第22話
「えっ」
「え!?」
「えぇ……?」
十一話を書いたあと、ほむらは色んな表情を見ることになった。大抵は驚きだったが、少しだけ尖ったものもあって、それはほむらに小さな傷を付けた。
「そんなに変? カシュハとタタユクが結ばれたのって。みんなの反応、結構ショックなんだけど」
「あたしは知ってたから、変とは思わないよ」
「うん。明李はそうだよね……。でも明李以外のみんながこんな反応ばっかなのは、なんか嫌だ。今世のタタユクが前と同じように男の人だったら、おれたちもこんなふうに思われるってことだよね?」
明李は答えられなかった。嘘はつきたくないが、頷きたくもなかった。
ほむらは水底に打ち捨てられたような気分になって、はあっと息を吐きながら頭を抱えた。
「……実はさ、細美先生も変な反応してたんだよね。おれはそれがショックで、どうしたらいいか分かんない」
「えっ……先生が?」
二人にとって細美は近しい存在だ。学業とは無関係の相談事にも親身で、こちらを軽くみることがない。だから大丈夫なのだと、心の根本の部分で思っていた。
「……もう何も信じらんないかも」
ほむらは手のひらの中でぎゅっと目を瞑った。考えたくなくても、昨日のことが脳裏に蘇ってくる。
冬は日が沈むのが早い。廊下から流れ込む冷気に震えながら、ほむらはいつものようにコピー用紙を細美へ手渡した。
しかし、いつもは軽く十分ほどで読み終わる細美が、この日だけは動きを止めて固まった。
「……読み終わりました?」
ほむらが聞くと、細美ははっとして眼前の青年を見たあと、すぐに顔を伏せた。
「すみません、ぼうっとしてました。すぐに読みます」
動揺しているのは明らかだった。何をそんなに驚いているんだろうと、その時のほむらは気にもしなかったが。
「いいと、思います。表現に関しても特に問題ありません」
「ほんと? よかった。じゃあこれでアップしちゃお」
その場で小説サイトを開くほむらを見て、細美は「あの」と声をかけた。その声はいつもより少しだけ固かった。
「土岐さんが小説を載せてるのは、普通のサイトですよね。普通のっていうのは、特にジャンルが分けられてない、大枠の場所っていう意味で」
「? そうだと思います。調べた中でいちばんでっかいところなんで。ジャンルはタグで分けられてるけど、児童文学タグはおれ一人」
「……そうですか」
細美の表情はますます凍りついた。が、ほむらは気付かない。彼はまだ知らなかったのだ。この世界で〝違う”ことが、どういう結果をもたらすのか。
「土岐さん。何かあったらいつでも相談してください」
その言葉に青年は首を傾げつつ、素直に頷いた。
その意味を理解したのは次の日の朝だった。
急にプレビュー数が上がっていて、通知がいくつも来ていた。コメントも異様に多い。何が起きたのかと思い遡っていくと、ほとんど罵倒に近いものと並んで、「SNSを見て来た」という内容のものが散見された。眉を顰めながら、作品タイトルをSNSで検索する─それを見つけるのに時間はかからなかった。とある呟きがあちこちにシェアされ、話題になっていたのだ。
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この作品、男の子2人の友情物語と思ってたら最新話で急にBLになったんだけど⁉ みんな最新話まで読んで。 BLタグ付いてないけどBLだから!
