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第29話

『ねえっ、助けて、まだ死にたくない!』


『あの樹はわたしたちのものだ。お前たちになど渡さない!』


『奪うつもりなんてない! ただ分け合いたいだけだ』


『そう言ってひとりじめするつもりだろう! おまえたちはそういう奴らだ。もう二度と、そんなうそを言えないようにしてやる──』


タタユクが目を開けると、そこには赤が広がっていた。


砂漠の砂と、そこかしこに散る鮮血──そして、彼を閉じ込める、大きな翼。


「これは、あなたが見せているのですか?」


頭上の不死鳥に問いかける。


『我ではない。大樹と、そなたの身に宿る星のしわざだ』


その鳥の声はみずみずしかった。若く、はつらつとし、恐れを知らない。けれど確かに、客人の知る不死鳥だった。


「……戦争があったことは、もう遺跡を見たので知っています。わざわざ見せつけるようなことをしなくてもいいではないですか」


『あれらの考えることは、我にもよく分からぬ。だが、必ず思惑があるはずだ。おぬしに何かを伝えようとしているのかもしれん』


「一体なにを? こんな回りくどいことをせずとも、言葉でつたえてくれたらいいのに」


『ものを伝えるには、これが必要なのだ』


タタユクは顔を歪めた。星も、大樹も、悪趣味だと思った。


「……わたくしの苦しみが必要なのですか?」


それを聞いた不死鳥は、彼の視界を半分おおっていた翼を広げた。そして、客人と並び立ち、同じものを見ようとする。


『──いいや。おぬしの、知りたいというまなざしだ』


不死鳥が一瞬だけ客人と目を合わせた。


その黄金色の瞳は、星のように輝いていた。






そのあと、ふたりはこの国のすべてを見た。


水が枯れ、民がふたつに分かれ、殺し合い、最後にはこの地を去る。


そこには大人や子どもだけでなく、彼らとともに生きる家畜たちもいた。


『おまえたちの犬は病に侵されている。わたしたちの犬に病をうつされては困るから、殺したのだ』


『どうしてこんなにひどいことができる? 犬は私たちの心臓だと、おまえも知っているはずなのに。……おまえたちがこれほど残虐になれるのは、悪いジンに取り憑かれているからだ──』


そのみにくい争いを、タタユクはじっと見つめていた。


彼は知っている。目の前にいる者から己が生まれたことを。だから決して目を逸らさなかった。


「……あなたはこのとき、どうしていたのですか」


そこに責める色はなかった。あったのは哀れみだ。この事態は、ひとりで背負うにはあまりに重いものだった。


『……何もできなかった。断たれた水脈は戻らず、砂は血で汚れ、民たちは永遠に消えぬ傷を負った。元の国を取り戻すことは、もうできないと分かった』


タタユクは同情した。そして、この鳥が一対の翼に背負ってきた孤独と痛みに、精いっぱい寄り添おうとした。


『ここは太陽の国。その主となる太陽に助けを求めるため、焼け死ぬ覚悟で空を駆け上った』


「まさか、あなたが宵闇のようになったのは──」


『ああ。我の体はそのときに燃えて、炭になった。だが、そうまでしても、太陽は応えなかった。二つともな』


タタユクはその事実に唖然とした。その色が燃えてできたものなら、生きているのが不思議なほど、深く傷付いたはずだ。


『……太陽は植物の手足となる光や、そして人間たちの栄養となる実を与えるが、それは私たちへの褒美などではなく、ただ太陽がそうあるだけだった。太陽は、他のなにものでもなく、この世の救世主でもなく、ただ太陽だった。そして私もこの地の守護者などではなく、ただの鳥に過ぎなかった。ああ、ほら、あれが見えるか? あの黒い影が、我だ』


視線の先には太陽と、わずかに赤が残る影があった。


それが太陽の目の前までせまると、その体は光を遮って闇に落ちたかのように見える。そしてすぐ、ふたたび赤く染まった。炎だ。


『空から地に堕ちたのはあれがはじめてだった。空から見る国は、ひどい有り様だった。民たちは殺し合い、家畜の体は朽ち果て、誰しもが世界を罵る。我はこの国を見守ると言いながら、このような道に進むのを止められなかった。もう元には戻らぬと分かっていても、ここで国を見捨てて死の国へ逃げ帰ることは許されない。だから飛んだ。焼けた皮膚に砂が触れるたび激痛が走った。翼はゆがみ、うまく飛ぶこともできなくなっていたが、そうするしかなかった──』


ぼとりと地に堕ちたものが、悲鳴を上げながら羽ばたく。見ていられず不死鳥へと視線を移すと、そこにもう赤はなかった。


『砂漠に住まう民たちは、このときから我を不死鳥と呼ぶようになった。我も、決して自分がこの国から逃がれないようにと、その名を許した。……それに、美しき鳥などとは、もう呼ばれたくもなかったからな』


焼けた不死鳥の顔には羽根がない。だから、表情がよく見える。タタユクは正確にそれを読み取り、なぎ払うように言葉をつむいだ。


「あなたの翼が闇色なのは、太陽に近付いたからです。その顔に羽根がないのも、この国のために助けを求めたから。それはただの事実であり、あなたの強さを──その在り方を──打ち消す理由にはならない。見た目の美しさなど、砂漠のひとつぶの砂でしかないのですから」


タタユクの瞳は炎のように燃えていた。彼は、彼自身が小さなトウヒだったため、自分を嘆く感覚には覚えがあった。そしてそれが、己に何も生み出さないことも、とうの昔に知っていたのだ。


「森林の国ではあたりまえのこの肌が、砂漠の国では汚れているように見られるのと同じです。そんなくだらないまなざしは、あなたの強さを撫でることはあるかもしれませんが、奪うことはありません。何があっても、絶対に」


不死鳥は嘆息した。客人の怒りは、この鳥のちいさくなった背を、確かに撫でている。そのあたたかさは初めて知るものだった。


『……ああ、そうだな』


「あなたの翼がゆがんだことは、あなたの勇気に影を落とすことすらできない。わたくしの左耳が音を知らないことは、わたくしの強さを損なわない。ただ、あなたは誠実であるために飛び、わたくしは強くあろうと望んだ。残るのはそれだけです」


『ああ、まったく、その通りだ』


不死鳥は、もうすでに枯れたと思い込んでいた涙が、ふたたび上ってくるのを感じた。


抜け出せぬ牢獄の中にいるようだった。赤と黄金を失い、闇の中でしか生きられぬことは。


けれど、闇の中で生きる必要など、最初からなかったのだ。この姿は失敗の象徴などではなく、己の強さだったのだから。


「あなたは努力し、行動した。それは限りなく勇気の必要なことで、誇れることです。あなたがどう思おうとも、わたくしだけは、そう考えます」


タタユクは不死鳥の瞳をまっすぐ見つめた。その視線に疑いなどひとつもなく、ただ信じていると、雄弁に語っていた。


『タタユクよ』


「はい」


『そなたは強い。誰よりもな』


「ええ、あなたと同じくらいね」


不死鳥は笑って、涙をひとつこぼした。


その言葉だけで十分だった。

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