番外編──【おとなたち】との再会
11月24日(月・休)、東京ビッグサイトにて開催されるコミティア154に参加します。
サークルスペースは【南3 さ10a】です!
今回更新分の話を含めた『不死鳥は星と共に昇る 番外編』(112p/¥500)を新刊として頒布します。
ほむらの恒亮の話、あかりの話を収録しています。
以下の既刊も頒布予定です▼
・『不死鳥』シリーズの本編+書き下ろしを含めた上下巻文庫本
・細美の過去を描いた漫画上中巻(※未完結です)
『不死鳥』シリーズにはノベルティとしてクリアポストカードをお付けします(めっちゃかわいいです)
漫画シリーズ『この愛』にも無配がありますので、お気軽にお立ち寄りください!
「──というわけで、本が出ました」
そう言ってほむらが柔らかく笑うのを、向かいの席で二人の男が微笑ましげに眺めていた。手元にはハードカバーの本が置かれている。赤い紙の上に赤い鳥が描かれた、ほむらの本だ。
「すごいね。まさか出版まで漕ぎ着けるとは」
藤原は本を持ち上げて、細めた目でそれを眺めた。光を見つめるような目線にほむらは誇らしくなって、へへ、と腑抜けた笑みをこぼす。それを細美が微笑ましげに眺めていた。
「おめでとう。最初の頃、文章ひとつ書けずに泣き言を言っていたのが懐かしいですよ」
ほむらはぎっと固まって、小声で──当然藤原にも聴こえているが──叫んだ。
「朝日さんの前でその話はしないで!」
「あはは。すみません、もう言いません」
「え? そうだったの?」
目を丸くする藤原を見ないようにして、細美はコーヒーカップを口に運んだ。ぱっと振り向いた顔を、ほむらも無視する。せっかくかっこいいところを見せられたのに、台無しだ。
「……実を言うと、今も文章は得意じゃありません。仕事のメールとか書こうとすると、うわーっとなるし」
「みんな最初はそうなんじゃない? 俺も昔は嫌だったなー、メールとか電話とか。大嫌いだった」
「え、でも今はマネージャーなんですよね? メールとか電話とかいっぱいするんじゃないですか」
「するよ! だからもう慣れたんだ。今ここで超怖い人から電話来ても大丈夫なくらいね」
「超怖い人って、例えば?」
「ドイツのめっちゃ有名で気難しいピアニストでね、パウロさんって人が居て。コンサートマスターもやるんだけど、急にメンバーをクビにしちゃったりするの。その連絡が深夜とかに来て、慌ててフライヤーの名前を修正して、二度寝するぞーって時に“やっぱクビにするのやめた”って連絡が来るの。朝5時に」
「ひい…………」
「怖いよね。その時は俺も上司に泣きついてどうにかしてくださいって頼み込んだよ。どうにもならなかったけど。はは」
「はは、じゃないだろ。どうりで隈がすごい期間があるなと思ってたよ……」
「そのコンサートが再来週あるから、ほむらくんも来なよ。誘おうと思ってチケット持ってきたんだ。2枚あげるから、誰かと一緒にさ」
藤原がショルダーバッグからチケットを取り出して、ほむらに手渡す。そこには“気難しいピアニスト”のパウロの写真が映っていた。先ほどのエピソードも納得の仏頂面だ。
「あ、じゃあ、恋人と行きます。お世話になったからって、お二人に会いたがってたので」
ほむらが軽い口調で言うので、二人は面食らった。まさかこのうぶな青年に恋人ができるなんて……この短期間で一体何が? それに、接点もないのに会いたがっているというのは一体どういう訳だ?