URL:xxxxx…………
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「これかあ……」
ほむらは頭を掻きながらベッドから出た。話題になるのは、単純にうれしい。〝彼”が見る可能性が高まるから。けれどこれは……今のこの状況は、喜ばしくなかった。
ただでさえこれまで読んでくれていた読者は違和感を発露している─なぜ急に恋愛にしたのかという声は、時に過激な言葉と共に並べられていた─のに、さらに〝恋愛”という先入観ありきで人の目に届くのは、ほむらの望むところではなかったのだ。彼らは……自分たちは、恋人と同じくらい大切な、唯一の友人なのに。
「ほむら、ぼーっとしてるけど時間大丈夫?」
無心で食パンを頬張っていると、母親から声がかかる。ぱっと時計を見ると時刻は八時に迫ろうとしていた。このままでは電車を逃す。
「やばっ! もう出ないと!」
大急ぎで支度を整え、なんとかギリギリ電車には間に合った……が、ほむらの胸は不自然に脈打ったままだ。吊り革を掴む手に力が入る。
「(タタユクは嫌がるかな? おれがこうして小説を書いたせいで、色々言われること)」
考えたあと、ほむらは頭を振って思考を散らした。
コウからのコメントはまだない。彼はいつも夜深くに小説を読むからだ。
彼からのコメントが待ち遠しく、同時に恐ろしかった。
昼休み。うなだれるほむらを前に、明李は表情を歪めながら、コメント欄を乱雑にスクロールしていた。
「人気のために恋愛要素入れたとか、媚びとか、恋愛は必要ないとか、何なのこの人たち? ちょっとひどすぎる。てか、これまでコメントしてなかった人たちがなんで急にファン面してんの」
「……そんな人たちファンじゃない」
「当たり前よ! まったく、呆れるわ。こんな捨て台詞みたいなこと、わざわざ言わなくたっていいじゃんか」
「…………」
ほむらの気持ちはどん底だった。こんなことになるなら小説など書かないほうが良かったかも、これを見た彼にまた重いものを背負わせるかも……。前世で嫌というほど繰り返したマイナス思考が手招きしてくる。
「……でも」
ほむらがゆっくりと顔を上げる。その顔は、砂漠の王とは似ても似つかない。肌は思春期特有の赤らみと荒れが目立ち、顔立ちにはまだ幼さを残している。そしてその瞳は、炎を煮詰めたように深い色をしていた。
「ここで黙って消えたら、タタユクはすっごい怒ると思う。……というか、おれも怒りたい。おれたちが恋人だったのは誰のためでもないし、何のためでもないし、意味とか関係なかった。ただ人と違うってだけで、おれたちはこんなこと言われていい存在じゃない。そうだよね?」
明李は懐かしい気持ちになった。ああ、そうだ、王とはこういう目をしているのだ。孤独で、哀れで、苦しみを種火に薪をくべる者─それが王だ。
「……もう知ってると思うけど、あんたが何者でも、何をしても、あたしは味方だから」
しかしそれも過去の話だ。
今このとき、彼のそばには友人がいる。
「……で、なんか言いたいけど、何を言えばいいのか分かんない。とにかく怒りたいけど、それは作者としてダメだってことは分かってる。この人たちは何言っても代償を負わないけど、おれは作品に傷を負うことになるから」
ほむらはストンと椅子に座って、冷静になろうと努めた。
「まあ、そうだね。こういうのは隙を与えちゃダメ。完璧にやらないと」
明李も机に手を付いて考える。二人の王が作戦を立てるさまは、前世の縁者が見れば震え上がるほどに冷たかった。しかしその空気もすぐに霧散する。彼らはもう、王ではないから。
「おれにそんな文章書けると思う?」
「まったく思わない。途中で怒り始めて台無しにするって予言できる」
「おれもそう思う! どうしたらいいんだ……」
先ほどとは違い、派手に頭をわしゃわしゃと乱す。鳥の巣のようになった髪を見ながら、明李はひとつため息を落とした。
「……細美先生に相談したら?」
それを聞いた途端ほむらの表情が曇る。
「先生も変だって思ってるのに?」
「変だと思ったわけじゃないかもよ。……あたしの勘が正しければ、あの人はこういうのに慣れてると思う」
「こういうのって?」
「理不尽な目に遭うこと」
「何言ってるの。そんな人いないよ」
「いないと思いたいよ、あたしも。でもそんな気がするの。どうしても心配なら、あたしも付いていくけど」
「……ううん、これはおれがやることだから。今日の放課後、話してみる」
「わかった。なんかあったら電話して。すぐに出る。夜でもいいからね」
ほむらは溢れるように笑った。生まれ変わった彼の最大の幸運は、この得難い友人に出会えたことだ。
「ありがとう」
ほむらは笑って決意を固めた。
誰かを頼って、怒って、自分は自分だと言うこと。前世ではそんなこと一度もしなかった。これこそが今世で手に入れた、一等大きな羽根だった。




