスでの任務をより多く務めるよう伝えましょうぞ」
お兄様の話題にわたしの肩が跳ねる。騎士団の話に反応した人物は侯爵ではなく……。
「お言葉ですが、王国の騎士団に関する全権限はミルア騎士団長が所有しております。ゴルドー卿が横から口出しする権限はないかと」
ソルファ様の発言に、一瞬言葉を呑み込む実父であったが、両手を叩いて懲りずに次の提案を始める。
「ならば、王国東のグレイシャル公爵との橋渡しをしましょう。あそこの鉱山で採れる宝石は一級品ですからの! グレイシャル公爵には儂らもよくして貰っておるので……」
「まぁまぁ、そのくらいにして。わざわざディアス領へ来て下さったんだ。積もる話はこれ位にして、今日は昼食でも食べて帰られて下さい。ディアス自慢の農作物で作った料理を今料理長へ作らせておりますので」
まだ何か言いたそうな父は執事のスミスさんに連れられ、客間から強制退場させられた。実父が居なくなった客間に、暫く静寂な空気が流れる。下を向いていたわたしはゆっくり顔を上げ、ソルファ様へ頭を下げた。
「あ、あの! ソルファ様! わたくしの事を思って発言して下さったのですよね? ありがとうございます。感謝致しますわ」
「いや、こちらこそ差し出がましい事をしてすまない。どうしても此処に並ぶ品々がローズ嬢を思っての品には見えなくてな。一部埃も被っているし、侯爵家へ便宜を図って貰おうとしている割に、傲慢な態度が見え見えだったからな」
嗚呼、成程……。ソルファ様は凄く真っ直ぐだからこそ、恐らく実父グランデ・ゴルドーの思惑が透けて見えたんだ……。それはグランディア侯爵にも伝わっていたみたいで。
「嗚呼、ローズ嬢。もしかして伯爵家では、無碍な扱いを受けていたのではないか? 時折、ローズ嬢の身体を舐めるように見る視線。ご尊父の事を悪く言うのは失礼かとは思ったが、自身の利権が垣間見えるあの態度。とても寵愛を受けていたような態度には見えなかったぞ」
「え、えっと。心配には及びませんわ。それに、わたくしは、グランディア家へ嫁ぐ身ですもの。こうしてグランディア侯爵家、ソルファ様がわたくしのような存在を迎え入れてくれて、幸せを感じておりますわ」
わたしのような存在が侯爵家に相応しいとはまだとても思えなかったけれど、ローズ姉の格好をしているとは言え、わたしを受け入れてくれた事には言葉では言い表せないくらい感謝しているのだ。素直に感謝を伝えると、またまたお父様から涙を流しながら両腕ブンブンをされた。
大丈夫かな? わたし、失礼な事やってないわよね?
このあと、ディアス領自慢の料理フルコースをぶつぶつ独り言を言いつつも全部食べ終えた実父、グランデ・ゴルドーは、そそくさとグランディア侯爵家を後にした。直接話すタイミングが無くてある意味よかったと思う。もし二人きりになるような場面があれば、きっと打たれていたと思う。きっと実父のことだ、自分は悪くないと思っている筈だ。グランディア侯爵家との交易の交渉が上手くいかなかった事も、わたしがうまく侯爵家との橋渡しをしなかったから位に思っているに違いなかった。
「心配はしなくてもいい、ローズ嬢。父上はちゃんと分かっている。ゴルドー伯爵家とグランディア侯爵家の関係が悪化するような事はないし、君に嫌な想いをさせる事はない。ローズ嬢は何も心配しなくていいんだ」
「え、えっと……感謝致しますわ」
わたしの両肩に置かれる彼の分厚い手。手の温もりが肩から胸へ、全身へと伝わっていくかのようで。
今のわたしの姿はローズだというのに、彼の瞳はいつも真っ直ぐで。
なんだろう、この胸の奥がじんわり暖かくなるような不思議な気持ちは?
高鳴る胸の音がソルファ様の耳に届いていないかわたしは心配でたまらないのでした。




