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第9話

目指すふたつめの遺跡は王都から遠い場所にあった。先に訪れた遺跡から、さらに数倍は歩くことになる。そのため、王とタタユクは再び夜空の下で夜を越さねばならなかった。


「タタユク、明日は日が出る少し前に出発しよう。その時間ならば、いくらか過ごしやすいはずだからな」


「わかりました。それなら今日は早く眠らなくてはいけませんね」


しかし、王の緊張に反して、タタユクはにこやかに布を敷いて眠る準備をしていく。


「あぁ……」


そうだ、この客人はたった一人で山を越えて来たのだと、王は思い出した。彼の少し小柄な身体と、洗練されつつも無邪気な語り口に触れると、どうしてかいつも忘れてしまう。


「以前から感じておりましたが、カシュハさまは砂の上を歩くのがお上手だ。わたくしは何日経っても慣れません。何か工夫などあるのですか?」


タタユクと共に過ごす夜は二回目だったが、その二回で分かったことが一つあった。タタユクは寝物語が好きなようだ。そしてそれは、王も同じだった。


「ふふ……面白いことを聞くのだな、タタユク。私が砂を歩くのが上手いのは、意識せずとも呼吸を続けられるのと同じだ。生まれた時からそれが当たり前であったし、それができねば死んでしまうから、自然とできるようになったのだ」


「なるほど……ではわたくしも、この国で暮らせば上手くなるでしょうか」


「なるだろうとも。そなたの星読みと同じくらい、うまく歩ける日が来る」


二人にとって、誰かとこのような時間を過ごすのは初めてだった。タタユクは話し相手こそたくさん居たが、自分のことを話すことは少なかったし、カシュハは小さい頃から遣いとして生活してきたため、息子か王としてしか他者と関わったことがなかった。


互いに話をして、ときに慰め合いながら先のことを語らうのは、楽しかった。そしてその感覚が二人に共通するものだと感じるのは、この上なく幸福なことだった。




次の日も一日中歩き通しだったので、タタユクだけでなくカシュハも疲れてきてしまった。不死鳥に水をもらったあと、枯れた小さな木の影に入って休むことにした。


「この地を旅をするのは、なかなか大変だな」


カシュハが汗を拭う左隣で、タタユクは水を飲む。


「ええ、本当に。こんな無茶をするのは、カシュハさまが初めてではありませんか?」


「どうだろうな。王の身といえば珍しいかもしれんが、それ以外なら、旅に出る者はいくらか居る。存外、これも誰かの来た道をなぞっているだけかもしれん」


「そうでしょうか……? ここより涼しい森林の国でも、旅に出る者など、わたくし以外におりませんでしたよ」


「なんと。ではそなたは山を越えた一人目で、旅に出た一人目でもあるのか」


「そうなりますね」


「ならば私も、この国で旅をした一人目の王ということにしておこう」


「ふふ。では、わたくしたちは二人とも一人目ですね」


二人は軽口をたたきながら、手足をほぐしてみたりして、これからの歩みに備える。二人はだんだん、この旅に慣れ始めてきた。




その日の夕方、二人は中央に島をたたえた湖の痕を見つけた。なかなか珍しいことだと王が話すので、おもしろがってその島で眠ることになった。


「湖に落ちないようにするのだぞ。水はないが、それなりに高さがあるからな」


「そんなに寝相は悪くありませんよ! カシュハさまも知っているでしょう」


「はは、そうだが。そなたは夢見心地で転がってゆきそうだから」


「わたくしを一体なんだと思っているのですか」


「そうだな。口が達者で、小さな体に大きな力を持ち、そして少し子どものようなところもある、私の友人だ」


「……」


タタユクのいつも忙しない口が閉じられたので、王は焦った。しかしちらと彼の顔を見て、その焦りは途端に消え去る。


「そなたは私のことをどう思っている?」


そんなことを聞けるくらいには、明らかだった。


「……一国の王でありながら、見知らぬ客人と旅に出るような奇特な方で……見栄をはらず、優しくて、ほんの少し意地悪なところもある、わたくしの大切な友人です」


王はすっかり嬉しくなって、ふと思いついたことを口に出してみた。


「では友よ、今日はそなたに小さな頼みをしてもよいだろうか?」


「な、なんです? あなたが望むようなものを、わたくしは持っておりませんが」


タタユクは少し身構えた。彼は、王というものは、この世の全てを持っていると思い込んでいた。


「いいや、あるとも。今日はその中のひとつを私に分け与えてほしい─そなたがいつも辿っている星読みを、聞かせてほしいのだ。学舎からわが家に帰る道、遊び場への道、かつて歩いた道の星読みを」


タタユクはそれを聞いて胸を撫で下ろした。けれど、と首を傾げる。


「あなたは星を知らないと話していませんでしたか?」


「ああ。だが知りたくなったのだ。そなたが読めば、私も想像できる。それを知りたい。ここにある星ではなく、そなたの中にある星をな」


タタユクはたまらない気持ちで空を仰ぎ見た。けれど、目の前に浮かんでいる星は、今から読むそれではない。


タタユクも、カシュハも、そっと目を閉じる。湖の真ん中で、二人きりの星を読むために。


「では、森林の国の王都から、わたくしの家でもある星望塔へゆく道を読みましょう。まずはじめに、南の空に浮かぶ、動かぬ星を見つけます。そしてその隣にある赤い星を結んで、次の目印を見つけるのです。それに着いて歩き、王の樹まで行ったあとは、トウヒの星を探します。そう、わたくしの生まれ樹の星です─」


王はまぶたの裏に星々を思い描いた。一点の赤い星、三つ連なる青い星、白い群れのような星─。それが形をとってゆくのが面白かった。それらを線で結ぶと、見たこともない小さな樹や耳の長い獣、彼が一等好いている木の実の形になってゆく。


星読みは道を確かめるためにするものだ。だからこれは、正確には星読みとは言わないだろう。王は正しい道を知ったわけではない。彼の中だけにある、白い地図に線を引いているだけ─けれどそれが楽しかった。


不死鳥があきれてもう寝なさいと言いにくるまで、二人は楽しげに星々の話をしていた。




一日、二日と歩き、三日目の昼ごろに、二人はようやくふたつめの遺跡に辿り着いた。


着いたころには不死鳥の姿はなく、王は少しだけ不思議に思った。まるで逃げるかのように去ったからだ。


「……ここは、王についての遺跡だな」


「王についての遺跡……ですか」


「ああ。これは所蔵庫にも記録があった……遣いの暮らしや、儀式の内容などについて書かれているはずだ。見てみよう」


「ええ」


王は少しだけ緊張していた。タタユクは王についてほとんど知らない。知られることで彼の興味を失う─あるいは落胆される─可能性は、怖いことだった。


王にとって彼は、初めての友人だったから。

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