物言いたげな二人の強い視線に気付いて、ほむらは何でもないように付け加えた。
「恋人ってのは、この本の編集者です。奥付けに名前載ってますよ、小椋恒亮って」
本をぱらぱらと捲るみずみずしい手の甲を、少し節張った手が覆った。
「あの、それは大丈夫なやつ?」
藤原が必死さの滲む声で訊く。
ほむらは大学生になったばかりだ。つまり齢18歳。彼の恋人と年齢差があることは明らかだった。
あまりにも切羽詰まった声音だったので、ほむらは少し怯えつつ答えた。
「だ……大丈夫なやつです」
それが全然大丈夫そうな声ではなかったので、大人二人はさらに慌てることになる。
「ごめん、聞き方が悪かった。その人は多分、本を出すためにたくさん力になってくれたよね。私生活のサポートなんかもあったと思う。それは、全然知らない人が踏み込んでいい範囲だったかな? 例えば、親以外なら普通はしないこととか、君の生活を広い範囲で把握してるとか、そういう言動があったかってことなんだけど──」
ものすごい勢いで捲し立てる藤原の前にほむらは急いで手を掲げた。
「あの、そこらへんは本当に、大丈夫です! おれをいいようにしようとかは全然ないです。むしろおれから無理言って付き合うことになったし、そのとき結婚の言質も取ったし」
「け、結婚……」
呆気に取られていた細美が魂を抜かれたように呟く。その隣で全く臨戦体制を崩さない藤原を前にして、ほむらは諦めて肩を窄めた。この状態で彼らに恋人を会わせるのは難しいだろう。ならばもう、全部言ってしまうしかない。
──こうしたほむらの諦めの早さと思い切りのよさは、長所でもあったが、明らかに短所の場合もあった。
「はい。というか、あの、信じてもらえなくて大丈夫なんですけど。その人、タタユクです。正確には生まれ変わりです」
ようやく藤原の体から力が抜けた。浮かしていた腰をどさりとソファに落とし、唖然としながら呟く。
「……どういう……ことなんだ……」
「あっ、言う順番間違えた」
素っ頓狂にそんなことを言う元生徒と、隣で抜け殻のようになっているパートナーに挟まれ、細美は息苦しくなった。
「この話は君の……生まれ変わる前の話、ということですか?」
頭を押さえる細美に、ほむらははい、と頷きを返す。
「そうです。おれはカシュハで、恒亮さんはタタユクでした。この話は元々、タタユクの生まれ変わりを探すために書いたものなんです」
「……なるほど……」
頭痛を覚えながらも、心当たりがある細美はゆっくりと頷いた。対する藤原は目をぐるぐるさせている。
「えっと、つまり? 君がこの本の主人公で? 君の恋人がタタユク? そんなこと、ありえるのか?」
「嘘じゃありません」
「君が嘘をつくような子じゃないことは何となく分かってるけど……」
藤原はまだ頭を抱えている。先に事情を把握した細美は、ぬるくなったコーヒーに口をつけながら呟いた。
「今更驚くような話でもないだろう。私だって、元恋人の幽霊と1週間話してたんだし」
手のひらの隙間から細美の切れ長の目を見る。随分懐かしい話だが、藤原はぎゅっと眉を顰めた。
「それとはまたベクトルが違くないですか……?」
「不思議体験で括れば同じだろう。おまえだってあいつの幽霊を見たはずだ」
「それはそうですけどお……」
完全にキャパオーバーを起こして、藤原は電池が切れたように腕を投げ出した。目を丸くして二人のやりとりを見ていたほむらは、そこでようやく口を挟む。
「……あの、それって例の怖い話ですか?」
「あっ、すまん。つい……怖い話はダメなんだったな」
「ダメなんですけど……細美先生の話はちょっと気になります。藤原さんも関わってるんですよね?」
好奇心が滲む瞳を向けられ、アラサーとアラフィフの男二人は肩をぴくりと揺らした。
「……そうだね。でもまあ、この話はちょっと長いし怖いししんどいから、ほむらくんが俺くらいの年齢になってからのほうがいいかな……」
「同意見だ。君にはまだ早い」
「ええっ? そんなレーティングありの話なんですか?」
「レーティング⁉」
予想外の言葉に思わず吹き出す朝日の隣で、細美が苦い顔をする。
「……単純に、君のような希望に満ち溢れた若者に聞かせる話ではないんですよ」
「“長いし怖いししんどい”から?」
「ええ。そういうことが世界にあると知るのは、もう少し後でもいいはずです」
ほむらはその祈りが分からないでもなかったが、彼自身、目の前の二人と遜色ないほどには辛酸を舐めてきた記憶がある。
「でもおれは……この本の王さまをやってたんですよ。長くて怖くてしんどいことがあるってことは、もう知ってます」
細美と藤原は、ほむらの声音が何の色も持たないことに少しの寒気を覚えた。世界に絶望があることを、このたった18歳の青年が、こんなふうに言えるだろうか?
「……それでも、君は今この世界に生きてて、まだ18歳なんです。どんな記憶があったとしても、私たちは君を輝く光のように大事にしたい。だからこの話はしない」
細美がはっきりと拒絶を示す。それを受けたほむらは、軽く頷いて、「わかりました」と言った。
「でもいつか聞かせてくださいね。おれ、ずっとあなたたちの話が聞きたかったから」
ほむらにとって二人が初めて出会った仲間であるのと同じように、二人にとっても、ほむらは初めて出会った“同じ”子どもだった。そんな眩い存在から寄せられる好意は、心地良くもくすぐったい。
「はい。いつか」
「その時が楽しみだなあ。ほむらくん、どんな大人になってるかな」
大切に包むように笑って、その未来を思い描いた。
どんな道を辿っていてもいい。ただその道端には、澄んだ川が流れていてほしい。草花を育て、たまに小魚が泳いでいる、豊かな川が─ほむらの人生に果てぬ輝きをもたらすものがあればいい。
二人はそっと心の中で祈った。




