表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/49

第39話

川の復活は王の死と共に伝えられた。


民たちは涙して喜び、王がその身をもって川をもたらしたと知ると、深く王を悼んだ。しかし、水を求めて他国へ渡った者は、川の復活を知るすべがなかった。不死鳥が空高く飛ぶことができれば、他の国にも砂漠の国の復活を知らせることができたが、どうしてもできない理由があった……それについては、また後で述べよう。




王がいなくなった後、研究者と宰相、そして客人は、身を粉にしてはたらいた。研究者は星の客人の動向をつぶさに記録しながら、始まりの星についての議論を絶やさなかった。宰相たちは言うまでもなく、ほとんど泣きそうになりながら、王なき国を管理していた。王が不在だった旅の間とはまるで違い、問題を後回しにはできないし、誰がその決定の責任をもつのか、胃を痛めながら話し合っていた。


客人は研究者や宰相と頻繁に話し合いながら、彼の仕事を進めた。王の病や星のかけらについての文書をまとめ、一冊の本を作ろうとしていたのだ。未来永劫残すものとして、彼はこれ以上なく慎重に筆を進めた。




時が経つのは早いもので、彼らは王なき世界で一年間ほど休む間もなくはたらき続けた。


研究者たちは相変わらず忙しそうであったが、宰相は人員を増やして仕事をうまく回せるようになり、客人は本の仕上げに入りながら、そろそろ帰る頃だと森林の国へ手紙を出した。


彼に残された仕事はもう数えるほどしかない。本の完成と、王の儀式だけ。……といっても、客人たる彼は儀式そのものには関わらない。あれきり落ち込んで外にも出なくなった不死鳥の尾を押して最後の仕事をさせるのが、彼の役割だった。


「不死鳥さま。そろそろ空が恋しくなるころではないですか」


『……いいや』


閉ざされた天幕の窓という窓を開けながら客人が問う。しかし不死鳥のほうは微動だにしなかった。その黒い翼を風が撫でても、その心にやわらかなものは芽生えない。


客人は窓のそばから不死鳥を眺めてため息を吐いた。この一年、かの鳥はずっとこんな調子なのだ。しかしそろそろ待つのも限界が近い──いずれ王が居なくなるとしても、それは今ではない。この国は新たな王を必要としている。


「不死鳥さま。あなたは役割から降りるべきです」


タタユクの静かな声に、鳥はゆっくりと頭を持ち上げた。その瞳は胡乱にぼやけて、暗闇を固めたように空虚だった。そこに窓の光がわずかに入る。


「この国を見守る必要はありません。見てきたでしょう、いつの時代もわたくしたちはただ生きていた。あなたなしでも、きっとわれわれはそうして生きていけます」


『……いまさらそんなこと』


「人間に必要とされなくなるのはお辛いでしょうね。あなたは長い間、それを当然のものとして生きてきたのですから。しかしそれももう、終わりにいたしましょう。わたくしたちは別々に生きるべきです。でなければいつまでも弱いままだ」


『……』


不死鳥は黙り込んだあと、恨めしげに言った。


『おぬしは我に王を決めさせようとしているのではなかったのか』


客人はそれを鼻で笑う。


「ええ、そうですよ。しかし王が必ず不死鳥に決められるという約束事は脆い思い込みにすぎません。この国は一度滅びかけたのですから、約束事などないも等しい。あなたさまにはこれを機に、御身の自由を享受していただければと」


交戦的だった不死鳥の瞳から光が失われて、ぐったりと体を横たえた。この鳥は客人の言う道理が分からぬが、だからといって無視できるほど荒唐無稽な話でもない。それに彼は新しい──この古い身でそのまばゆさに追いつくことは不可能だと、鳥は本能で理解していた。


『……おぬしらを失ったあと、我はどうすればいい』


「ただの鳥として生きるのです。役目も役割もなく、ただ空を飛ぶ生き物として。王という形を作り出したあなたならお分かりでしょう? それが最も自由な生き方だと」


この幼き次なる王ははっきりと不死鳥を責め立てた。しかし彼がこの鳥にする仕打ちは復讐というにはあまりに優しく、その事実に気付かず通り過ぎるわけにはいかない。


『ただの鳥として……』


「昔はそのように生きてこられたはずです」


『……ああ。虫を食べて、時折幼い獣を助けて、豊かな水を浴びて……その繰り返しだった。今覚えば、それ以上のことはこの翼では持て余すものだったのかもしれぬ』


客人のそばにある窓から、ざあっと強く風が吹きつけてきた。それは天幕の中をぐるりと回って、不死鳥の毛羽をばさばさと揺らす。


長いまつげを数回彷徨わせたあと、その大きな鳥は頷いた。


その翼に背負った不相応な荷物を、不死鳥はようやく手放した。


そうして自由という名の翼を取り戻した。






乾季が終わる頃、砂漠の国には再び黒い影が落ちた。それが近隣の国へと飛んで砂漠の国の復活を知らせるあいだ、客人は王の儀式のためにできる限りの仕事をした。次なる王──彼より少し若い少女で、名をヤマルという──を迎えに単身で旅立ち、王都に帰ってからは彼女の準備を手伝った。


「タタユクさまは、前の王……カシュハさまのご友人だったのですか?」


ある日、ヤマルが突然そんなことを聞いてきたので、タタユクは驚いた。この国の民は彼を客人として扱いはするが、王の友として扱うことはほとんどなかった。


「なぜそう思われたのですか?」


タタユクが聞くと、ヤマルは王の部屋──宰相たちによってある程度片付けられた後、この部屋はヤマルの居住地となった──から一反の美しい布を持ってきた。艶のある、浅い緑色の布だ。それは目を凝らさねば糸目が見えないほど繊細な作りをしていた。


「タタユクへ、と切れ端に書いてあります。最初、あなたのお名前だとは思いませんでした。私の村とは文字が少し違うようで……ここでの文字を習って、ようやくこの読み方を知りました」


タタユクは震える手でその布を受け取った。確かに、王の字でタタユクの名が記されている。彼はいつ、これを用意したのだろうか? 客人と出会ってから、王が王都に居たのは、ほんのわずかな期間だった。もしかしたら、彼はこの国に昔からある宝物のひとつを、友人に贈ろうとしたのかもしれない。


「……これはまだ受け取れません。アマル、あなたが持っていてくださいますか」


アマルは頷いて、布を王の部屋に戻した。


タタユクは森林の国に戻ってから、かの国の宝とあの布を交換しようと考えた。そうすれば、彼はかの王に対等な贈り物ができるし、かつて分たれた国の国交に繋がるかもしれない。今度は異なるふたつの国として、再びこの地で手を取る日が来るかもしれない────それは、砂漠の国の王と、森林の国の次なる王がもたらすもののなかで、最も美しいはずだと彼は考えた。




それからほどなくして、王の儀式が執り行わなれた。タタユクは森林の国の代理という立場でこれに参加し、その光景を見守った。


その日は砂漠としては珍しく涼しかった。太陽の光は遠慮したかのように控えめで、砂を撫でるようにやわらかな風が吹いていた。ただ中心に立つ少女だけが、緊張からか額に汗を垂らしている。




新たな王がその羽織を見に纏ったそのとき、砂漠の国は不死鳥のように蘇った。王の額に浮かぶ水滴を見た多くの民たちは、この国が再び繁栄することを思わずにはいられなかったという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