番外編─ほむらと恒亮のなんでもない日
11月24日(月・休)、東京ビッグサイトにて開催されるコミティア154に参加します。
サークルスペースは【南3 さ10a】です!
今回更新分の話を含めた『不死鳥は星と共に昇る 番外編』(112p/¥500)を新刊として頒布します。
ほむらの恒亮の話、あかりの話を収録しています。
以下の既刊も頒布予定です▼
・『不死鳥』シリーズの本編+書き下ろしを含めた上下巻文庫本
・細美の過去を描いた漫画上中巻(※未完結です)
『不死鳥』シリーズにはノベルティとしてクリアポストカードをお付けします(めっちゃかわいいです)
漫画シリーズ『この愛』にも無配がありますので、お気軽にお立ち寄りください!
「あれ? 珍しい、黒い補聴器付けてる」
恒亮がドレスシャツに腕を通すのをソファの上で見ていたほむらは、首を傾げてそう言った。
「今日は色んな人と会いますから」
自分のボタンも止めずに、恒亮がほむらのネクタイに手を伸ばし、ほんのわずかな歪みを直す。ほむらはされるがままだ。
「大人数で交流するときは目立つ補聴器のほうがいいんです。目印になって、気のきく人は右耳に話しかけてくれるので、少し楽なんですよ」
「ふうん……」
二人揃って正装しているのは、午後から光莉舎─恒亮の勤め先で、ほむらの本を出版した会社だ─の創立記念パーティーに参加するためだ。恒亮は当初スタッフとして参加予定だったが、取締役兼編集長の汐留が手を回して、招待客であるほむらのパートナーとして参加できるよう手配してくれた。今期は二人の本が予想以上に売れたので、立役者として花だけを持たせたいようだ。
喜ばしいことではあるが、ほむらは恒亮の黒い補聴器を見て、わずかに気持ちが沈んだ。恒亮は何でもないことのように振る舞うが、片方だけの音の不在がどれほど彼の人生に影を落としたか、ほむらは知っている。前世からその姿を見ていたのだ。実際の苦労は想像もできないが、彼が己の不和を気に病む質なのは既知の事実だった。
「……おれがあなたの左耳になれたらよかったのに」
ほむらが色のない表情でそんなことを言うので、恒亮は少し眉をゆがめて、彼の首元に手のひらを添えた。
「この世界ではそんなに大変じゃないですよ。前世に比べたら便利な道具だってありますし」
「……それに関しては同意見だよ。おれだって薬飲んでるし、すごく楽になったのはお互い同じだと思う。でも……でも、最初から平らな道を歩けてたら良かったのに。あなただけは、星の呪縛から解放されて欲しかったのに……」
言いながら、ほむらは恒亮の少しひんやりした腹に頭をもたれかけて、瞼を閉じた。その声には星への非難が滲んでいた。
「……わたしの一番古い記憶は」
恋人のうなじを撫でて、恒亮が静かに声を落とす。ほむらは見上げて続きを待った。
「左耳が聴こえないと気付いて、ものすごく安心したことなんですよ」
ほむらの目が揺れる。
「生まれつき聴こえないのに、気付いた、と言うのも変な話なんですが……あのときは前世と同じことに安心したんです。ああ、あれは夢じゃなかった、あなたもきっとこの世界にいるんだって思えたから」
素肌とシャツの間に腕が回って、ぎゅっと抱きしめられた。恒亮はそれを受け入れて、腰のあたりにある柔らかな髪を撫でる。
「聴こえないより聴こえるほうがいいとは思いますけど、これがわたしなんです。前世からずっと」
「うん」
「それに、前世から耳が聴こえてたらあなたの国には行かなかったかもしれないし」
軽い調子で恒亮が続けると、ほむらは慌てて顔を上げた。
「えっ? それはダメでしょ」
それを見て年上の男は意地悪な笑みを浮かべる。
「もし行ったとして、必ず私の右隣に立つあなたには何も思わなかったでしょうね」
「……」
視線を意味ありげに上向かせてから年下の恋人の顔を再び見ると、この世の終わりのような表情をしていたので、恒亮はあわてて付け足した。
「そう思うと、これで良かったんですよ、前世も今世も。ね?」
「……そうだね。耳が聴こえてたら、そんな意地悪なこと言わなかっただろうしね」
しまった、やりすぎた……と恒亮が冷や汗を垂らした瞬間、ほむらはふっと息を吐いて笑った。
「まあ、おれもADHDじゃなきゃ王にはならなかったし、多分小説も書かなかったと思うから。結果的にはよかったのかな」
星のようにほくろや染みの散る皮膚に、ほむらは頬をつけて呟く。
「これがおれたちなんだよ」
ほむらの首元に腕が回って、そっと抱きしめられた。ほむらもそれに応える。
前世で星のかけらは二人に傷を与えたが、その傷跡には互いの居場所が残った。それだけが、彼らを苦しみから救う唯一の記憶だったのだ。ならばほんの少しだけ愛そうと思った。かつて受けた傷と、その傷と共に生きた記憶を。




