第11話 その英雄の父、感動する
「父上、ローズ嬢が驚いている。そのくらいにしたらどうですか?」
「おお、そうであったな。すまぬ、ローズ嬢。ソルファよ、遠征の土産もあるのだ。応接室へ移動しよう。よかったらローズ嬢も同席してくれ」
「え? わたくしもですか?」
「パターギアからローズ嬢への土産もあるからの」
来たばかりなのにお土産なんてなんだか申し訳ないけれど、案内されるがまま一室へと案内される。どうやらグランディア侯爵の執務室みたい。何やら難しそうな本と資料が沢山置いてある部屋。真ん中にあったフカフカのソファーへ座るソルファ様とわたし。
パターギア王国から貰ったというお皿や調度品をテーブルへ並べつつ、話をするグランディア侯爵。過去戦争で色々あったものの、今はパターギアとは友好的に交遊しているみたい。国境に隣接している此処、ディアス領は交易の拠点となるため、グランディア侯爵自ら出向いたのだという。
「パターギアが今度、ディアスの農作物と畜産物、それからサウスオリーブ領のオリーブや海産物も買い取ってくれるそうだ。サウスオリーブ公爵からは仲介料を貰う話も済んでおる。ここに並べた調度品は、パターギアとの友好の品として、直接国王様より貰ったという訳だ」
「そうですか。パターギア国王が友好的になってくれてよかった。これも父上の外交力のお陰です」
そうか。引き篭もりだったわたしは貴族の偉い人達が何をしているのかなんて考えた事もなかったけれど、領に住んでいる人達の生活を保障するために日々動いている凄い人達も居るんだなと感心してしまった。
「領民のためにグランディア侯爵は日々ご苦労されているんですね……あ」
しまった。ついつい心の声を口に出してしまっていた。わたしの悪い癖だ。一瞬、目を丸くしたグランディア侯爵だったけれど、やがて、ソファーから立ち上がってわたしの両手を再び握り締めたまま、先程と同じ上下運動を始めた。
「お、おおおおお! 分かるか! 分かるのかローズ嬢! 他人を敬う心を持っているとは、流石息子が選んだ女性よ! ハッハハッハ」
「父上! ローズ嬢が驚いている」
ソルファ様が咳払いをし、満面の笑みのまま座り直すグランディア侯爵。そのタイミングでスミスさんが紅茶を人数分、並べてくれる。タイミングを見計らうスミスさんも流石だな、と思う。紅茶を飲んで落ち着きを取り戻した侯爵は、再びわたしを見て、一言。
「それとローズ嬢」
「は、はい!」
「私の事は、お父様と呼びなさい」
「えっと……お父様?」
お父様と呼んだ瞬間、何故か腰をくねらせつつ妙な動きをするグランディア侯爵。
「そう! もう一度!」
「お父様」
「うおおおおおお~~ローズ嬢ぉおおおおお」
「え? えええええ?」
ちょ、ちょっと。グランディア侯爵が立ち上がって、突然泣き出したんですけど。だ、大丈夫かな……わたし、何か悪い事したかな? スミスさんがハンカチをそっと差し出して、受け取った侯爵は思い切り鼻をかんでいた。心配するわたしに気づいたのか、ソルファ様が耳打ちしてくれた。
「えっと。父上は女の子が欲しかったんだよ。だが、母上を亡くしてしまい、子供はオレだけになってしまった。だから実の娘が出来たみたいで嬉しいんだと思う。すまんな、外向きは紳士なんだが、オレの前だといつもこんな調子なんだ。ローズ嬢は心配しなくていい」
「そ、そういう事だったのですね」
そういう事ならこれだけ喜ぶグランディア侯爵の気持ちも分かる気がした。わたしも産んでくれたお母様の記憶は幼い頃の薄っすらとしたものしかないし、肉親から愛情を注がれた記憶があまり無いのだけれど、親が子供を思ったり慕う気持ちってこんな感じなのかもしれない。ちょっと、びっくりはしたけれど。
「さぁ、ローズ嬢。今日出逢った記念だ。此処にある、好きな調度品を選んでいいぞ」
綺麗な紋様のお皿に、小物入れ。硝子細工の置き物は美しいフラミンゴの姿を模しているみたい。宝石も幾つか並んでいるけれど、そもそもわたしは宝石に興味はない。ローズ姉なら迷わず真ん中に並んでいるダイアモンドのアクセサリーを選んだのかもしれない。並んでいる調度品の中にあった手鏡にわたしの顔が映る。ローズ姿のわたしの顔。こんな小綺麗な顔……わたしじゃないみたいって毎回思う。
「おぉ、その手鏡が気に入ったか! パターギアの硝子細工は素晴らしいからな。常に己の美に磨きをかけるというローズ嬢の気品と気高さを象徴しているかのようでぴったりじゃないか! のぅ、ソルファ」
「そうですね、父上。よかったな。ローズ、それは君の物だ」
「え? ええ? っと、ありがとうございます」
自分の顔に思わず魅入ってしまっていたとは言えず、そのまま手鏡を手に取りお辞儀をするわたし。部屋の隅に控えているネンネにちらっと視線を送ると笑顔で頷いてくれた。だって、こんな高価そうな硝子工芸品なんて貰っていいのだろうかと思ってしまうもの。わたしへのお土産が手鏡に決まったところで、他の調度品は侍女さんが回収していた。領に残す物と王宮へ今度持参する物も他にあるらしく、この後仕分けをするみたい。
「そうだローズ嬢、来週ディアス領自慢の農場と畜産場、牧場へ訪問の予定がある。よかったら一緒に見学して来るといい」
「農場と畜産場に……牧場!? え? 牛さん……じゃなかった。畜産場や牧場の牛や豚や鶏を拝見出来るんですか!?」
わたしが瞳を輝かせて見つめた事で、驚くグランディア侯爵。
「おぉう、食いついて来たなローズ嬢、勿論じゃ。牛、豚、鶏に羊。王国全体へ出回るよう、うちは様々な家畜を飼っているからの」
「父上。ローズ嬢は食べ物への感謝を忘れない心優しい持ち主なんです。畜産場の案内はオレも同行しましょう」
「そうか! それは、まさにグランディア家の人間に相応しい女性と言えるではないか! よし、ソルファ。お前も同行するがいい。来週大農園へ出向く際は、騎士団の訓練と警護は部下へ任せるといい」
「ありがとうございます、父上」
まさかグランディア家へ来てまで牛さんの御世話をする現場に行く事が出来るなんて、想像もしていなかった。大農園と畜産場に牧場。そうか、ディアス領は温暖な気候と肥沃な土地もあって、農業や畜産が盛んなんだ。
モモ、ミルキー、ごめんね。他の牛さん達に会って来るけど、わたしに嫉妬しないでね。
「ありがとうございます、嬉しいですお父様」
わたしはお礼の意味を籠めて立ち上がり、グランディア侯爵が先程やったように侯爵の両手を取って、嬉しさを表現してみた。
「ロ、ローズ嬢ぉおおおお」
「え? ええええ!? お父様~~~」
グランディア侯爵はそのまま鼻血を出したまま、わたしの眼前でソファーへと沈むのでした。




